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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十七章 パーティー準備
452/762

第452話


 冒険者ギルド、訓練場。


 今回は、魔術も交えた実戦稽古。


 冒険者にはクレールやマツのような純粋魔術師は、ほとんどいない。

 得物を持ちながら、魔術を使いながら、が主流だ。


 マサヒデの稽古では、魔術を使うものはいない。

 使える者もいるはずだが、『剣の稽古』という事で、皆、使わないのだ。


 今回の実戦稽古の師範役は、クレール。


「よろしくお願いします!」


「よろしくお願いします!」


 最初の大男を簡単にのしてしまって、いきなり師範役と言われたクレールも、少し落ち着いた。以前、師範役はやったのだ。トミヤス道場でも師範役をした。


 そうだ。驚かせてやって、終われば良いのだ。

 そう思い至ると、ふっと肩の力が抜けた。


「はじめ!」


 ぽん! とクレールの鼻先に水球が浮く。


「あっ?」


 良く見えない。

 近付いてくる! 危ない!

 ぱっと横に避けると、水球を「ぱん!」と割りながら、冒険者の剣が落ちる。


 ぽん! また鼻先に水球。


「わっ!」


 地に深い穴が開き、どすん、と冒険者が落ちる。


「そこまで!」


 ほ、とクレールが息をつき、穴が盛り上がって、冒険者が上がってくる。


 これは、先回の師範役の時も、トミヤス道場でもなかった。

 誰も魔術を使わなかったから、余裕であしらう事が出来た。

 だが、相手が剣も魔術もとなるも、こうも厄介なのか。


 ふう、とクレールが胸を撫で下ろして立ち上がる。


 マサヒデが下がってきた冒険者に、


「あなたは、私相手の時はもっと動いていました。

 魔術を使うことで、単調になっています。気を付けて下さい。

 視界を奪えるのですから、少し変化をつければ、簡単に対処は出来ません」


「はい!」


 次の冒険者が立ち、クレールの前に歩いて来る。


「よろしくお願いします!」


「よろしくお願いします!」


 槍。

 先程のように視界を奪われたらまずい。

 ここは初手で決めてしまおう。


「はじめ!」


「むん!」


 ぽぽぽん! と、冒険者の周りを、小さな水球が囲む。

 えいっと後ろに離れると、冒険者の槍が伸びてきて、手前で止まった。

 後ろに小さな穴があり、クレールがこてん、と仰向けに転ぶ。


「そこまで!」


 やった! 一歩前に出れば、転んだクレールは簡単に抑えられる!

 冒険者が槍を突き出したまま、笑顔でマサヒデの方を見る。

 水球がぐにっと曲がっている。


「クレールさん。その水、そのままで。

 あなた、水の外に出て、しゃがんで下さい。頭は下げて」


「は? はあ」


 怪訝な顔をして、冒険者が囲まれた水球の輪の外に出て、槍を置いて座る。

 マサヒデが冒険者達に顔を向け、


「皆さん、頭を下げて、絶対に立ち上がらないで下さい。

 クレールさん、ひとつだけ、壁に向かって飛ばして下さい」


 クレールがよいしょ、と起き上がって、


「はい!」


 水球が目に見えない速さで飛び、ばん! と音を立てる。

 分厚い壁に小さく穴。


「え!」


 あんな物に囲まれていたとは。

 ぞーっと冒険者の顔から血の気が引く。


「私が止めなかったら、どうなったか、分かりますよね。

 クレールさん、全部飛ばして下さい」


 囲んでいた水球が、中心に向かって飛び、ばあん! と音を立てて弾け飛ぶ。

 あまりに強い勢いのせいか、霧のような物が出来て、ふわーっと消えていく。

 冒険者達が喉を鳴らす。


「・・・参りました」


 冒険者が槍を持って立ち上がり、とぼとぼと歩いて来る。


「クレールさんを転ばせたのは、見事です。

 しかし、水の魔術は当たっても大した事はない、と踏み込んだのでしょう。

 あんなの、当たり所が悪かったら、死んでましたよ」


「はい・・・」


 マサヒデはクレールに顔を向け、


「クレールさん!」


「はーい!?」


 ぱたぱたと髪をはたきながら、クレールがマサヒデに顔を向ける。


「死んでしまうような術は、禁止だと言ったでしょう!」


「マサヒデ様! あんなに強くしません!

