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勇者祭  作者: 牧野三河
第二十九章 屋敷の宝
320/782

第320話


 ラディが刀を持った後、クレールがマサヒデに声を掛けた。


「マサヒデ様。私、書庫の本が欲しいです!」


「え、あの本ですか? かなりありますが・・・」


「子供の頃に読んだ物と、内容が違っているのが多くて、面白いんです。

 マツ様も喜んでくれると思います。

 あれだけの量ですから、きっと貴重な本も混じってますよ」


「しかし、全部はちょっと。置き場所がありませんよ」


「あ・・・ううん・・・」


「ご主人様、ギルドに倉庫の一部を借りれば良いではありませんか」


「ああ、それもそうですね。

 とりあえずはギルドに倉庫を借りて、置いておきますか。

 マツさんに書庫の増設でも相談してみますか?

 駄目なら、庭に倉庫を作っても良いですし」


「やった!」


「クレールさん、あなたが相談するんですよ。

 あなたが欲しいと言っているのですから」


「分かりました!」


「それと、どうやって運びます?

 馬でいっぱいに積んでも、何往復もしないと。

 大八車じゃ、疲れてしまいますし」


 にや、とシズクが笑って、


「マサちゃん、大事な物、忘れてない?」


「大事な物?」


「馬車」


「おお! そうだ、そうでしたね!」


「もう、あれだけ凄いの買ったって、大喜びしてたのに・・・」


「いや、全くです。明日にでも、黒影に引っ張ってもらいましょうか。

 黒影にも、初の馬車の良い練習になるでしょう」


 アルマダが興味深そうに、


「そんなに凄い馬車を買ったんですか?」


 と聞いてきた。


「ええ。凄いんですよ。前の車軸が回るんですよ」


「車軸が回る?」


「こう、曲がる方向に」


「ほう・・・曲がりやすい、と」


「それと、車軸が4つに分かれてましてね。

 それぞれにバネが付いているんです」


「車軸が4つ? バネ付き?」


「そうなると、どうなると思います?」


「ふむ? 良く分かりませんが」


「例えば、右の車輪が石に乗り上げても、左の車輪は・・・」


「む!?」


 は! とアルマダの顔が変わった。


「それ、いくらしたんです?」


「ただの荷馬車ですからね。金貨75枚です。

 改造費や、予備の車軸と車輪まで付けてもらって」


「それで75枚!? たったの? 凄い物が買えましたね・・・」


「でしょう?」


「ええ・・・すごい馬車ですよ、それ・・・」


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。

 あの方達の荷物はまとめてあるし・・・

 名無しの方を埋めて、行きましょう」


「マサヒデさん。今回は同心の立ち会いがありました。

 後で奉行所の方々が荷物を取りに来ますし、検分もするかもしれません。

 埋めないでおいた方が良いと思いますが」


「む・・・」


「明日、もう一度来た時、その際にそのままであれば、埋めてやりましょう。

 しかし、獣や鳥に食われたりしたら、あまりに、ですから・・・

 クレール様。土の壁を作って、周りを囲っておいてもらえますか」


「はい」


 ぼん、と音がして、名無しの男の周りに壁が出来、屋根が置かれた。


「では・・・」


 マサヒデが近づき、壁に『名無しの男ここにあり』と書いて、


「申し訳ありません」


 と、手を合わせた。

 皆もマサヒデの後ろに並び、手を合わせた。



----------



 帰り道。


 ラディが刀と刀剣年鑑を抱えて歩く。

 クレールも数冊の本を抱えて歩く。


「ご主人様は、他に何も持って帰らないのですか?」


 と、カオルが声を掛けてきた。


「あの刀だけで十分です。間違いなく名刀でしょう。

 で、カオルさんは何か持ってきたんですか?」


「ええ。こちらを」


 袂から、指輪をじゃらりと出す。

 きらきらと日を反射する指輪は、どう見ても高額な物だ。


「ええ!? ちょっと、それは・・・」


「ふふふ。ハチさんからお許しも出たのですから」


「いや、それ・・・高い物では・・・」


「何を仰いますやら。

 あの刀だって、鞘だけでこの指輪1つ2つ分はあるでしょう」


「それは、そうかもしれないですけど・・・」


 なにか泥棒のような感じがぷんぷんする。


「その、何と言いましょうか。

 宝飾品の持ち出しだと、泥棒くさい感じが・・・」


 カオルは呆れ顔で、


「ご主人様・・・あのような名刀を持ち出して・・・」


 良くも言えたものだ、と、カオルは言葉を飲み込む。

 マサヒデは不安そうな顔になり、


「あの、カオルさん。ちょっと確認したい事があるのですが」


「何でしょう」


「まさかとは思いますけど」


 カオルはぴしりとマサヒデの言葉を止め、


「しておりません」


「・・・」


「お忘れですか? ちゃんと、養成所から給金は出ておりますので」


「ああ、そうでしたね。そうでした」


「ところで、話は変わりますが、馬車の事です」


「む? 馬車がどうかしましたか?」


「トモヤ様をお呼びして、走らせてもらった方が良いのでは。

 御者はトモヤ様のお役目でございましょう」


「ああ、そうですね。良い機会です。トモヤに走らせましょうか」


 マサヒデは後ろを歩くアルマダの馬に並び、


「アルマダさん。トモヤに、明日はお休みを頂けるように、お坊様にお頼みをしてもらってもよろしいでしょうか?」


「トモヤさんですか?」


「馬車の御者の役目、トモヤにやらせようと思ってるんですよ。

 トモヤに馬車を動かしてもらって、本を運ぼうと。練習です」


「ああ、なるほど。構いませんが・・・

 しかし、このまま、まっすぐ行けば寺じゃないですか。

 マサヒデさんが直に行けば」


 マサヒデは目を逸し、


「今日は、その・・・人を斬ってしまいましたので・・・

 何と言いましょうか、寺に入るのが憚られてしまって・・・」


「そうですか・・・では、私が行きます。

 それと、ご住職に、あの方を供養して頂くよう、頼んでおきます。

 明日、奉行所の検分がないようでしたら、馬車で遺体も寺に運びなさい」


「はい」


 黙ったまましばらく歩き、


「どんな方でした」


「ほんの少ししか喋りませんでしたが、悪人ではなかったと思います」


「ほう」


「酒でふらふらに酔って、奥から出てきたんです。

 見た目はどう見ても善人ではないのですが、決して悪人ではなかった。

 階段を登った私の前に立ち、真剣で良いか、と」


「・・・」


「抜いて、構えた瞬間、ふらついていた身体が、ぴたりと止まりました。

 剣もぴたりと。上段に構えたあの剣は、絶対に受けられないと分かりました。

 あの時、私、完全に飲まれていましたね」


「それほどの方でしたか」


「あの方の言葉、死んだら適当に埋めてくれ。墓もいらない。

 刀は、刃紋が分からなくなるほど、何度も研がれていました。

 あれは、本物の武士だったと思います」


「良い勝負でしたか」


「ええ」


 ふう、とアルマダが息をついた。


「マサヒデさん、どんどん強くなりますね」


「まだまだ、洟垂れ小僧ですよ」


「ふふふ。とんでもない洟垂れ小僧がいたものです」


 かぽん、かぽん、と、ファルコンの蹄の音。

 いつもはマサヒデを避ける馬だが、今日はなぜか優しい感じがした。

 町の入口で別れるまで、マサヒデとアルマダは黙って歩いた。


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