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勇者祭  作者: 牧野三河
閑話 上級の稽古
202/766

第202話


 翌朝。

 

 シズクと2人での素振りを終え、朝餉を取った後。


「マサちゃん、稽古行こうか?」


「今日は、誰か来てくれますかね? ふふふ、楽しみですよね」


 昨日、帰り道で話した、稽古へ混じってくる祭の参加者。

 マサヒデの予想通り、いるのだろうか?


「マサヒデ様、私も行きます。技術不足を克服したいです!」


 クレールは鼻息荒く、気合が入っている。


「ふむ・・・クレールさんは、師範としてではなく、他の魔術師さん達と訓練をした方が良いですね。魔術は人によって得手不得手があるでしょう。色々な方と魔術の訓練をして、交流してみた方が良いと思います」


「え! 師範役じゃだめなんですか!?」


「だめですね。師範役として戦うのは良くない。今の自分の形をどんどん固めてしまう。今の技術を伸ばすには良いでしょうが、魔術の技術不足を克服、というのには向かないでしょう」


「むー・・・言われてみれば・・・確かに、技術はその方が良いかも・・・」


 眉を寄せ、腕を組んで考えるクレール。


「足りなければ、帰ってから、マツさんの仕事終わりに稽古をお願いしてみてはどうでしょう」


「はい! そうします!」


 お、とマサヒデが顔を上げた。


「あ、そうだ。良い稽古を思い付きました。

 今日はカオルさんにも参加してもらいましょうか」


「私ですか? 目立ちすぎるからと・・・」


「今日の稽古は大丈夫です。

 盗賊職っぽい、小太刀を持ってても不自然じゃない格好で来て下さい」


「は」


「クレールさん、ちょっと稽古のお手伝いを頼むかもしれません。

 その際はよろしくお願いしますね」


「はい! わかりました!」


「よし。行きましょう」



----------



 訓練場。

 

