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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十七章 パーティー準備
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第448話


 魔術師協会。


 気不味い顔のクレールと、浮かれ顔のシズクが帰って来た。


「ただいま戻りました」「ただいまーっ!」


 すーと執務室の襖が開いて、マツが顔を出し、


「おかえりなさいませ!」


 と、声を掛けて、また引っ込んだ。

 何日も仕事を溜めてしまった上に、3日後にはパーティー。

 その分も仕事も進めておかないとならないので、大変そうだ。


「おかえりなさい」


 居間からマサヒデが声を掛けて、台所に入って行く。

 クレールとシズクが居間に入って「お!」と声を上げた。

 背の高い刀架に刀が架かっている。


「おおー! 刀が!」


「かあっこいいー! やっぱ剣術家の床の間はこうだよね!」


「ふふふ。まだまだ、剣術家としてはなまくらなもので」


 マサヒデが茶を持って入ってくる。


「あ、マサヒデ様、お茶なんか私が」


「え? 出来るんですか?」


「当たり前じゃないですか。緑茶葉にはそれほど詳しくはないですけど。

 一応、一通りの作法は学んでるんです」


「え! 紅茶しか分からないかと思ってましたよ」


 言いながら、マサヒデが湯呑に茶を注いで、2人に差し出す。


「ありがとうございます!」「ありがと!」


「ん?」


 マサヒデが少し眉を寄せる。


「どうされました?」


「ん・・・何か・・・これ、香水ですか?

 良い匂いがしますね」


「お! さっすがマサちゃん! 分かっちゃう?」


「シズクさんと、ラディさんの香水を作ってきたんです」


「作ってきた?」


「はい!」


 シズクが苦笑いして、


「お店、貸し切りにして、私とラディの分、色々混ぜて作ってくれてさ」


「ほう! それはまた」


「すごかったよー! メイドさん達が一杯いて、一杯作って。

 それをさ、クレール様が全部くんくんして、却下! 次! 却下! 次!」


「ははは! 随分と気合を入れて作ってくれたじゃないですか。

 シズクさん、大事にして下さいよ」


「当ったり前じゃん!

 瓶、割っちゃうと大変だから、クレール様に預かってもらうんだ」


「賢明ですね」


 む。


「なにそれー。なんか引っ掛かる」


「何がです」


「私が持ってちゃ駄目みたいじゃん」


「自分で言ってるじゃないですか・・・」


「ふーん! はい、これ刀」


 タニガワに見せに持ち出した雲切丸を、マサヒデに差し出す。


「ふふふ。これを見た時、お奉行様はどうでした」


 に、と笑って、シズクとクレールが顔を合わせる。


「最初はすごく格好良かったんですよ!

 口に懐紙を咥えて、きりっとした顔で!

 でも、ちょっと抜いたら、は、って口が開いちゃって。

 ぱらって懐紙が落ちましたね」


「これは誰が見てもびっくりするよねー!」


「紙を乗せて斬った時とか、まさか! なーんて口を開けてしまって」


「ははは! そりゃそうですよ。

 普通は重さを掛けて振って、やっと切れるのが刀です。

 乗せただけで、紙の重さだけで斬れるのは異常なんですよ」


「生涯忘れません、ありがとうございましたって言ってました」


「喜んでもらえて何よりです。

 さて、では・・・」


 マサヒデが立ち上がり、奥の間から拵えが入った箱を持ってくる。


「ああっ! ついに組み立てるんですね!」


「ははは! 組み立てるって、まあそうですけど」


 立ち上がって障子を閉める。

 箱を包んでいた袱紗を広げ、箱を開けて、袱紗にひとつひとつ並べていく。

 鍔、目釘、柄、鞘・・・


「ううん・・・綺麗ですねえ」


「ね。やっぱり光ってるよね!」


 刀の箱も開けて、白鞘を取り出す。

 膝の横に刀油と打ち粉、拭い紙、油塗紙を置く。


「じゃあ、抜きますけど、ついでに軽く手入れもするので、終わるまで喋ってはいけませんよ」


「え?」


「前にラディさんに怒られたでしょう。

 刀を見てる時は、喋るなって」


「ああー・・・あれは怖かったです」


「すごかったよな! クロカワ先生までびっくりして、縮こまっちゃってさ」


「それだけ、刀は繊細なんです。では、口を閉じて下さい」


 くい、と鯉口を切って、すうーっと抜いていく。

 目釘を抜いて、とんとんとん・・・

 刀身が浮いてくる。


(ううむ)


 柄を外すと、マサヒデの顔が曇る。

 茎の錆がまだ残っている。

 はばきを外し、広げた袱紗の上に置く。


 紙を取り、そっと茎で滑らせる。

 前よりはかなり綺麗になってはいるものの、紙を開くと薄く色が付いている。


「・・・」


 くしゃ、と錆が着いた紙を握り潰して置く。

 これだけは、時間をかけ、錆が落ち着くまで、少しずつ磨いていくしかない。


(さ、やるかな)


 茎を握り、すー・・・っと紙で先まで拭う。


 研ぎから戻ったばかりだが、皆この刀を見て間近でわあわあ言っていたのだ。

 目に見えない唾が着いただけで、刀は簡単に錆びる。


 打ち粉を取り、ぽんぽんぽん、と棟から軽くかけて、油を拭き取る。

 綺麗に拭き取れたか、よく確認。

 念の為、もう一度打ち粉をかけて、拭い紙で綺麗に拭く。


 静かに、真剣な顔で刀を見るマサヒデを、クレールとシズクが正座して、じっと見ている。


 油塗紙に油を塗って、綺麗に油を塗っていく。

 薄く、しかし薄すぎず、厚くならないように、塗りムラがないように・・・

 細心に・・・


(よし、と)


