第204話
「・・・」「・・・」「・・・」
家に帰ってから。
カオルとシズクは、庭で静かに武器を振る。
シズクは、鉄棒をゆっくりと。
カオルは、左手、右手、両手、手を変えながら、ゆっくりと。
クレールは、縁側に座り、じっと手の平に乗せた雀を見ている。
3人の緊張感で、居間に座るマツも落ち着かない。
「マサヒデ様、皆さん、どうなされたのですか?」
「ええ、ちょっと今朝の稽古で、皆さん目覚めてしまったようで」
「目覚めた?」
「強くなる足掛かりを見つけたんです」
「はあ・・・あれがですか?」
蝿が止まってもおかしくないほど、ゆっくりと武器を振るカオルとシズク。
穴が空きそうなほど、手の平に乗った雀をじっと見つめるクレール。
「あっ・・・」
ぱささささ・・・とクレールの手から雀が飛んでいく。
「むーん・・・」
死霊術で雀が浮き上がり、またクレールの手の平に雀が乗る。
じっと雀を見つめるクレール。
「どういった訓練なんですか?」
「シズクさんとカオルさんは、ちょっと難しい素振りです。
クレールさんは、集中力を鍛えてるんですよ」
「集中力を? 雀でですか?」
「マツさんも少しやってみますか?」
「ええ。雀を出せば良いんですか?」
す、とマツの手の平にほんのり透けた雀が乗る。
「それ、使役しないと、飛んでっちゃいますよね」
「ええ」
「飛ぶかな、と感じたら、ほんのちょっと手を下げるんです。このくらい」
マサヒデは手の平を上げ、ちょい、と下げる。
「それだけですか?」
「ええ。手を下げると、雀は『おっと』ってなって、飛べなくなるんですよ」
「へえ・・・」
「ただ、これを繰り返して、雀が飛ばないようにするだけです。
集中してないと、飛ぶ気配が分からないから、こうやって鍛えるわけです」
「なるほど。よく考えられた訓練ですね」
「最初は『飛び立ちそうな気配』っていうのが、どういうのか分からないと思いますから、何回か飛ばしちゃってそれを掴んでからですね」
「分かりました。やってみますね」
ん? ん? という感じでマツの手の平の雀がきょろきょろする。
はっと羽を広げようとした瞬間、ふ、とマツの手の平が下がる。
(え!?)
「・・・」
マツはじっと雀を見つめている。
また、雀が羽を広げようとして、ひょ、と手を下げる。
(初めてでは!?)
マサヒデも仰天しそうになったが、ぐっと堪える。
手の平から雀は飛び立てず、たまにぴく、と下げられる手の上に乗ったまま。
ひょい。ちょい。ぴく。雀は飛び立てない。
しばらくしてから、マツの手の平からすーっと雀が消えた。
「ふう・・・うん! これは魔術師には良い訓練になりますね!」
にっこりとマツが笑顔を上げる。
「・・・」
「教えて下さり、ありがとうございました。
今度、ラディさんにも教えてあげましょう」
「・・・そうですね、それは良い考えです」
庭では、ゆったりとした素振りが行われている。
「あ・・・」
また1羽、クレールの手から雀が飛んでいく。
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「疲れたあーっ!」
大声を上げ、どすん、とシズクが大の字になる。
「ふうー・・・」
カオルも手を止め、静かに剣を収めた。
「・・・」
す、と手を上に上げると、クレールの手から雀が消えた。
マサヒデとマツは縁側に出て、クレールの横に並ぶ。
マツが湯呑に茶を注ぐ。
「皆さん、手応えはありましたか」
「手応えありすぎ! 疲れましたあー・・・」
「ううむ・・・」
「・・・難しいです」
「あまり根を詰め過ぎないように。
まあ、今日はこの辺にしておいてはいかがです」
