表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者祭  作者: 牧野三河
閑話 上級の稽古
203/768

第203話


 稽古が終わり、マサヒデ達4人は食堂に来ていた。


「ご主人様、本日はありがとうございました」


「いえ。さすがにカオルさんは慣れていますね」


 シズクはぐびっと水を一気飲みして、とん、とコップを置く。


「マサちゃーん。一刻で一振りとかほんと?」


「本当です」


「でもさ、あんなにゆっくり振ってると、逆に振りが遅くならない?」


「なりませんよ。逆に、速く・・・というか、鋭く振れるようになります」


「そうなの?」


「ええ。ゆっくり振ると、自分がどう振っているか良く分かるでしょう?」


「そりゃそうだね」


「そうすると、無駄な部分とか、おかしな部分が見えてきます」


「ふんふん?」


「ブレないように、ゆっくりゆっくり。

 おかしい所が髪の毛1本くらい無くなるだけで、振りが全然変わります。

 ゆっくりだから、身体もすぐに覚えていきます。

 毎日50回くらいでも、このゆっくりをやっていくと・・・」


「いくと?」


「まあ、10日もしないで、普通に素振りした時、あ! ってなります」


「あ! って?」


「素振りの音が変わるんですよ。急に」


 がた、とシズクが立ち上がり、マサヒデを指差す。


「わあ!」


 クレールが驚いて、コップを倒してしまった。

 転がり落ちるコップを、カオルが宙ですっと掴む。


「あ、あー! あれだ! マサちゃんの素振り! 音が違うよね!