 茎の方も、油の付いた指を滑らせ、軽く油を付けておく。

 指を滑らせながら、錆の状態を指でも確認。


(ううむ・・・)


 コウアン、と切られた銘。

 今、この手に、国宝・酒天切の兄弟刀がある。

 しばらく、黙って茎を見つめた後、鎺を取る。


 鎺を付け、切羽、鍔、切羽と着け、柄に入れる。

 さすがに、もう柄を痛める程の錆ではない。

 きゅ、と目釘を入れて、鞘を取り、ゆっくりと納める。

 くい、と納めきった所で、ふわっとマサヒデの雰囲気が変わる。


「終わりましたよ」


「はあ・・・」「ふうー!」


 2人の口から、深い息が吐かれた。


「ふふふ。緊張しましたか」


「はい・・・息が詰まりそうでした」


「マサちゃん、すごい顔してたよ。自分じゃ分からないと思うけど」


「ははは! そうですか!」


 笑いながら、さっと障子を開け、襖も開ける。

 立ち上がったついでに、腰に雲切丸を差してみる。


「どうですかねえ?」


「綺麗ですよ!」


「うん! すごく綺麗だよ!」


 刀が。


「・・・やっぱり、刀が浮いちゃいませんか?」


 む、とクレールが顔をしかめ、


「まだそんな事言ってるんですか? お似合いです!」


「そうだよ! それで紋服着てみなよ! バッシいーっ! ときまるよ!」


「ふふふ。そうですか」


 腰から抜いて、刀架に雲切丸を置く。

 床の間から離れ、2人の横に座り、床の間を眺める。


「うん、悪くない。マツさんも良いと言っていましたし。

 クレールさん、どうです? 床の間、変じゃないですかね?」


 ふん! とクレールが両手の拳を握り、


「これは良いですよおー! これは凄く良いです!

 とても良い物が、上から下までずらり!

 物凄い床の間になりましたね!」


「私も良いと思うよ。

 床の間だけじゃなくて、家の中全部が何か引き締まる感じするね」


「そうですか。頑張って、ここまで刀架を持ってきた甲斐がありました」


 シズクが頷いて、


「うん! じゃあ、クレール様」


「はい?」


「香水のお礼あげるよ! 今日はさ、肩、凝ったでしょ」


「は? ええ、まあ、少し・・・」


 まさか、シズクの力で肩を揉むのか?

 クレールが不安そうな顔をする。

 マサヒデも、不安そうな顔をシズクに向ける。


「大丈夫、大丈夫。昔、按摩の人に教えてもらった、とっておきの技。

 一発で肩こりが取れるんだ!」


「はあ・・・大丈夫ですか? 私の肩、折ったりしませんよね?」


「大丈夫だって。こうやって、右手と左手で、自分を抱っこするみたいに。

 右手は左の肩まで、左手は右の肩まで」


 シズクが胸を抱くように、ぎゅっと両手を逆の肩まで回す。


「こんな感じですか?」


「そうそう。じゃ、背中こっちに向けて」


「はい・・・」


 とん、とクレールの背中に膝を立てて、肩に回された両手を掴む。


「ちょっ」


 くい。ごぎりっ!


「くぎゃー!」


 嫌な音がした瞬間、クレールの叫び声が響く。


「クレールさん!」


 慌ててマサヒデが立ち上がる。

 ぱしん! と執務室の襖が開き、マツが飛び出て来て、


「どうしたんです!?」


「あははは! 大丈夫、大丈夫! クレール様、肩回してみて」


 真っ青な顔で、クレールが肩を回す。


「はっ、はっ、はあ?」


「どう?」


 にやっとシズクが笑う。


「うわああー!」


 ぶんぶんとクレールが腕を回す。


「どうしました!?」


 マツがクレールの横に心配そうな顔でしゃがみ込む。


「うわあー! すごい! 肩こりが、肩こりが! 肩が軽い!」


「でっしょー? あはははは!」


「マツ様! マサヒデ様! これはすごいですよ! 一瞬で肩こりが!」


「そうだろ、そうだろー! どう? マツさんもやる?」


「え」


「ずーっと仕事で、肩こってるでしょ?」


 クレールがぶんぶん腕を回し、ぐりぐりと肩を回す。

 本当に肩が軽そうだ。

 しかし、あの叫び声を聞いた後では・・・


「マツ様! 大丈夫ですよ!」


「でも、すごい叫び声が・・・痛くないんですか?」


「一瞬ですよ! もう全然痛くないです!

 肩こりから逃れられるなら、全然平気です!

 試してみて下さい! これは本当にすごいです!」


「ううん、じゃあ・・・座っていれば良いんですか?」


「うんうん。それで、右手は左の肩に。左手は右の肩に乗せて」


 む、と少し苦しそうな顔で、マツが腕を回す。


「こ、こう・・・」


 背中にシズクが回って、ぽん、とマツの手を取る。


「はい」


 ごぎっ!


「ぎぁあゃー!」


「あははは!」


 は、は、と浅い息をついて、蒼白な顔でマツが前のめりになる。


「ふふーん。さあ、マツさん。肩を回してみて」


「・・・あ? あっ」


 くいくい。くるっ。

 軽い! 肩が軽い! 全く痛みがない!

 蒼白な顔から一転、ぱあ・・・! と明るい顔をシズクに向ける。


「治った! 治りましたよ!」


「そうだろそうだろー!」


「す、すごい! シズクさん! 肩が軽いですよ!」


「シズクさん! すごいです!」


「あははは!」


 マツもクレールもぐるぐる肩を回す。

 2人の尊敬と感謝の眼差しが、シズクに向けられる。

 シズクの高笑いが居間に響き、マサヒデも安心して、ふう、と息をついた。


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