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勇者祭  作者: 牧野三河
閑話 注文失敗
290/760

第290話


 翌朝。


 マサヒデが素振りをしていると、誰か入って来た。


「おはようございまーす!」


「お?」


 おや。馬屋だ。


「おはようございまーす」


 声をかけながら、玄関に歩いていくと、ひょこっと馬屋が顔を出した。


「おお、トミヤス様。朝からお稽古ですか」


「ええ。日課の素振りですよ」


「おや。あちらは・・・」


 マサヒデの横で、素振りをしていたカオル。

 まだ、今の姿では馬屋に顔を出していなかった。


「ああ、あの人はカオルさんと言いまして」


「カオルさん? あの冒険者の方は?」


「仕事で、先日町を離れちゃったんですよ。

 偶然同じ名前ですけど、あの人もカオルさん。ふふ、縁があるんですかね」


「へえ! また別嬪さんじゃないですか」


「腕もすごいですよ。先日そこで立ち会いましてね。内弟子にしました」


 ぱちん! と馬屋は手を叩き、


「あ! 聞きましたよ! なんかギルドの前でトミヤス様が斬り合いしたとか!」


「斬り合いなんてしませんよ、そんなこと・・・また尾ひれがついちゃって・・・

 往来で斬り合いなんかしたら、後が大変じゃないですか。

 もし見物人に怪我人が出たら大変だし、何か壊したりしたら弁償もありますし。

 証人に来てもらって、奉行所に報告、遺体の片付け、お墓、遺族も探し・・・」


 指くりして、斬り合いの後始末を数えていく。


「斬り合いってのも、面倒なんですね・・・」


「そうですよ! 講談みたいに、ばっさり! まだまだ若いな!

 で、立ち去って終わり、じゃないんですから・・・面倒ばっかりですよ」


「なんか・・・夢が壊れちまいますね・・・」


「現実なんてそんなものです。

 で、今日はどうされました?」


「おお、そうでした。ご注文の馬鎧が出来ましたよ」


「お! 出来ましたか!」


「ええ、着せてみましたけどね、ぴったり合ったのが全部出来ましたよ」


「良いですねえ! じゃあ今すぐ・・・

 と行きたい所ですけど、マツさんの仕事もありますし、昼過ぎに行きますが」


「ええ、いつでも構いませんとも!」


「では、また後ほど! お知らせありがとうございました!」


「いえいえ! お待ちしております! そいじゃ!」


 手を振って、馬屋が去って行った。

 振り向くとカオルが小走りに駆けて来た。


「やった! カオルさん、聞きました!? 馬鎧が出来たって!」


「聞きましたよ!」


「昼食べて、マツさんの仕事が終わったら、すぐに皆で見に行きましょう!」


「はい! 楽しみですね!」


「ええ! かっこよくなりますよねえ! ははは! 楽しみだなあ!」



----------



 朝稽古が終わり、後はマツの仕事が終わるのを待つだけ。


「楽しみですよねえ、どんな姿になりますかね」


「金属ではなく、革にされたのですよね」


「ええ。短弓程度が防げれば良いなら、軽いし安いし、革で良いと思って。

 弩とか鉄砲じゃ、金属でも簡単に通されちゃうでしょう」


「賢い選択です」


「ねえねえ」


 ごろん、とシズクがこちらに転がった。


「馬鎧着るとさ、みんな同じ格好になっちゃうね」


「む・・・」


「黒嵐もさ、つやつやして綺麗だけど、馬鎧着たら、見えないね」


「・・・」


「革だと、みんな茶色じゃん」


「まあ、そうですけど、馬たちの安全の為にも」


「ね、革で注文したんでしょ」


「ええ」


「それさ、臭くならない? 馬だって汗かくでしょ?

 みんなの馬がぷんぷん臭って仕方ない、なんてやだよ」


 ぎく、としてマサヒデのカオルの血の気が引いていった。


「乗ってたら、臭いが染み付かない? マサちゃんもカオルも大丈夫なの?

 街道、ぷんぷん臭わせながら歩くことにならない?」


 クレールもマサヒデに顔を向けた。


「マサヒデ様、それは馬が可哀想では・・・

 白百合だって、女の子ですよ?

