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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十七章 パーティー準備
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第449話


 魔術師協会、居間。


 シズクに肩こりを治してもらったマツとクレールが、ぶんぶん腕を回す。

 にやっとシズクが笑って、


「じゃ、次はマサちゃんね」


「ああ、私は肩こりってありませんよ」


「またまたー。怖いんでしょ」


 にやにや笑う3人の前で、マサヒデはくるっと振り向いて、右手を頭の方から、左手を下から背中の方に回し、ぴったりと手の平をつける。


「ほら」


「げ!」


 シズクが驚いて声を上げ、マツもクレールも驚いて、振り回していた腕を止め、マサヒデの背中の手を見る。


「肩こりなんてあったら、こんな事出来ないでしょう」


「な、何故・・・」


 マツが驚いたような、呆れたような声を上げる。


「何故って・・・さあ、何故でしょうね?

 ふふふ。刀を振る時に、こう、引っ張られて肩が伸びるからでしょうか?」


 くるっと腕を回し、右手と左手の上下を逆にして、手をぴたりとつける。


「でも、でも、ああそうです! 緊張する度に、いつも肩がこるって!」


「そんなの、1日、2日で治りますよ」


「ええ!?」


「カオルさんも、着込みを軽くしたから、もう肩こりなんてないと思いますよ。

 アルマダさんは、鎧とか着るから、あると思いますけど・・・

 ああ、着込みを軽くしてますから、もう無いかな?

 ああいう全身鎧は、あまり肩にこないらしいですし」


「はあ・・・」


 そうなのか?

 マサヒデの周りの武術家は、皆、肩こりなど無いのか?


「剣術に限らず、武術全般に大事なのって、脱力なんです。

 だから、ある程度使える人は、しっかり全身の力を抜きます。肩の力もです。

 で、肩こりなんて自然になくなるって訳ですね。

 動きを無駄なく最小限にしようとすると、自然とこうなるんですよ」


「ううん、脱力ですか・・・」


 マツが唸る。

 よっこらしょ、とマサヒデが座って、


「クレールさん、シズクさん、クロカワ先生、覚えてますよね」


「あ、はい!」「勿論!」


「クロカワ先生、すごく撫肩だったの、覚えてます?」


「ああっ!」「あーっ!」


 クレールとシズクが声を上げる。


「そうだった、小さいし、細いし、撫肩で、全然強くなさそうで・・・」


「ほら、クロカワ先生、力を使うなとか、脱力が大事とか言ってたでしょう」


「言ってたあー! そうか、それでマサちゃん、そんな風になったんだ!」


 マサヒデは頷いて、


「武術の達人の肖像画とか、像とか、見た事ありませんか?

 常在戦場、いつも肩の力は抜けています。

 撫肩の人が多いのは、こういう訳です」


「そうだったのか・・・」


 マサヒデがにやにや笑って、


「ほら、シズクさん。強くなるコツ。力、抜いたでしょう」


「あ! ああー! それか! そうか、私も撫肩になるのか・・・」


 シズクが自分の両手を見つめる。


「そういう事です。クレールさん、レイシクランの忍の皆さんも、特に武術達者の方なんかは、撫肩の肩が多いのではないか、と思います。まあ、変装したりする事が多いでしょうし、忍の技は武術とはちょっと違うから、分からないですけど」


「ううん・・・」


 クレールが唸って腕を組む。


「身体が固くなれば、心も固くなる。心が固くなれば、身体も固くなる。

 どっちも柔らかくないと、どこかに隙が出来ます。

 クレールさんみたいな魔術師だって、心が柔らかくないと」


「あっ」


 クレールにもぴんときた。

 マツの教え、いたずら心。

 頭が固いといけない。柔軟な思い付き。


「何か思い当たる事があったみたいですね。きっと、そういう事です」


 クレールが頭を下げて、


「マサヒデ様、ありがとうございました。

 肩こりがあるなんて、私、まだ未熟だったんですね」


 マサヒデは明るく笑い飛ばし、


「ははは! 未熟だなんて! 今日は大変だったんでしょう?

 肩が凝ったって、仕方ないじゃないですか!

 マツさんも、いつも書類仕事ですから、肩こりは当然ですよ」


「書類仕事」


 と、ぽんとマツが手を叩き、


「そうだ! シズクさん、明日、オオタ様、マツモト様にぐきっと!

