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勇者祭  作者: 牧野三河
第二十五章 剣聖来訪
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第274話


 おかわりの椀を受け取ったカゲミツは、箸をマサヒデに向け、


「マサヒデ、この振り方は、とっくの昔に見つけた人がいる。

 だが、失伝しちまった流派の振りだ。これは稽古でも言ったな」


「はい」


「俺は、若い頃に旅してて、偶然この振りを見つけた人の子孫に会ってな。

 伝書が残ってたから、そこから何とか身に付けることが出来たのよ」


「何と言うお方でしょう?」


「お前が良く知っている剣客だ。サマノスケ=ショウリンだ」


「ええっ!?」


 声を上げ、マサヒデとカオルが驚いた。

 大声に驚いて、マツとクレールがマサヒデ達を見つめる。

 しばらくして、固まったマサヒデの手から、から、と箸が落ちた。


「まさか、まさか、あのサマノスケ=ショウリンですか!?」


「そうだ。失伝しちまったから、御前試合で庇まで飛び跳ねたとか、刀の上に乗ったとか、派手な話しか残っていねえが、これが、サマノスケ=ショウリンの流派の、無願想流の基本の振りなんだ」


「基本!? これは、基本だったのですか!?」


 マサヒデもカオルもまた驚いて声を上げた。


「そう、基本だ。軽捷神業の如く、なんて言われてるのは、この振りがあるからだ。普通のどっしり腰を据えて振る、とは全く違う。指先からなんて全く逆。手振りだ、悪い、と普通は言われる。だが、ちゃんと芯を作れて、振り回されず、身体がしっかり着いていけば、ちゃんと重さが乗って斬れるんだ。跳んでも崩れないぞ」


「ううむ・・・」


「だがな、頭で分かっても身体が出来るかどうかは別だ。

 今までの振りとは、全く別の身体の使い方なんだ。

 芯に合せて振るんじゃなくて、振りに合わせて勝手に芯が出来る。分かるか?

 お前の身に染み付いた振り方を、全部壊して最初から組み直しになるんだ」


「全部、組み直し・・・ですか」


「そうだ。サマノスケも、この振り方に気付いた後は、そりゃあ苦しんだはずだ。修行の旅に何年も歩き、大変な思いをして身に付けた振り方を、基礎から全部ぶち壊して組み直したんだぞ。俺だって、伝書があったから何とか分かったんだ」


 そうだ。カオルの振り方を考えていた時だ。

 素人ならすぐ分かった、とマサヒデも気付いた。同じようなことだろう。

 しかし、しっかりと振りが身体に染み付いている者には、非常に難しいはずだ。

 ううむ、とマサヒデは腕を組んで唸った。


「もし出来れば、お前もサマノスケになれる。軽捷神業の如く、にな。

 稽古の時みたいに、飛んだり跳ねたりも自由自在。

 米の字に囚われず、どんな筋からも振れる。この基本が恐ろしい流派なんだ」


 カオルが喉を鳴らす。


「どんな筋からでも・・・恐ろしいですね」


 こく、とカゲミツが頷いて、


「そうだ。しかも、芯の位置が変われば、全く同じ筋の振りでも大きく変わる。

 相手からしたら、やりづらくてしょうがねえ。分かるよな」


「はい」


「良いか。一度振れれば、すぐ身体で理解出来る。振れば自在に芯が作られる。

 既にお前は、無願想流の奥義、足譚を身に着けている。あれは奥義なんだぞ。

 なら、基本なんて楽なはずだ。せっかく見つけたんだ。やってみせろ」


「はい!」


 真剣になっていたカゲミツの顔が、にやっと笑った。


「無願想流。名前の通り、願わず、想わず、だ。

 余計な事を考えず、自然に刀の進む方に着いて行け。

 そうやって無心で振ってれば、お前なら自然と出来るはずだ」


「はい!」


「ふふふ、さすがに俺も驚いちまった。一本取られたぜ。

 まさか、この馬鹿息子が無願想流を自分で思い付くとはな。

 わははは! お前、トミヤス流を失伝させないようにしろよな!」


「お父上、マサヒデ様は、そんなにすごいものを見つけたのですか?」


 マサヒデもカオルもすごく驚いているが、マツには良く分からない。

 にっこり笑って、カゲミツがマツに顔を向ける。


「おうよ。なんたって、400年だか500年前の、そりゃあすげえ剣豪と同じ技術を思い付いちまったんだ。今は失われた技術なんだよ。さすが俺の息子だろ?」


「4、500年前ですか・・・

 ううん、私も剣を習っていたら、その方に会えていたかもしれませんね。

 剣術には興味がなかったものですから・・・申し訳ございません」


「そんな、謝る事じゃねよ。おお、そういや面白い話があるぞ」


 にやにやとカゲミツが笑い出した。


「な、マツさんもクレールさんも聞いてくれよ。

 サマノスケ=ショウリンってお方はよ、やたらと女に人気があったらしいぜ。

 道場にも、王族から町人まで、そりゃあ色んな女が多く通ってたって話だ」


「へえ、意外ですね。剣豪って聞くと、何か怖い感じですけど・・・」


「マサヒデ様も、たまに怖い感じしますもんね!」


「え? 私、怖いんですか?」


「ははは! モテたって訳じゃねえのに、なぜかいつも女が周りにいたんだそうだ。

 な、気を付けてくれよ? こいつも、やたらと女を呼ぶようになるかもしれねえ。

 その上、俺の息子だしなあ。モテちまうぞー。妻がどんどん増えちまうぞー」


「む! マサヒデ様!」


 きり、とマツとクレールの目がマサヒデに向いた。

 マサヒデは慌てて、


「ええ!? ち、父上、誤解を生むような話はおやめ下さい!」


「何言ってやがる。既にこの家だって、女しかいねえじゃねえか」


 ぐるりと見れば、マツにクレールにカオル。

 今は代稽古に行って不在だが、シズクもいる。

 男はマサヒデ1人だけ・・・


「それに美人揃いときた。な、この調子で道場でも開いてみろよ。

 女だらけの道場になっちまうぜ。ま、それも悪くはねえけどな! ははは!

