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勇者祭  作者: 牧野三河
第二十六章 太刀の道
282/760

第282話


 目の前に、堂々と「一手譲ってやる!」と言ったシズクが立っている。

 余裕の笑みで、見物の冒険者達は大喝采だ。


 これで負ければ、私は二番手。

 だが、勝てばシズクは大恥だ。

 決めねば!


(お芝居)


 小さな声でマサヒデが囁いた。

 誰にも聞こえなかっただろうが、カオルとシズクには聞こえた。

 2人がちら、とマサヒデの方に目を向けると、にやにやしながら、小さく頷いた。


 す、とカオルの肩から力が抜けていく。

 そうだった。勝敗はどうでも良いのだ。


 二番手でも三番手でも良い。

 師範役一番なんて、譲っても良い。


 私だけの座が、もうあるのだから。

 例えかりそめでも、内弟子は、私1人。私だけ。


 この立ち会いは、見てもらうのが目的なのだ。

 じゃあ、思い切り格好良い芝居にしてやろう!


「ふふ、はーははは! その一手ッ! もらってやるッ!

 さあ、今のうちに後悔しておけ!」


 にや、とシズクが笑う。


「ははは! 言うじゃないか! 来い!」


「とぁーっ!」


 くるくるくるー!

 回転しながら、カオルが跳んだ。

 長い金髪が、回り、流れ、きらきらと輝く。


「跳んだぁーッ!」「高えーッ!」「うおッ!? なんだッ!」


 驚いた皆の声が聞こえる。

 高めの所から、小太刀を斬り下ろす。これなら皆に良く見えるはず。


「ふん!」


 シズクが棒を横にして、真上に上げた。

 このままだと、小太刀が弾かれる。

 引く余裕は十分あるが、弾かれてやれ。軽く握って、派手に飛ばそう。


 かーん! 高い音を立てて小太刀が大きく飛んだ。

 弾かれて、少し右手が痺れる。これで良い。

 左手のナイフの先を、ぴったりとシズクの首に当てたまま、着地。


 ナイフ程度では、シズクには掠り傷が良い所だ。

 でも、今回はこれで良いだろう。


「そこまで!」


 やはり、ご主人様はここで止めてくれた。

 やった。成功だ。


「ふふふ。お芝居、大成功ですね」


 小さな声で、マサヒデが囁いて、笑った。

 シズクも、カオルも、にやっと笑った。


「此度は相打ち! 両者、お見事!」


 やっぱり、相打ちに収めてくれた。

 皆から拍手が上がっている。

 大きな歓声が聞こえる。

 大成功!


「ええー? 相打ちなのお? ナイフじゃ私の首、斬れないって」


 ちょっと待ってー!


「相打ちです。あれが首じゃなくて、目だったらどうするんです。

 突き入れられたら、訓練用のナイフでも、死んでましたよ。

 目を狙うのは危ないから、カオルさんは首で止めたんです」


 ぽかん、と口を開けて、シズクさんが私を見る。


「え? そうなの?」


「当たり前です。もし傷付いたら大変じゃないですか。

 ほんの少しの傷で、視覚を失ったり、すごく目が悪くなったりするんです。

 カオルさんは、目を避けて首にしてくれたんですよ」


 ご主人様の素晴らしい手助け。


「あ、そうだったのか・・・すまん、気ぃ使わせちゃったな」


 シズクさんがぽりぽりと頭をかく。

 ・・・焦った顔は出なかっただろうか?


「いえ・・・6割でしたから、首を狙う余裕があったんです。

 全力だったら、いつもの癖で、きっと目に行ってました。

 もし、それで、シズクさんが少しでも前に動いていたら、危なかった・・・

 6割でなかったら、出来なかったでしょう」


「そうだったのか・・・余裕があって良かったよ!