よっこいしょ、とシズクが起こし、縁側に座る。
「腕がぱんぱん。きっついねー!」
「・・・」
「頂きます」
3人が湯呑を取って、ぐぐーっと一気飲みする。
「カオルさんはいまいちみたいですね?」
「ええ・・・短めの双剣の方が良いでしょうか・・・
どうも今ひとつ、と言った所で」
「ナイフは常に抜いて構えるのではなく、小太刀で斬りかかる時に追い打ちを掛けるように、居合抜きに抜くとか」
「ふむ」
「それか、どちらかは守りを主に使うのはどうです」
「守りに・・・」
「ナイフを守りに使うなら、小太刀は逆手でなくても良いでしょう。
斬り込みが強くなるし、突きやすい。
普通は利き手を守りにしますが、カオルさんならナイフを守りで良いでしょう」
「なるほど・・・ううむ・・・」
「まあ、色々試して、身体にしっくりくるのを見つけるしかないですね。
変に構えて、今までの手の速さが崩れてもいけませんし」
「はい」
「クレールさんはどうでした? 1回くらいは上手く出来ましたか?」
「はい。1回だけですけど・・・」
「まだ、はっきりと飛び立つ時の気配が掴めないようですね」
「はい・・・」
「1回出来たなら、すぐ掴めますよ。あとは掴んだ気配を逃さないだけです」
「はい! 頑張ります!」
「じゃあ、一休みしたら、無手の練習でもしましょうか。
シズクさんには必要ないですから、ゆっくり休んで下さい。
もう動けないでしょう」
「うーん。寝るよ」
「クレールさんもやります?」
「むてって何ですか?」
「武器を使わない、格闘ですかね」
「ええ!? 殴り合いですか!?」
ぎょっとして、クレールが肩をこわばらせる。
「いえ。相手の武器を取ったり投げたりです」
「ええ! 真剣白刃取りとかですか!?」
「ははは! そんな事はしませんよ!
カオルさん、ちょっと相手してくれますか」
「は。少々お待ち下さい」
カオルは部屋に戻り、訓練用の小太刀を持ってきた。
マサヒデとカオルが庭に立つ。
「では、やりましょうか。ちょっとは手加減して下さいよ?」
ぐ、とカオルが腰を沈める。
す、とマサヒデが両手を肩くらいまで上げる。
しゅ! とカオルの小太刀が振られる。
「よっ」
さ、と踏み込み、左手でカオルの手首を止め、右手でとん、とカオルの肩を押す。
こてん、とカオルが背中から落ちた。
「こふっ・・・!」
マサヒデはクレールの方を向き、
「こんな感じです。殴り合いなんてしません」
「・・・」「・・・」
マツもクレールも、無言でマサヒデと倒れたカオルを見る。
(この人に刀なんていらないのでは?)
2人の頭に疑問が浮かぶ。
マサヒデはすっとカオルに手を差し出し、カオルは手を取って立ち上がる。
「では」
同じように、またカオルの小太刀が振られる。
今度は下がって、右手で手首を取る。
左手で払うと小太刀が落ちたが・・・
「ん!」
手を引かれて前のめりになったカオルの足が思い切り上げられ、踵がマサヒデの顔に迫る。ぱん、と左手で受け、足が戻ったカオルの身体が少しだけ浮く。
右手を肩に乗せ、左手でカオルの手首を持つ。
くい、と右手を下に軽く押し下げながら、左手を上げる。
くるんとカオルの身体が回り、ぱたんと背中が落ちた。
右手を腕に沿えて、腕を極める。
「おおー!」
ぱちぱち、とマツとクレールから拍手が上がる。
数秒だったが、派手な立ち回りだったので、見ていて面白かったのだろう。
極めていた腕を離し、マサヒデが立ち上がる。
にこやかな顔で、2人に振り向く。
「さ、マツさん、クレールさん。どうです?」
「こほっ」
カオルの喉から、小さな咳。
「いえ・・・見るだけで・・・」