 さっきのは、皆さんにお見せしたかっただけです!」


「なら、構いません」


 ふう、とマサヒデが息をついて、


「皆さん、だそうです。

 ちゃんと手加減はしてくれるみたいですから、ご安心下さい。

 全く、驚かせないでほしいですね」


「ええ・・・」「そうですね・・・」


 冷や汗を垂らしながら、冒険者達が適当な返事を返す。

 クレールに付いて来た3人だけ、皆を見てにやにや笑っている。

 あの魔術を教えてもらっていたのだろう。


「トミヤス様」


 次の冒険者が立って、マサヒデの前に座り、


「私は後に回して頂けますでしょうか。

 私、魔術にはいつも札を使います。

 ですので、札を用意したいのですが、よろしいでしょうか」


「それは構いませんけど、稽古で使っちゃって良いんですか?

 良く知らないんですが、そういう札ってお金のかかる物では」


「普段通りにやらねば、この機会を無駄にします」


「それはまあ、そうですが・・・

 まあ、あなたが良いのでしたら」


「申し訳ありません。では」


 と、頭を下げて立ち上がった冒険者に、


「あ、すみません」


「はい」


 マサヒデは竹刀を持ち上げ、


「ついでに、木刀、持ってきてもらえませんか。

 あんな術、この竹刀では弾けませんし」


「ああ・・・ですよね・・・分かりました」


 よ! と冒険者が跳び上がって、壁を乗り越えていく。


「お聞きの通りですので、札を使いたい方は、今のうちに。

 では、次の方、前にお願いします」


「はい!」


 次の冒険者が立ち上がる。



----------



 水球に弾き飛ばされる。

 勢い良く土が盛り上がって、冒険者が飛ばされる。

 霧で真っ白になったと思ったら、石に囲まれている。

 風が巻き、砂で見えなくなったと思ったら、穴に落ちる。

 あっと気付いて袖をまくれば、腕が小さな虫で真っ黒。

 止められて見てみれば、稽古着の背中にびっしりと蝶。


 一見、簡単にあしらっているように見えるが、クレールの顔は緊張している。

 顔には出ていないが、心労は相当だろう。


(そろそろ交代かな)


 とマサヒデが考え始めた時、クレールがマサヒデの方を向いて、


「マサヒデ様!」


「はい。何でしょう」


「後少しで全員ですから、私流で、本気で魔術を使った戦いします!

 ちょっとだけ準備の時間、もらっても良いですか?

 ちゃんと手加減はしますので!」


「ええ、それは勿論」


「では皆さん、申し訳ありません! 少しだけお待ち下さい!」


 ぐ、と杖を上げて、ぶつぶつと呪文を唱え始める。

 おや。クレールが呪文を唱えるとは・・・

 と、マサヒデが見ていると、ほわっと何かがクレールの前に浮かぶ。


「う!」「ええ!?」「嘘!?」


 ぎょ、と冒険者達が声を上げる。

 マサヒデも少し驚いて、お、と目を見開く。


「よし・・・今日は熊ですよ・・・」


 クレールの顔が必死だ。

 いくら死霊術が得意とは言っても、あれだけ大きな動物だ。

 今の心労の溜まった状態では、操るのは大変だろう。


「次の方! 来て下さい! 手加減はさせます!」


「・・・」


 ぐぁ、ぶぁ、と、低く、小さく、熊が威嚇の声を上げる。

 その小さな声が、腹にまで響く。


「来て下さい!」


 皆の目が、次の冒険者に向けられる。


「はい・・・」


 返事をしてしまった冒険者が立ち上がる。

 皆の目が、歩いて行く冒険者の背中をじっと見つめる。

 ごくっと大きく喉を鳴らして、冒険者がクレールから離れて立つ。


「はじめ!」


「ぶあー・・・」


 熊がゆっくり立ち上がり、冒険者が伸び上がっていく熊の顔を見つめる。

 すすす、と石が浮かぶ。

 あの程度の石では、当たっても熊には毛ほども効くまい。

 シズクがクレールの拳骨をくらったくらいだろうか。


 熊が口を開けながら、手を上げて、一振り。

 ばん! と音を立てて、すごい勢いで石が飛び、地面を撥ねる。


「うわっ!? 参りました! 参りました!」


 と、真っ青な顔で冒険者が跳び下がる。


「そこまで!」


 まだ全員ではないが、クレールの顔に明らかに疲れが見える。

 ばたばたと冒険者が走ってくる。


(ここまでだな)


 マサヒデが立ち上がって、


「クレールさん、私が代わります。

 随分と疲れたみたいですから、休んで下さい」


 すーっと熊が消え、クレールがぺたん、と座り込んだ。


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