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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十七章 パーティー準備
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第446話


 オリネオ香水店前、大きく広げられた傘の下。


 ラディが食事を終え、さあお茶を、とカップが差し出された時。


(あれラディちゃんじゃねえのか)


「う」


 名前が聞こえ、カップを取ろうとしたラディの手が、ぎくっと固まった。

 背中から、町人のひそひそ話が聞こえてくる。


(そうだよ。あの着流し)


(背ぇも高えぞ。やっぱラディちゃんだろ)


 まずい。また職人街で変な噂が流れるかも・・・

 背を縮めるように、ラディが少し前屈みになる。


「どした、ラディ。食い過ぎて腹でも痛くなったのか?」


「いえ」


「あ、ラディさん、大丈夫ですか? 顔色が」


「何でもないです」


 早くこの場所から離れたい!

 すっと出された熱い紅茶。

 慌ててカップを取り、口に・・・


「あつっ!」


 こぼしはしなかったが、カップの中の紅茶が揺れる。


「おい」


 と声を掛けたシズクの耳に、


(あれシズクさんじゃない?)


(しかいないでしょ)


「・・・」


 げ。

 後ろの人の群れから、シズクの名前。

 そっと目を向けると、女冒険者が2人、こちらを見てひそひそ話している。


(うっわあー!)


 美味しすぎる食事に気を取られ、全く気にならなくなっていたが、後ろは物珍しげな顔をした町人達に囲まれているのだ。


 ラディが口を押さえながら、シズクに目を向ける。

 シズクも小さく頷く。


「私はさあ、冷たいのがいいなあー! ごくっと!

 ラディも熱いみたいだしー! な!」


「は、はい! 冷たいものを!」


 ラディがうんうんと勢い良く縦に首を振る。


「承知致しました」


 ラディのカップが引かれ、氷を入れたグラスに水が注がれていく。


(一気に飲んじゃおう!)


 慌てないように、そっと手を差し出してグラスを取る。


「あ」


 水だと思ったら、うっすらレモンの香り。

 酸っぱくない。味も濃くない。ほんのり甘い程度。


「クレール様」


「はい?」


「これ、レモンが」


「はい。食後の口がさっぱりしますよ!」


「美味しいです」


 でも、さっさと飲んで店の中に逃げよう。

 ごくごく・・・


「ふう」


「うふふ! そんなに急いで飲まなくたって、逃げたりしませんから。

 お気に召したようですね。さあ、次を注いで差し上げて」


「は」


 とくとくとく・・・からん。

 注がれてしまった。

 クレールの嬉しそうな顔。


「どうも・・・ありがとうございます・・・」


 早く逃げたいのに!

 ちらりと横を見れば、シズクのグラスにも次が注がれている。

 苦笑いのような、嬉しそうな、照れたような、変な笑い顔。


「ラディ、これ美味しいね」


「はい。とても」


「えへへー」


 クレールはにこにこ笑いながら。

 シズクとラディも、気不味い笑みを浮かべながら。

 食後のティータイムが、ゆっくりと流れていく。



----------



 気不味いティータイムが終わり、オリネオ香水店の中。


 食後もクレールは細長い紙をいくつも取っては却下、却下と繰り返し、残りが数個となった所で、シズクとラディを呼んだ。


「シズクさーん! ラディさーん! 来て下さーい!」


「はーい!」「はい」


 返事をして、2人がクレールの後ろに立つ。


「候補が決まりました。後は、お二人に決めて頂きます」


 カウンターの左右に、小瓶が3個。

 細長い厚紙が、それぞれの瓶の下に置いてある。


「こちらがシズクさん。こちらがラディさん。

 さあ、この3つの中から、好みの物を選んで下さい」


 シズクが紙を1枚取って、


「この紙の匂いを嗅げば良いんだよね?」


「そうです」


 すんすん。


「あ、良い匂い」


 もう1枚。


「あー、これも良い匂いだなあ」


 もう1枚。


「うーん、良い匂いー!」


 にこっとクレールが笑って、


「長い紙が、香り始めの香りです。

 中くらいの紙を取って、香りを確かめて下さい」


「これね」


 あ、とシズクの顔が変わる。


「おお! 何かちょっと違うね! 同じ香水?」


「そうです。最初のは、着けて四半刻くらいの香り。

 過ぎると、その香りになって、一刻から一刻半くらい続きます。

 さらにそれを過ぎ、最後の残り香のような物が、一番短い紙です」


「へえー! 匂いが変わるんだ・・・」


 ラディも紙を取って、すん、と鼻を鳴らす。


「・・・」


 中くらいの紙を取り、鼻に近付ける。

 あ、と少しラディの目が開く。


「違う」


 ふふ、とクレールが笑って、


「あとは、お好みの物を選んでもらうだけですよ」


「うーん・・・」


 シズクが腕を組む。


「シズクさんはマリン。ラディさんはオリエンタルです」


「なにそれ」


「うふふ。別に分からなくても良いですよ。

 次に香水を買う時は、マリンって言えば似たような物を選んでくれます」


「ふーん。そういうもんか」


 ふわふわと、シズクが顔の前で紙を振る。


「じゃあ・・・これ!」


 シズクが右の小瓶を指差す。


「分かりました。シズクさんはそちらで決定。

 ラディさんはどれになさいます?」


「ん・・・」


 ラディは真剣な顔で、紙を取って匂いを確認、また紙を取って、と繰り返す。


「少しだけ、時間を下さい」


「はい」


 すん。


「・・・」


 すん。


「・・・」


 少しずつ、緊張感が店の中に広がっていき、皆がしーん・・・と静まる。

 ラディが紙を置いて、眼鏡の向こうの目を細め、じっと小瓶を見つめる。

 メイド達が「なるほど」と心の中で頷く。

 研いだ刀のような色をイメージした香りとは、これか。


 もう一度紙を取って、一通り、軽く香りを確認。

 すっと紙を置いて、ラディが厳しい顔で腕を組む。

 しばらくしてから、


「クレール様のおすすめは」


 クレールがラディの横に立ち、紙を取り、ふわりふわりと顔の前で紙を振る。

 にっこり笑って、


「秘密です!」


「・・・」


 もう一度、ラディが1枚の紙を取って、ふわっと顔の前で揺らす。

 ゆっくりカウンターの上に置き、すっと差し出して、


「これにします」


 ぱちぱち、とクレールが拍手して、


「お見事です! 私も同じ物を選びました!」


 ほ、とラディが小さく息をついて、店中の緊張感がすうっと引いていく。

 クレールは店員に顔を向け、


「では、選んだ2つを包んで下さい」


「はい」


 店員が小さな桐箱を出して、箱に入れる。

 袱紗で包んで、シズク、ラディの前に差し出す。


「ありがとうございました」


「長い時間、ご苦労様でした。ではまた」


 くるっと振り返って、クレールが出ていく。


「あの、何て言うか、どうも・・・」


 シズクも箱を受け取って、頭を下げて出ていく。


「勉強になりました。ありがとうございました」


 両手でそっと箱を受け取り、ラディも頭を下げて出ていった。

 店員達が並んで頭を下げる。

 がらがらと馬車が遠ざかって行き、店員達が安堵の息を漏らした。


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