 マサヒデ様の嫁になってもと言ってくれたのに」


「・・・」


「それが、ぷんぷん臭う、臭いが染み付くだなんて・・・

 そんな格好をさせるんですか?」


 革鎧の臭い!


「しまっ・・・たあ・・・」


「ご主人様・・・」


 マサヒデもカオルも頭を抱えてしまった。

 金も払ってしまった!

 もう出来上がってしまった!


 どうしよう・・・


 ちりーん・・・清々しい風が通り、風鈴が鳴った。

 風! そうだ! 下がすかすかだ! 風通しが良いのだ!

 マサヒデがばっと顔を上げた。


「いやいや! 馬鎧といっても、ぴっちり閉まってるわけじゃないんですよ。

 こう、上から布を被せるような感じだから、下はすかすかですし。

 風通しが良いから平気なんじゃないですか?」


「そうです! さすがご主人様! 良い所にお気付きです!」


「でも、乗っかってる背中にはぴったり付いてるんでしょ?

 分厚い革のローブ、ずっと羽織ってるようなもんじゃん。暑くない?」


 クレールが顔をしかめる。


「うわあ、それは暑いですよねえ」


「ね? クレール様もそう思うよねえ?」


「思いますよおー。可哀想ですよねえ」


 それでアルマダ達も金属を着せているのか・・・

 ただ頑丈だというだけではなかったのだ。

 荒い鱗鎧の感じで、これなら動きやすそうだと思ったが、風通しもあったのか。


「ご主人様・・・申し訳ありません・・・私もご一緒しておりましたのに・・・」


「良いんです。良いんですよ、カオルさん・・・過ぎた事です・・・

 気付かなかった私が悪かったんです・・・浮かれてたんです・・・」


 マサヒデとカオルは、がっくりと畳みに手を付いてしまった。


 がらり。


「失礼します。ハワードです」


「あっ・・・」


「私が・・・」


 ふらりとカオルが立ち上がって、出て行った。

 間もなく、ローブを抱えたアルマダが入ってくる。


「やあ、マサヒデさん。どうしたんです。元気ないじゃないですか」


「ええ・・・ちょっと失敗してしまいまして」


「ははは! また誰か口説いてしまったんですか?」


「いえ、馬鎧です」


「馬鎧?」


 す、とカオルがアルマダに茶を差し出した。


「ありがとうございます」


 すー、と一口飲んで、


「変な鎧でも買ってしまったんですか?」


 クレールがぷんぷんしながら、アルマダに顔を向ける。


「そうなんです! マサヒデ様、馬達に革鎧を注文してたんですって!

 臭くなっちゃいますよね! ハワード様、これは可哀想です!」


「ははははは!」


「短弓や投げ物程度が防げる程度で良いと思って・・・

 どうせ、弩や鉄砲は通っちゃうし・・・」


「ふふふ。まあ、確かに革鎧の方が効率的ではありますけどね。

 戦場ならともかく、普段乗りで全身革鎧はちょっといただけませんね。

 薄い金属の物にしておけば良かったんですよ」


「うっ・・・やっぱりそうですか」


「普段はチャンフロン(馬面・馬の兜)だけで、寒い時に着せてやりなさい。

 馬たちも温かいですよ。でも、こんな季節に着てたら、馬だって・・・ねえ?」


 アルマダがにやにやとマサヒデを笑う。


「折角の鎧が、ただの防寒具だなんて・・・」


「ははは! 防寒具だって大事じゃないですか!

 ちょっとお高くなってしまっただけですよ!」


 がくっ、とマサヒデとカオルが手を付いてしまった。


「ははははは! じゃ、今日、明日と、私達は馬を捕まえに行ってきます。

 今からだと、明後日までかかってしまいますかね?」


 アルマダは、ぽんぽん、とマサヒデの肩を叩き、


「じゃ! 行ってきますから! ははは!」


 と、笑いながら出て行った。


「・・・カオルさん、行きましょうか。

 馬鎧は、片付けておいてもらいましょう・・・」


「はい・・・」


「あははは! いってらっしゃーい!」


「いってらっしゃいませー! あはは!」


 がっくりして、マサヒデとカオルは出て行った。


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