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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十六章 二日酔い
414/778

第414話


 さらさら・・・


 『昨日、私ことマサヒデ=トミヤス、妻、マツ=トミヤスに子が産まれ候。

  ブリ=サンクにて祝いの席を設け、お誘い・・・』


(次・・・)


 さらさら・・・


 『昨日、私ことマサヒデ=トミヤス、妻、マツ=トミヤスに子が産まれ候。

  ブリ=サンクにて・・・』


(次・・・)


 さらさら・・・


 『昨日、私ことマサヒデ=トミヤス・・・』


(何枚目だっけ・・・)


 さらさら・・・


 『昨日、私こと・・・』


 ことり。

 筆を置いて、目をぐいぐい抑える。

 目眩がする。

 二日酔いもあって、頭痛が酷い。


「ご主人様」


「いや、これ、二日酔いのせいでしょう。頭痛がこう、目の奥からというか。

 血が流れるたびに、ずきんずきんという感じで」


 カオルがマツの方を向き、


「奥方様、昨夜はあれだけ呑まされておりましたし、朝もあのご様子でした。

 やはり、ご主人様には、本日はお休み頂きましょう。

 招待状は私が。ご主人様ので書けますので」


「そうですか。助かります。

 マサヒデ様。カオルさんが書いてくれますから、お休み下さいませ」


「ううむ、すみません」


「これは治癒や解毒で治るものではありますまい。

 ご主人様、しばしお待ち下さい。頭痛に効く薬を作って参ります」


「お願いします」


 両手で目を抑えるようにして、机に肘を付く。

 目を瞑ると、ずきん、ずきん、と血管が波打つたびに痛みが響く。


「父上・・・くそ、恨みますよ」


「マサヒデ様、パーティーの時も、こうなりますよ。

 お父様以外にも、呑む方は多く来られるのですから。

 カオルさんに、酔い止めを作っておいてもらいましょう」


「そうですね。二日酔いで死にたくはありませんよ」


 ぷ、とマツとクレールが吹き出し、


「うふふ、二日酔いで死にはしませんよ!」


「分かってますが、これより酷かったら、本当に死にそうですよ・・・

 マツさんも、クレールさんも、なんであんなに呑むんです」


「酔いませんから」


「私もレイシクランに生まれたかった・・・ううむ」


「うふふ。レイシクランになったら、剣の腕がいつまで経っても上がりませんよ」


「そうでした・・・酒の道も厳しいですね」


 くすくすとマツ達が笑う。


「少しは酒が美味しいって思えるようになってきたのに、二度と呑みたくなくなりましたよ。全く・・・」


「うふふ。次はワインを勉強して頂きますよ!

