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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十七章 パーティー準備
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第426話


 ぱちっと目が覚めた。


 横にはマツがすうすうと眠っている。

 暗い。まだ夜だろうか。

 頭痛や吐き気、むかつきの類はない。


 そっと身体を起こし、枕元の水を取って飲む。

 じわりと水が身体に染み込んでいく感覚。乾いている。


 少しめくった布団の中から、酒臭い臭いがして、む、と顔をしかめる。

 マツの酒か・・・


 起き上がって、静かに部屋を出た。

 物音をたてないように、静かに廊下を歩く。

 もう、廊下が酒臭い。


 居間では、シズクだけが大の字になって寝ている。

 今回は、クレールはちゃんと部屋で寝ているようだ。


(ふふふ。盛り上がったみたいだな)


 台所に入り、水瓶から水をすくって、ゆっくり飲む。

 じわじわと水が身体に行き渡る。


 部屋からでは分からなかったが、薄ぼんやり明るくなってきている。

 もうすぐ日の出だ。

 離れた所から、雀の声が小さく聞こえる。


 湯呑を洗い場に置き、静かに部屋に戻る。

 そーっと練習着に着替え、木刀を持ってくる。

 まだ早いが、昨日は身体を動かすな、と止められてしまった。

 その分、今日は振らなければ。


 ゆっくり、静かに庭に下りて、井戸から水を汲み、顔を洗う。

 手拭いを出して顔を拭き、木刀を取って、静かに構える。



----------



「すうー・・・ふうー・・・」


 深く、ゆっくり息を吸ってから、細く、長く吐いて・・・

 丹田を膨らませて・・・


 しゅ。


 カオルは気付いてしまった。

 まだ、少し使いこないせていない部分はあった。


 しゅ。


 だが、元から身に付いている技量が、既に違う。

 無願想流の振り方そのものも、カオルが元々持っていたものに近い。


 しゅ。


 少しでものんびりしていたら、あっという間にマサヒデは抜かされる。

 加えて、カオルには忍の技術もある。


 しゅ。


 もう、総合力はとっくにカオルに負けている。

 だが、せめて剣だけは。


 しゅ。


 剣だけは、誰にも負けたくない。

 アルマダにも、カオルにも、シズクにも。


 しゅ。


 父上。剣聖。武聖。カゲミツ。今は敵わない。

 しかし、敵わないから、と投げている訳ではない。


 しゅ。


 父上にも、いつかは。

 いつか、必ず。


 しゅ。


 老いて動けなくなった父上に勝っても、意味はない。

 現役のうちに、勝てるようになりたい。


 しゅ。


 勝ちたい。

 負けたくない。勝つ。


 しゅ。


 トミヤス流は勝ちが全て。

 どんなに汚い手を使っても、勝った方が正義。


 しゅ。


 マツに道場ごと吹き飛ばしてもらって勝っても、正義。

 だが、マサヒデは堂々と立ち会って勝ちたい。


 しゅ。


 甘い!

 だが、俺はこれでいきたい!


 しゅ。


 自分が「勝った!」と納得出来なければ、それは勝ちではない!

 只の自己満足! 只の欲! 俺は欲の塊だ!


 しゅ。


 欲の塊、大いに結構! 俺はそれで構わない!

 俺は求道者ではない! 俺は武術家だ!


 しゅ。


 勝った先に何がある? 俺は勝っていない! 知るものか!

 強くなって何になる? 俺は強くない! 知るものか!


 しゅ。


 知りたい!

 だから勝ちたい!

 だから強くなりたい!


 しゅ!


 全ては勝った後! 全ては強くなった後!

 勝たなければ、何も分からない!

 だから、勝ちが正義!


 しゅ!


 トミヤス流は、どんな手を使っても勝てば正義!

 ならば、俺は俺の勝ち方で、勝つ!


 欲を満たすため、マサヒデは木刀を振る。

 身体を動かしているうちに、いつしか無心になって木刀を振るう。



----------



 日が昇り、いつしか庭が明るくなっている。


 汗を乱して木刀を振るマサヒデの前に、カオルが立った。

 す、とマサヒデは木刀を納め、息を整える。


「おはようございます。ご加減は」


「おはようございます。ご覧の通りです」


「ご主人様。一本、願えますか」


「構いませんよ。分かったら、受けるという約束でしたからね」


「では」


 カオルが下段につけた。

 マサヒデは無形に剣先を垂らした。


 ちちち・・・


 雀が、庭木の枝に止まる。

 同じような構えの2人が、じっと見つめ合ったまま、動かない。

 じりじりと、日が昇ってくる。


「ふぁーい・・・」


 シズクが欠伸をかいて、起き上がろうとした瞬間、


「ふ!」「む!」


 カオルの木刀が斜め下から上がって、マサヒデの袖を払った。

 カオルが振り上げた腕の隙間。

 顎の下。

 ばらっと払われた袖が垂れる。

 マサヒデの木刀の先が、カオルの喉元で止まっている。


「まっ・・・参りました・・・」


「お見事です」


 ぱちぱちぱち、とシズクが拍手をして、マサヒデもカオルも木刀を引く。


「おっはよ! 朝からきついのやってるねー」


「ははは! シズクさん、まず湯に行って下さいよ。

 また、酒臭いですから」


 にやっとシズクが笑い、頬杖をついて、


「ふっふっふー。マサちゃんもね! 自分の臭いに気付いてないな!

 マサちゃん、臭うぞおー! 汗から、酒の臭いがぷんぷんしてるぞ!」


「ええっ!?」


「道着の臭い、嗅いでみなよ! 自分でも分かるでしょ?」


 がば! と道着の襟を開け、顔を突っ込む。

 すん・・・


「う・・・」


 夢中になっていて気付かなかったが、まさか自分まで。

 家の中が酒臭いせいだと思っていたが、自分もだったのか?

 布団をめくった時の酒の臭いは、自分?


「あーっはははは! 昨日、自分がどんだけ呑んだと思ってるのさ!

 オオタ様に付き合って呑んでたんだぞ!

 真っ昼間から、夕方までずーっと!」


 げらげらとシズクが笑いながら、マサヒデを指差す。


「あ! その顔! 酔ってないからって、自覚してなかったなー!

 昨日、湯に行ったから、自分じゃないとか思ってたろ!」


 図星を着かれ、恥ずかしくなって、かっと顔が赤くなる。


「は、はははは! マサちゃんも湯に行こ! 汗流して、さっぱりしようよ!

 マツ様もクレール様も起こして、皆でさ!

 その道着、洗濯が大変だー! あはははは!」


 くすくすとカオルが笑う。


「・・・」


「ぷくく・・・カオル! 朝飯の用意、頼むよ!」


「ふふふ。ご主人様、洗濯はお任せ下さい」


 マサヒデは顔を「ぶん!」と横に振って、


「く、くそっ! 酒なんて、酒なんて嫌いだ! 何なんだ!」


「あーはははー!」


「ふ、ははは!」


 カオルまで声を上げて笑い出してしまった。

 マサヒデはばさっと道着を放り投げ、足音を荒らげて家の中に入って行った。


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