 しゅっとかひゅっとか! 木刀なのに、ぶんぶん音がしないもん!」


「この、ゆっくりの素振りを続けていたおかげです」


 どすん、とシズクが腰を下ろす。


「そうか・・・あんな振りが出来るようになるんだ・・・」


「そして、音が変わった瞬間、他にも驚きます」


「他にも? まだあるの?」


 こくん、とマサヒデが頷く。


「振った時に、手に抵抗を感じなくなります。

 振りが速くなっているのに、得物に空気が当たる感じがなくなります。

 いい振りが出来た時は、全く感じないです」


「え!?」


「何ていうんでしょうか、得物と手が自然に筋を通るような感じ・・・ですかね。

 振った瞬間、こう、すっと通っていくというか・・・」


「すげえ・・・たった10日で?」


「ええ。速く振ろうとするほど、ぶんぶん音が出るだけです。

 そうですね、速いというか、鋭い、というような振りは出来ません」


「速く振ろうとしちゃいけないんだね」


「そうです。カオルさんはこの感じ、分かりますよね」


「はい」


「で、そういう振りが素振りで出来るようになったら、次は立ち会いの稽古。

 動いている相手を前に、その振りで攻められるようにします」


「ふんふん」


「これが難しいんですが・・・

 出来るようになると、まあ言わなくても分かりますよね」


「すげー強くなる?」


「はい。ぶん! じゃなくて、しゅ! ていう音の振りで攻める事が出来る。

 まあ、シズクさんは得物が棒だし、音が小さくなるような感じになりますかね。

 そういう振りが出来た時は、あ! ってなります。身体で分かりますよ」


「はえー・・・」


「さて。シズクさんは、既にこの心得を持ったカオルさんと同じくらい強い。

 じゃあ、シズクさんが、この心得を体得出来たら・・・」


「あ! カオルよりすげー強くなっちゃうの!?」


「そういう事です。まあ、体得出来たら、ですが」


「ふふふ。ご主人様、おやめ下さい。私が勝てなくなってしまいます」


「カオルー、10日もしたら、もう私に勝てなくなるな?」


「ははは! 10日で体得出来ますかね」


「するさ!」


「いい意気込みです。頑張って下さい。

 カオルさんはカオルさんで、強くなれる所がありますからね。

 体得する頃には、カオルさんも強くなっているでしょうね」


 「あーあー」と言いながら、溢れた水を拭いていたクレールが、水差しから新しい水をコップに入れて、マサヒデの方を向いた。


「マサヒデ様、私もゆっくりが良いんでしょうか?」


「ううん・・・」


 マサヒデは腕を組んで考えた。

 魔術師の鍛錬は、どのようなものが良いのだろう。


「クレールさんは、さっきの小鳥の訓練のような奴の方が良いと思います。

 魔術はどれも集中力が必要になるでしょう?」


「確かに、集中力は必要ですけど・・・あれですか?」


 木刀の上に小鳥を乗せて・・・

 まともに剣を振ったこともないクレールに出来るだろうか?


「あの、私、木刀なんて振ったこともないんですが・・・出来るでしょうか」


「木刀なんか必要ありませんよ。手に乗せてやれば良いんです。

 クレールさんは死霊術が使えるから、鳥が何羽逃げたって平気でしょう。

 いくらでも練習出来ますね。

 1羽でずっと出来るようになったら、2羽、3羽と増やして・・・」


「なるほど!」


「あれ、マツさんはどのくらい出来ますかね?」


「ふふ、奥方様でしたら、いつまで経っても鳥が飛ばないでしょうね」


「カオルさんは、二刀を練習すると良いかもしれませんね。

 小太刀、片手で振ってるんですから」


「はっ!」


 がた! とカオルが立ち上がった。

 ふるふる・・・

 シズクもクレールも驚いて、震えるカオルを見つめる。

 マサヒデは腕を組んで、カオルのもう一つの武器を夢中で考える。


「左手は、さっと投げ物を使う為に空けてあるんだから・・・

 ・・・素早く収めて投げ物に持ち変えられる・・・

 そうですね、小太刀より短い・・・ナイフ・・・」


 カオルの身体がかたかたと震え、テーブルの上のコップがかちかちと音を立てる。


「扱いは難しいが、唐剣・・・そうだ、腰帯剣はどうだ。

 ナイフなら常に二刀で、腰帯剣のような物なら必要な時・・・

 いや、腰帯剣は収めるのが・・・咄嗟に投げ物に持ち替える時は捨てないと。

 やっぱりナイフか、小太刀二刀・・・短い腰帯剣ならありか・・・」


 目を見開き、震えながら、ゆっくりと座るカオル。

 なんでここまで驚いてるんだ? とカオルを見つめるシズクとクレール。

 ぶつぶつと、どんな武器が良いかな、と夢中で考えるマサヒデ。


「腰帯剣なら抜く、収めるを速く練習すれば・・・暗器にもなるし・・・

 いや、腰帯剣なんて堂々と売ってないか・・・ううむ、特注になるか・・・

 やはりナイフか・・・投げ易いし、手裏剣代わりに・・・」


 がちゃ! とテーブルの上のコップをなぎ倒し、カオルがマサヒデに跳びつく。

 何事かと、メイドが駆け寄ってくる。


「わ!?」「うわあ!」「うえ!」


「ああ! ご主人様! やはりあなたを主に選んで良かった!」


 まき散らされたコップと水差しが落ち、がしゃん! ぱりん! と派手な音を立てて割れ、食堂の冒険者達の目がマサヒデ達に注がれる。


「大丈夫ですか!?」


 と、驚いたメイドが慌てて割れたコップを拾い上げ、エプロンに包む。


 驚いて身体を反らせるシズクとクレール。

 溢れた水でびしょ濡れになりながら、テーブルの上で横になり、マサヒデに抱きつくカオル。


「どうしたんですか!?」


「二刀の心得! 私、しかと体得致します!」


「そ、そうですか?」


「はい! 必ず!」


「ああ、何と言うか、参考になったようで、良かったです」


「はい! ありがとうございました!」


 カオルは二刀。

 シズクはゆっくり。

 クレールは小鳥。

 この食堂で、皆が更なる強さへとつながる扉を開いたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