 増えてきた稽古の参加者を前に、マサヒデは木刀を握る。

 普段は竹刀。

 木刀を見て、冒険者達が緊張した顔をしている。

 今日はシズクも生徒側だ。


「今日は、ちょっと変わった稽古をします。

 立ち会いではありませんので、ご安心下さい」


 ほ、と冒険者が安心した息をつくのが聞こえる。


「この稽古は場所も使いません。

 簡単で、単純です。ですが、非常にきついです。覚悟して下さい。

 10日も続ければ、皆さんの強さは飛躍的に上がります」


 おお、と声が上がる。


「見たことある方もいると思いますが、軽く手本を見せます。

 5分ほど、私の動きを見ていて下さい」


 動きが見えやすいよう、並ぶ皆に対して、横を向く。

 ぴたりと正眼に構え、ゆっくり、ゆっくり、木刀を上げていく。

 上まで上がった所で、ゆっくり、ゆっくり振り下げてゆく・・・

 5分かけて、一振り。

 ふ、と軽く息をつき、マサヒデは皆の方に向き直った。


「このように、ものすごくゆっくり振るだけです。

 途中で止めず、ブレないように。ただこれだけです」


 冒険者の1人が手を挙げる。


「私は槍が得物ですが」


 こく、とマサヒデは頷いて、


「ゆっくり突いて、ゆっくり引くだけです。

 もちろん、縦横の叩きや薙ぎをしても良いです。

 初めてこれをやる方は、自分の得物の、一番基本の動きが良いでしょう。

 実際にやってみると分かりますが、ものすごくきついです。

 集中力も使いますから、気疲れもすごいです。

 ですが、10日くらい続けた時、飛躍的に強くなったと分かるでしょう。

 さあ、皆さん立って下さい」


 冒険者達が立ち上がり、得物が当たらないよう、ばらばらと散る。


「まずは身体を暖める為、1分です。私の動きに合せ、出して、引いて下さい。

 振りがブレないように気を付けて、ゆっくりと。

 では皆さん、構えて下さい」


 冒険者達、シズク、カオルも構える。

 マサヒデも構える。


「はじめ!」


 ゆっくり、ゆっくりと皆の得物が振られていく。

 う、と小さな声が聞こえる。

 鍛えられた冒険者でも、初めてこの訓練をするのはきついだろう。

 ぴたり、とマサヒデの木刀が止まる。


「そこまで!」


 ふうー、と冒険者達が大きく息をつく。


「皆さん、さすが鍛えていますね。1分程度は楽勝ですか。

 次は3分です。構えて下さい」


 皆が、ぴしっと構える。

 最初の振りで、この訓練のきつさがはっきりと分かったのだ。

 顔つきがはっきりと変わっている。


「はじめ!」


 なめくじが這うように、ゆっくりと剣が振られてゆく。


「く・・・」


 冒険者の1人が、はっきりと苦しげに声を上げる。

 もう汗を垂らしている者もいる。


「そこまで!」


「ああ・・・」


 何人かの冒険者達から、やっとか、という感じでうめき声が上がる。

 稽古が始まって、まだ10分も経っていない。


「うん、さすがです。皆さん、3分も余裕ですね。次は5分です」


 う、と小さく声が上がる。

 3分でもこれだけきついのに・・・


「こなれた方は、一刻で一振りを行う方もいます。

 私は、まだその域まで届いていません」


 一刻(2時間)で一振り? 驚いた顔で、冒険者達が顔を上げる。


「長く出来るようになればなるほど、鋭く、速く、正確になります。

 こんなに地味で簡単な稽古ですが、厳しいでしょう。

 ですが、目に見えて、自分の強さが上がっていくのが体感出来る訓練です」


 ふう、と皆が息をつき、背筋を伸ばす。


「今回は5分を続けましょうか。では、構えて下さい」



----------



「そろそろ休憩しましょう」


 1時間もせずに皆がバテバテになってしまい、座り込んでしまった。

 シズクも息を切らせ、下を向いている。

 カオルは慣れているのか、皆ほどはバテていない。


「シズクさん、どうでしたか」


「ふう・・・きっつーい」


「あなたの技術のと体力なら、すぐに30分はいけるはずです」


「そうかなあ」


「そうです。じゃあ、皆さんは少し休んでいて下さい」


 マサヒデは、訓練場の端の方で、魔術師達と話しているクレールに向かった。

 笑顔で他の魔術師達と術の見せあいのような事をしている。


「皆さん、お疲れ様です」


「あ、トミヤスさん! お疲れ様です!」


「トミヤス様、お疲れ様です!」


 びし! と冒険者達が頭を下げる。

 皆、得物を持っていて、クレールのような純粋魔術師はいないようだ。


「クレールさん。どうですか?」


「すごく勉強になります! 色々とコツを教えてもらいました!」


 クレールはすごく嬉しそうだ。

 魔術だけではなく、こうやって多くとの交流を持つことも良い事だろう。


「ちょっとお手伝いしてもらいたいのですが、10分くらい良いですか?」


「はい! 行きます!」


 クレールを囲む魔術師達に軽く頭を下げ、マサヒデはクレールを連れて、ぐったりした皆の前に戻った。


「皆さん、ちょっと休憩しながら見ていて下さい。

 これから、心技体の『心』の部分をがっつり鍛える稽古の方法をお見せします。

 これも場所は取りませんが、気疲れは先程の比ではありません。

 準備がいるんですが、今回はクレールさんに手伝ってもらいます」


 マサヒデはぴたりと正眼に構える。


「じゃ、クレールさん、死霊術で、小鳥をこの木刀の上にとめてもらえますか」


「小鳥? 雀で良いですか?」


「はい」


 マサヒデの木刀の上に、雀が乗る。

 きょろきょろと雀は首を回し、周りを見渡す。


「クレールさん、使役だけやめて、消さないで下さいね」


「え」


 飛んでっちゃうのでは・・・まさか、飛び立つ鳥を斬るのか?

 クレールも皆も「飛ぶ鳥を斬る」と思い、固唾をのんで雀と木刀を見つめる。


「で、では!」


 瞬間、雀は飛び立とうとした。

 マサヒデは「ちょい」と小指の先くらい木刀を下げる。

 おっと、という感じで、雀は飛び立てなくなる。

 また飛び立とうとした瞬間、ちょい。おっと。

 飛び立とうとした瞬間、ちょい。おっと。

 雀は木刀の上から飛び立てない。


「・・・」


 皆が驚きの目で、雀と木刀を見つめる。

 しばらく繰り返し、雀は飛んでいってしまった。


「あ、しまった・・・」


「・・・」


 マサヒデは小さく息をつき、木刀を下げて、飛んでいった雀を見上げた。

 皆も口を開けたまま、飛んでいった雀を見上げる。


「ううむ、まだまだですね・・・」


 かくん、と肩を落とすマサヒデを、皆が驚愕の目で見つめる。

 クレールが目を見開いて、肩を落とすマサヒデに声を掛けた。


「マ、マサヒデ様・・・? 今のは・・・」


「簡単な事です。雀が飛び立とうとしたら、小さく得物を下げるだけです。

 そうすると、雀は飛べないから、これを繰り返すだけです」


 簡単な事?

 今、この人は、これを「簡単な事」と言ったのか?


「集中して、飛び立とうとする気配を捉える必要があるので、集中力をしっかり鍛える事が出来ます。鳥を捕まえることが出来たら、先程の訓練と交えてやってみて下さい」


 出来るか! という言葉をぐっと飲み込み、シズクはマサヒデに言った。


「・・・雀、捕まえないといけないから、ちょっと面倒だよね?

 得物の上に、こう、乗っけないといけないしさ」


「鳥の足に細い紐を結んで、得物に縛っておくんです」


「そうか・・・頭いいね・・・」


「・・・」


 冒険者達は言葉もなく「まだまだだなあ」と呟くマサヒデを見つめた。


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