 いつもお忙しくしてらっしゃいますし、きっと肩もすごく凝ってますよ!」


「ははは!」


 マツモトとオオタの驚く顔と叫び声が目に浮かぶ。


「それ面白そうですね! シズクさん、明日、一緒にギルドに行きましょう!

 私も、あのお二人が叫ぶ所を見てみたい!」


「あーははは! いいともいいとも! どんな顔するかな!」


 クレールがにこにこしながら手を上げて、


「私も行きたいです! うふふ」



----------



 夕方遅く、カオルがにこにこしながら帰ってきた。


「只今戻りました!」


 袋を下げて、居間に入ってくる。


「おかえりなさい。その顔は、上手く出来たみたいですね」


「レイシクランの皆様にお手伝い頂いたお陰で、それはもう素晴らしく仕上げる事が出来ました。カゲミツ様にも、必ずやご満足頂けるはず。当日が楽しみです」


「黒影は、もう道場に?」


「いえ、道場へは明日連れていきます。今日は厩舎に」


「厩舎ですか。馬屋さん、驚いていたでしょう?」


「いえ、鞍と飾りは別に隠しておきました。

 当日、道場の厩舎で着せます。

 朝早くにあちらに行けば、昼までには帰って来られます」


「ええ? それは面倒でしょう」


「あの格好で街道を歩いては目立ちます。

 それに、せっかく飾り付けたのですし、当日まで隠しておきたいと」


「ふふふ。余程、自信があるようですね」


「勿論ですとも!」


 満面の笑みでカオルが頷く。


「で、その袋は、飾りに余った材ですか?」


「あ! いえ。申し訳ありません、これは夕餉にと・・・

 ああ、もう暗く! 失礼しました、すぐに!」


 さーっとカオルが台所に駆け込んでいく。


「ふふふ」


「よっぽど上手くいったんですね! うちの者が役に立って良かったです!」


「当然ですよ。レイシクランの忍なんですから」


「ふふーん! ですよね! 私も鼻が高くなります!」


(クレール様は何もしてないじゃん)


 と、シズクが苦笑する。

 マサヒデがふっと笑い、


「そうだ。後でカオルさんにも、肩こりないか聞いてみましょうか?

 前は、着込みで肩が凝るとか言ってましたし」


 む。

 クレールが胸に手を当てる。

 ぷ、と小さくシズクが吹き出す。


「なにかっ!?」


 ぶん! とクレールの顔がシズクに向けられる。

 シズクがにやにやしながら、


「なあーんにもおー? 100年、200年! ってね!

 あ、レイシクランの人って、成長はどんな感じ?

 10年とか20年? 300年? 400年? んふふふ・・・」


「きぇー!」


 たまらず、変な声を出して、クレールが寝転がったシズクに飛び掛かる。

 ぼすぼすと横腹を叩くが、シズクはどこ吹く風。


「あはははは!」


 マサヒデが驚いて、


「クレールさん? どうしたんです、そんなに暴れて!」


「けい! きぇい!」


 ぼん、ぼん、とクレールの拳がシズクの腹を殴る。毛ほども効いていないが。

 シズクが手をひらひら振って、


「マサちゃん、なあーんでもないって!

 クレール様も、見た感じ、成長期でしょ?

 すぐだよ、すぐ! あははは!」


 はあはあ、と息を荒くして、クレールが手を止めた。

 がっくり項垂れるクレールの頭に、シズクがぽん、と手を置く。


「クレール様、よく知ってるだろ?

 マサちゃんは見た目で人を見たりしないぞ!

 クレール様が選んだ旦那様が、そんな人の訳ないじゃん!

 だから、なーんにも気にする事はない! ね!」


「そうではないんです。そうでは・・・」


 もう、完全に負けた。

 クレールが立ち上がって、とぼとぼと縁側に歩いて行き、座る。

 背中が重い。


「どうしたんです」


 マサヒデが心配して声を掛ける。

 クレールは振り向きもせず、


「なんでも・・・私の問題ですから・・・大声を出して、申し訳ありません」


 と、小さく呟く。


 はあ、と溜め息をつき、クレールが薄く紫になった空を見上げる。

 月が明るくなってきた。

 細い雲が、ゆったりと流れて行く。

 後ろでマサヒデがシズクを見ると、シズクは苦笑して首を振った。


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