第414話
さらさら・・・
『昨日、私ことマサヒデ=トミヤス、妻、マツ=トミヤスに子が産まれ候。
ブリ=サンクにて祝いの席を設け、お誘い・・・』
(次・・・)
さらさら・・・
『昨日、私ことマサヒデ=トミヤス、妻、マツ=トミヤスに子が産まれ候。
ブリ=サンクにて・・・』
(次・・・)
さらさら・・・
『昨日、私ことマサヒデ=トミヤス・・・』
(何枚目だっけ・・・)
さらさら・・・
『昨日、私こと・・・』
ことり。
筆を置いて、目をぐいぐい抑える。
目眩がする。
二日酔いもあって、頭痛が酷い。
「ご主人様」
「いや、これ、二日酔いのせいでしょう。頭痛がこう、目の奥からというか。
血が流れるたびに、ずきんずきんという感じで」
カオルがマツの方を向き、
「奥方様、昨夜はあれだけ呑まされておりましたし、朝もあのご様子でした。
やはり、ご主人様には、本日はお休み頂きましょう。
招待状は私が。ご主人様の筆で書けますので」
「そうですか。助かります。
マサヒデ様。カオルさんが書いてくれますから、お休み下さいませ」
「ううむ、すみません」
「これは治癒や解毒で治るものではありますまい。
ご主人様、しばしお待ち下さい。頭痛に効く薬を作って参ります」
「お願いします」
両手で目を抑えるようにして、机に肘を付く。
目を瞑ると、ずきん、ずきん、と血管が波打つたびに痛みが響く。
「父上・・・くそ、恨みますよ」
「マサヒデ様、パーティーの時も、こうなりますよ。
お父様以外にも、呑む方は多く来られるのですから。
カオルさんに、酔い止めを作っておいてもらいましょう」
「そうですね。二日酔いで死にたくはありませんよ」
ぷ、とマツとクレールが吹き出し、
「うふふ、二日酔いで死にはしませんよ!」
「分かってますが、これより酷かったら、本当に死にそうですよ・・・
マツさんも、クレールさんも、なんであんなに呑むんです」
「酔いませんから」
「私もレイシクランに生まれたかった・・・ううむ」
「うふふ。レイシクランになったら、剣の腕がいつまで経っても上がりませんよ」
「そうでした・・・酒の道も厳しいですね」
くすくすとマツ達が笑う。
「少しは酒が美味しいって思えるようになってきたのに、二度と呑みたくなくなりましたよ。全く・・・」
「うふふ。次はワインを勉強して頂きますよ!
貴族はワインが主流ですから。ね、マツ様?」
「そうですね。ワインは必要ですよ」
「嫌です」
「駄目ですよ。お父上の仰るように、これから酒の席も増えようというもの。
叩き込んで差し上げますから、覚悟して下さいね。
レイシクランのワインでワインを覚えられるなんて、マサヒデ様だけですよ」
「く・・・」
ぐったりしていると、カオルが水と薬を持って入ってきた。
「さ、ご主人様。薬を持って参りました」
「助かります」
カオルが差し出した粉薬を受け取り、水で流し込む。
喉から鼻の奥に、漢方薬独特のあの臭いが広がる。
「さ、奥の間へ参りましょう」
「はい」
カオルがマサヒデの腕をとり、奥へ連れて行く。
寝転ぶと、カオルが布団をかけ、
「しばしすると眠気が参りましょう。
頭痛も気にならずに眠れますから」
「ううむ、ありがとうございます」
額にそっとカオルの手が置かれる。
「む、少し熱がありますね。夜の分も作っておきます。
夜は軽く食べて頂きまして、また薬を飲んでお休みを」
「今日は何も食べたくありません」
「少し強めの薬ですので、我慢して入れて下さい。
次は何か腹に入れませんと、胃を痛めてしまいますので」
「分かりました」
会話はそこで止まり、マサヒデが目を閉じた。
しばらくすると、マサヒデが寝息をたて始める。
「ご主人様」
小さく声を掛けたが、返事がない。
薬が効いて、完全に眠ったようだ。
カオルはそっと立ち上がり、音もなく部屋を出て行った。
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カオルが居間に戻ると、クレールが顔を上げ、
「マサヒデ様は?」
「薬が効いて、お眠りに。少し熱がございます。
後で夜の分の薬も作っておきます。
起きられましたら、何か腹に入れて頂き、また薬で寝て頂きましょう」
「あれだけ吐いていましけど、食べられるでしょうか?」
「少し強い薬ですので、次は無理にでも何か食べてもらわねばなりません。
胃を痛めてしまうかもしれませんので」
「何を入れたんです?」
「秘密です。と言っても、ただの漢方薬ですので、ご安心下さい。
普通に医局でも使われている物です。分量と混ぜ方が違うだけですから」
「・・・そうですか・・・」
分量が違えば、毒と変わりないのでは・・・
マツとクレールは不安そうにカオルを見る。
「奥方様? なにか?」
「あ、いえ。何でもありません。
大体、お誘いする方は絞れましたね。
カオルさん、この名簿の名前で、招待状を書き上げてもらえますか」
す、とマツが名簿を差し出す。
「は」
ささ。ぱさり。
ささ。ぱさり。
ささ。ぱさり。
「・・・」
クレールが手に取って、マサヒデが書いた分と並べる。
筆跡の見分けが全くつかない。
小さな癖まで全く同じだ。
そっとマツの方に差し出す。
「全く同じですね・・・」
「はい・・・」
カオルがすごい勢いで筆を進めながら、
「奥方様、封を願います。
クレール様、書の印を願います」
「はい」「は、はい!」
ささ。ぱさり。
ささ。ぱさり。
ささ。ぱさり。
「ええと・・・」
印の向きを確認。
ぽん!
「マツ様」
「はい」
封に入れ、蝋を垂らし、印。
ぐっと押して、
「よし! 1枚、出来ましたね!」
ささ。ぱさり。
ささ。ぱさり。
ささ。ぱさり。
「うんしょっと」
ぽん!
「はい!」
封に入れ、蝋を垂らし、印。
ぐっと押して2枚目・・・
こと、とカオルが筆を置く。
「ふう! やっと終わりましたね。
さすがにこれだけの招待状は面倒です」
「・・・」
まだ2枚、封に入れただけ。
「クレール様、私が触っても宜しければ、書の印を代わりましょう」
「あ、じゃあ、お願いします」
「では、クレール様は蝋を垂らしてもらえますか。
奥方様の方で、蝋封の印を」
「はい・・・」
ぽん! さ!
ぽん! さ!
ぽん! さ!
カオルの長羽織の袖がばばば、と音を立てる。
印を押されていない招待状が、あっという間に無くなる。
印が押された招待状が、次々に積まれてゆく。
「やっと終わりました・・・さすがに枚数がありますね」
「え、もう・・・」
「あとは封だけですね。
蝋封の印までは、さすがに家臣の私が触る訳には参りませんので・・・」
「あ、ええ、そうですよね」
「ご主人様の薬を作って参ります。
酔い止めも、今のうちに準備しておきます。
昨日のあの騒ぎで、もう町中に知れ渡っておりましょう。
となれば、誰が来るか分かりませんし・・・」
ぽん、とカオルが手を叩き、
「おお、そうでした。本日はオオタ様が来るかもというお話でしたね。
ご主人様のご様子を伝え、本日は控えて頂きましょう。
では、少し失礼致します。すぐに戻りますので」
カオルが立ち上がって出て行った。
クレールが腕を組み、
「ううむ・・・忍の新しい使い方を学べました・・・」
「ええ・・・」
マツも深く頷いた。