 貴族はワインが主流ですから。ね、マツ様?」


「そうですね。ワインは必要ですよ」


「嫌です」


「駄目ですよ。お父上の仰るように、これから酒の席も増えようというもの。

 叩き込んで差し上げますから、覚悟して下さいね。

 レイシクランのワインでワインを覚えられるなんて、マサヒデ様だけですよ」


「く・・・」


 ぐったりしていると、カオルが水と薬を持って入ってきた。


「さ、ご主人様。薬を持って参りました」


「助かります」


 カオルが差し出した粉薬を受け取り、水で流し込む。

 喉から鼻の奥に、漢方薬独特のあの臭いが広がる。


「さ、奥の間へ参りましょう」


「はい」


 カオルがマサヒデの腕をとり、奥へ連れて行く。

 寝転ぶと、カオルが布団をかけ、


「しばしすると眠気が参りましょう。

 頭痛も気にならずに眠れますから」


「ううむ、ありがとうございます」


 額にそっとカオルの手が置かれる。


「む、少し熱がありますね。夜の分も作っておきます。

 夜は軽く食べて頂きまして、また薬を飲んでお休みを」


「今日は何も食べたくありません」


「少し強めの薬ですので、我慢して入れて下さい。

 次は何か腹に入れませんと、胃を痛めてしまいますので」


「分かりました」


 会話はそこで止まり、マサヒデが目を閉じた。

 しばらくすると、マサヒデが寝息をたて始める。


「ご主人様」


 小さく声を掛けたが、返事がない。

 薬が効いて、完全に眠ったようだ。

 カオルはそっと立ち上がり、音もなく部屋を出て行った。



----------



 カオルが居間に戻ると、クレールが顔を上げ、


「マサヒデ様は?」


「薬が効いて、お眠りに。少し熱がございます。

 後で夜の分の薬も作っておきます。

 起きられましたら、何か腹に入れて頂き、また薬で寝て頂きましょう」


「あれだけ吐いていましけど、食べられるでしょうか?」


「少し強い薬ですので、次は無理にでも何か食べてもらわねばなりません。

 胃を痛めてしまうかもしれませんので」


「何を入れたんです?」


「秘密です。と言っても、ただの漢方薬ですので、ご安心下さい。

 普通に医局でも使われている物です。分量と混ぜ方が違うだけですから」


「・・・そうですか・・・」


 分量が違えば、毒と変わりないのでは・・・

 マツとクレールは不安そうにカオルを見る。


「奥方様? なにか?」


「あ、いえ。何でもありません。

 大体、お誘いする方は絞れましたね。

 カオルさん、この名簿の名前で、招待状を書き上げてもらえますか」


 す、とマツが名簿を差し出す。


「は」


 ささ。ぱさり。

 ささ。ぱさり。

 ささ。ぱさり。


「・・・」


 クレールが手に取って、マサヒデが書いた分と並べる。

 筆跡の見分けが全くつかない。

 小さな癖まで全く同じだ。

 そっとマツの方に差し出す。


「全く同じですね・・・」


「はい・・・」


 カオルがすごい勢いで筆を進めながら、


「奥方様、封を願います。

 クレール様、書の印を願います」


「はい」「は、はい!」


 ささ。ぱさり。

 ささ。ぱさり。

 ささ。ぱさり。


「ええと・・・」


 印の向きを確認。

 ぽん!


「マツ様」


「はい」


 封に入れ、蝋を垂らし、印。

 ぐっと押して、


「よし! 1枚、出来ましたね!」


 ささ。ぱさり。

 ささ。ぱさり。

 ささ。ぱさり。


「うんしょっと」


 ぽん!


「はい!」


 封に入れ、蝋を垂らし、印。

 ぐっと押して2枚目・・・


 こと、とカオルが筆を置く。


「ふう! やっと終わりましたね。

 さすがにこれだけの招待状は面倒です」


「・・・」


 まだ2枚、封に入れただけ。


「クレール様、私が触っても宜しければ、書の印を代わりましょう」


「あ、じゃあ、お願いします」


「では、クレール様は蝋を垂らしてもらえますか。

 奥方様の方で、蝋封の印を」


「はい・・・」


 ぽん! さ!

 ぽん! さ!

 ぽん! さ!


 カオルの長羽織の袖がばばば、と音を立てる。

 印を押されていない招待状が、あっという間に無くなる。

 印が押された招待状が、次々に積まれてゆく。


「やっと終わりました・・・さすがに枚数がありますね」


「え、もう・・・」


「あとは封だけですね。

 蝋封の印までは、さすがに家臣の私が触る訳には参りませんので・・・」


「あ、ええ、そうですよね」


「ご主人様の薬を作って参ります。

 酔い止めも、今のうちに準備しておきます。

 昨日のあの騒ぎで、もう町中に知れ渡っておりましょう。

 となれば、誰が来るか分かりませんし・・・」


 ぽん、とカオルが手を叩き、


「おお、そうでした。本日はオオタ様が来るかもというお話でしたね。

 ご主人様のご様子を伝え、本日は控えて頂きましょう。

 では、少し失礼致します。すぐに戻りますので」


 カオルが立ち上がって出て行った。

 クレールが腕を組み、


「ううむ・・・忍の新しい使い方を学べました・・・」


「ええ・・・」


 マツも深く頷いた。


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