 そうなったら、後世になんて名が残るかな?

 トミヤス流の2代目は、女泣かせのマサヒデ様かな? ぷ! くくくっ!

 出掛ける時は、ぞろぞろと女の門弟ばっかり連れたりしてよ! わはははは!」


「父上! そんな名の残り方は嫌ですよ!」


 くす、とマツが笑い、


「でも、マサヒデ様は、私もクレールさんも、カオルさんも泣かせてますよね?

 シズクさんには救世主だなんて言われて、崇められるような事まで」


「ねー! マサヒデ様は女泣かせですよね!」


 クレールもにやにやと笑う。


「ほおれ見ろ! やっぱりお前は女泣かせのマサヒデ様よ!

 帰ったらアキにも話しといてやるから。お前は家中の女を泣かせてるって」


「父上、やめて下さい! 母上が誤解されたらどうなさるのです!」


「誤解? なあ、誤解か? 事実なんだろ?」


 にやにやしながら、カゲミツが皆の方に顔を向ける。


「事実です」


「本当です!」


「間違いございません」


 ばしばしと膝を叩いて、カゲミツが笑い声を上げる。


「ははははは! ほれ見ろ! やっぱり事実じゃねえか!

 アキにはちゃんと話しといてやるから! お前は女に甲斐性があるって!

 な、また妻が増えるかもって先に話しといてやるから、好きなだけ増やせよ」


「父上! 皆さんもやめて下さい! そんな事はしていません!」


「お前、そろそろ自分を認めろよ。モテるのは悪い事じゃねえんだからよ!

 孫をどんどん増やして、俺達を喜ばせてくれよ! な! ははははは!」


 ばんばん、とカゲミツがマサヒデの肩を叩く。


「ははは! 俺の息子なんだから、モテたって仕方がねえって!」


「く・・・」


「ふふふ。まあそんな顔するなよ。からかいすぎたって。

 もうひとつ、面白い話をしてやろう。

 無願想流と、ウチのトミヤス流には、同じ所がひとつある」


「同じ所? 父上、どこでしょうか?」


「世襲じゃなくて、一番強い奴が引き継ぐって所だ。

 サマノスケも家督は息子に譲ったが、流派は門弟の1人が引き継いだんだ。

 アルマダにも、ちゃんと教えを授けてやった。精進しねえと、すぐ抜かれるぞ。

 俺の代でトミヤス流をトミヤスが引き継げない、なんて事になるなよ」


「はい」


「あ、あの・・・カゲミツ様」


 おずおずと、カオルが手を挙げた。


「ん? どうしたカオルさん」


「私にも、何か、その・・・教えを授けて・・・」


「あーっははははー!」


 カオルを指差して、カゲミツがげらげらと笑い出した。


「し、忍に授けられる教えなんてねえって! 俺、忍じゃねえもんよ!」


「あの、もちろん剣術の所でです!」


「うくくく。じゃあ、マサヒデと一緒に、無願想流でも練習してみたらどうだい?

 あんたの方が、絶対に早く分かると思うぜ?

 分かったら、マサヒデの内弟子から師匠になれるぞ。悪くねえだろ」


「はっ! 内弟子から、師に!?」


 ご主人様に手ずから・・・

 もやもやと煩悩が浮かび上がってくる。

 にやにや。


「ぷっ! あははは! 見ろよ、あのにやけ顔! 煩悩の固まりじゃねえかよ!」


 き! とマツとクレールの視線がカオルに向けられた。


「はっ!」


 ぎくりとして、顔を能面のように戻したが、


「カオルさんよ、無願想流は、願わず、想わず、だぜ!

 そんな煩悩の固まりじゃあ、とてもだな! あはははは!

 あ! 今、教え思い付いたぞ! あんた忍だろ?

 そんなに分かりやすく、本音が顔に出ちゃ駄目! どうこの教え! ははは!」


「は・・・」


 カオルは恥ずかしくなり、顔を赤くして俯いてしまった。

 ひしひしとマツとクレールの視線が突き刺さり、余計に顔が赤くなる。


「くくく、ここは面白えなあ! マサヒデ、お前中々良い家族が出来たじゃねえか。

 じゃあ、俺そろそろ行くわ。遅くなっちまうからな」


 ぐいっと茶を一気に飲んで、カゲミツは立ち上がった。


「では・・・」


 皆が見送りに立ち上がろうとしたが、


「いいよ、見送りなんて。目立って仕方ねえ。

 そうだ、マサヒデよ。最後に一言だけ言っておこう」


「は」


「絶~~~っ対に! お前の黒嵐より良い馬を見つけてやるぜ! じゃあな!」


 と言って、さっさとカゲミツは出て行ってしまった。

 とん、玄関が閉められると、急に、家全体が静かになった。

 皆の心に、一抹の寂しさが残る。

 全員の目が、カゲミツが出て行った廊下の方を向いていた。


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