第441話
小さな刀屋の前。
店主の老人が、マサヒデの脇差をぴたりと立てて、鋭い眼光を光らせる。
マサヒデの後ろを、町人が歩いて行く。
「これ以上の、置くって言っとったね」
「はい」
「ほうかん。これ以上のをかん。ううん、すごいのん・・・」
「まあ、少しだけ良いという程度ですよ」
頷いて、老人が脇差を納める。
「刀も、見ていいかん?」
「どうぞ」
カウンターの中に入れ、後ろを向いて、老人がマサヒデの刀を抜く。
「ううん・・・」
少しして、刀を納め、マサヒデに返す。
「んん・・・ありがとうね。眼福でした」
「いえ」
「この刀は、誰にもらっただん? 奥方かん」
「父上から頂きました」
「ああ、父ちゃんからもらったのかん」
「はい。私、家を追い出されまして。その際、餞別にと、お情けで」
「何だん、家、追い出されとるのかん! そりゃあ、大変だのん。
まだ若いのに、全く、えらいことだのん・・・」
「運良く、今の所は何とかなっています」
「ほうかんほうかん。若いうちの苦労は買ってでも、なんて言うじゃん。
でも、限度ってものがあるでね。身体には気を付けりんよ」
「ご心配、ありがとうございます。
では、お勘定の方を」
ぱちり、と金貨を置いて、
「申し訳ありません。もっと高いと思ってましたので、細かいのがありません。
これで勘弁して下さい。では、また」
大小の位置をうん、と締めて、刀架を持ち上げる。
「ほい! 何しとるだん! ちょっと待ちんやれ!」
老人の大声で、通りの町人が足を止め、マサヒデ達を見る。
「はい?」
「あんた、仕事も出来んで、何とか暮らしとるんじゃないだかん!
お金は大事にせんといかんに! ちょっと待っとりん・・・」
老人が手提げ金庫を出し、1枚、2枚と銀貨を出す。
「構いません。また来ますので、その時にまけて下さい」
「何を馬鹿な事を言っとるだん! 待ちんて!
50枚にまけたげるで、待っとりん」
「ご主人、本当に大丈夫ですから」
マサヒデは刀架を置いて、懐から小袋を出して、
「ここに、あと99枚ありますので」
カウンターの上に置いて袋を開ける。
ちら、と覗いて、う! と老人はマサヒデに顔を向け、
「あんた、仕事しとらんって言っとったら!」
「はい」
「何でこんなに、お金持っとるだん!」
「先日、試合でもらいました」
「賭け試合なんかやっとるだかん! いかんに!」
ぷんぷん怒る老人を、
「違います! 違います! 誤解ですよ! 賭け試合なんてしません!」
と、慌てて押さえ、ふう、と息をついて菅笠を取る。
「私、300人と試合した、トミヤスです。マサヒデ=トミヤスです。
あの試合で、町が儲かったとかで、ギルドと町から礼でもらった金です。
職無しですが、少しは自分の金はありますから」
ぎょ、と老人が目をむいた。
「あんた、あのトミヤスさん!? ほんとかん!?」
「はい。賭け試合なんて、やってませんので。
それでは、また来ます」
驚く老人に、ぺこりと頭を下げ、振り返って、驚いている町人に頭を下げる。
よ、と足元の刀架を抱え、マサヒデは去って行った。
----------
魔術師協会。
マサヒデは庭に回り、刀架を縁側に置いて上がる。
まだ、誰も戻っていないようだ。
居間を通って、執務室前。
「マツさん。戻りました」
「あ、おかえりなさいませ」
すう、と襖が開く。
「良いものがありましたか?」
「と、思います。店主の方が言うには、材は最高、塗も良いものだと」
「あら! いくらしたんです、それ」
「銀貨50枚です。まけてくれました」
マツがちょっと驚いて、
「銀貨でですか? 銀? 金ではなく?」
「はい。思っていたよりも、全然安かったんです。
使える刀が金貨で百、百何十とかですし、10枚はすると思ったんですが」
「そんな物だったんですね。お見せ頂けますか?」
「勿論です」
2人は居間に通って、縁側へ。
「あら」
「どうですかね? マツさんの目で、床の間に置いて良いと思いますか?」
「良いではありませんか。これで銀貨50枚ですか」
よ、と両手で持ち上げて、
「うん! これは少し重いですね・・・」
「持ちますよ。上に刀が乗りますから、下の所が少し重いんですね」
よ、と床の間の前に置いて、
「で、まずお奉行様の鉄扇を・・・」
違棚の下の段に置く。
「うん・・・この辺で良いかな?
マツさん、タマゴ持ってもらえますか」
「はい」
マツがタマゴを抱きかかえる。
下の小座布団をどけて、よいしょ、と刀架を置き、小座布団を戻す。
「よし。タマゴを戻して下さい」
「はい」
「で、刀を置いてみます」
一番下の段に刀をそっと置く。
後で、ここに雲切丸を置く。
真ん中に、今置いた無銘の刀。
上にホルニの脇差。
「よしと。うん、これならタマゴには当たりませんね」
タマゴが小座布団に乗っても、十分、上に空きがある。
「うん、高さは十分、ここは安心ですね。では、脇差も置いてみます」
上の段に脇差を置き、マツの横に座って床の間を見る。
「どうでしょうか? 床の間の感じ、変じゃないですか?」
にこ、とマツが笑って、
「良いと思います。やっぱり、引き締まる感じがありますね」
「マツさんのお墨付きなら、完璧ですね。良かった」
ん? とマツが腕を組んで首を傾げ、
「ううん・・・マサヒデ様、なんで刃を上に向けて置くんですか?
この向きだと、不安定になりませんか?」
「そういう決まり事みたいなものですね。
太刀と小太刀は下向きに、普通の刀や脇差は上向きです」
「刀をただ置くというだけでも、そういう作法があるんですね」
「作法なんて固いものじゃありませんよ。
大体こう置くのが普通かな、というくらいで、どう置いたって構いません。
一番大事なのは、何かあった時、さっと取れる所ですから」
「そんなものですか」
「そんなものです。美術館とか、店での展示はうるさいでしょうけどね。
銘を見せるようにこっち向きとか、この脇差は組じゃないから別に置くとか。
でも、一般家庭に置いておくのに、そんな厳密な作法は必要ないです」
ぷ! とマツが吹き出し、
「ここは一般家庭ですか!?」
「ははは! 確かに、ここは一般家庭じゃないですね!
大魔術師に、大貴族! 忍に、鬼まで! 庭はびっちり警備付き!
こんな一般家庭はありませんよね! ははは!」
ちん、と風鈴が鳴って、並んだ2人の隙間を、さらりと風が流れていく。