 うふうー! 6割で助かった! カオル、ありがと!」


 こくん、とマサヒデが頷いた。

 後ろを振り向くと、大喝采だ。


「うん、良い見世物になったでしょう。皆、大盛りあがりですよ」


「へへへ! 盛り上がったな! やっぱり、カオルとは良い勝負が出来るな!」


「ふふふ。次は完封しますからね」


 カオルもシズクも、良い笑顔だ。

 この後も、良い稽古になりそうだ。


「さ、稽古を始めましょう。カオルさんも、早速ですけど、師範役やりますか」



----------



 湯。


「なあ、カオル」


「はい」


「お前、他の人と湯には入れないって、前言ってたじゃないか」


「今回は変装を洗うためですから・・・

 まあ、水で流すだけで良かったのですが、気分です」


「あのさあ、もしかしてだけど」


「なんでしょう?」


「その・・・身体まで偽物なの?」


「そうですよ」


 くる、くる。念の為に確認。他に人の気配はない。

 すっと首に指を当てて、下に少し動かす。

 ぺりぺり・・・


「うえ!? まじかよ!?」


 ばしゃ! と、湯を飛び散らせて、シズクが仰天して仰け反った。

 カオルが指を離すと、ぱちん、と空いた変装部分が閉まる。

 ぴた、と軽く叩くと、もう首の変装の続ぎ目が見えない。


「カオル、もしかして・・・男だったりはしないよね?」


「そうかもしれませんよ?」


「そのくらいは教えてくれよ! 一緒に湯に入るの、どきどきするじゃないか!」


「何を今更・・・朝の素振りの後、ご主人様の目の前で、堂々と服を脱ごうとしていたのは、シズクさんではありませんか」


「いや、素振りの後って、あんまり気にならなくない?」


「それはシズクさんだけですよ。

 シュウサン道場では、ハワード様もいたというのに、脱ぎだそうとして」


「ああいう時って気にならなくない?」


「それはシズクさんだけですよ」


「でもさあ、身体まで偽物ってことはさ、今も服着てるようなもんだろ?」


「まあ、そうですが。それが何か・・・」


「じゃあ、人前でもさ、その格好でも恥ずかしくないわけ?」


 ばしゃーん!


「恥ずかしいに決まってるじゃないですか!」


「服着てるのに?」


「見た目は裸を見せているのと、全く変わらないんですよ!?

 全身すけすけのぴったりした服を着て、あなたは町を歩けるんですか!?」


「へえ・・・そういう感じなのか・・・」


 ぽちゃん・・・


「全く・・・そういう感じなんです」


「ふうん・・・へへ、面白いな! 今度、私にもなんか作ってよ!」


「駄目です。この変装方法も、秘密なのです」


「そっかあー・・・じゃあ仕方ないな。ところで、さ」


「なんでしょう?」


「あのさあ・・・こうやって、湯に入ってる時も、あんたって監視されてるの?」


「当然です」


「てことはだよ・・・私もさ、今、見られてるわけ?」


「そうですよ」


「早く言えよ!」


 シズクは「ばしゃっ!」と大きな音を立てて立ち上がり、慌てて身体に布を巻いて「ぱしーん!」と乱暴に戸を閉めて出て行った。


「ふうー・・・静かぁ・・・」


 ぷくぷくぷく・・・

 口まで湯に沈めて、ぽこん、と大きな泡を出す。


 レイシクランの忍の気配もない。

 誰もいなくなった。

 ばさ! 金髪のかつらが湯船に放り投げられた。


 ぺりぺり・・・

 顔の変装を解く。


 ぱしゃぱしゃ。


「はあーっ!」


 ぺりぺりぺりぺり・・・

 身体の変装も解く。


「あはははは! あははは!」


 広い湯船で、大の字に。

 顔だけ出して、笑う。


 湯船で身体を洗うのは、マナー違反。

 構うものか。誰もいない。


 ごしごしごし・・・

 全身、すっきり。

 浮いているかつらを引っ張って、ばしゃばしゃと洗う。


 ぺちっ。ぺちっ。ばさ。

 身体を着けて、顔を着けて、かつらを被って、変装完了。

 かつらの位置。良し。続ぎ目に指を当て、確認。良し。


「ふう・・・すっきりしたあ・・・」


 ぷくぷくぷく・・・ぽこん。


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