第202話
翌朝。
シズクと2人での素振りを終え、朝餉を取った後。
「マサちゃん、稽古行こうか?」
「今日は、誰か来てくれますかね? ふふふ、楽しみですよね」
昨日、帰り道で話した、稽古へ混じってくる祭の参加者。
マサヒデの予想通り、いるのだろうか?
「マサヒデ様、私も行きます。技術不足を克服したいです!」
クレールは鼻息荒く、気合が入っている。
「ふむ・・・クレールさんは、師範としてではなく、他の魔術師さん達と訓練をした方が良いですね。魔術は人によって得手不得手があるでしょう。色々な方と魔術の訓練をして、交流してみた方が良いと思います」
「え! 師範役じゃだめなんですか!?」
「だめですね。師範役として戦うのは良くない。今の自分の形をどんどん固めてしまう。今の技術を伸ばすには良いでしょうが、魔術の技術不足を克服、というのには向かないでしょう」
「むー・・・言われてみれば・・・確かに、技術はその方が良いかも・・・」
眉を寄せ、腕を組んで考えるクレール。
「足りなければ、帰ってから、マツさんの仕事終わりに稽古をお願いしてみてはどうでしょう」
「はい! そうします!」
お、とマサヒデが顔を上げた。
「あ、そうだ。良い稽古を思い付きました。
今日はカオルさんにも参加してもらいましょうか」
「私ですか? 目立ちすぎるからと・・・」
「今日の稽古は大丈夫です。
盗賊職っぽい、小太刀を持ってても不自然じゃない格好で来て下さい」
「は」
「クレールさん、ちょっと稽古のお手伝いを頼むかもしれません。
その際はよろしくお願いしますね」
「はい! わかりました!」
「よし。行きましょう」
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訓練場。
増えてきた稽古の参加者を前に、マサヒデは木刀を握る。
普段は竹刀。
木刀を見て、冒険者達が緊張した顔をしている。
今日はシズクも生徒側だ。
「今日は、ちょっと変わった稽古をします。
立ち会いではありませんので、ご安心下さい」
ほ、と冒険者が安心した息をつくのが聞こえる。
「この稽古は場所も使いません。
簡単で、単純です。ですが、非常にきついです。覚悟して下さい。
10日も続ければ、皆さんの強さは飛躍的に上がります」
おお、と声が上がる。
「見たことある方もいると思いますが、軽く手本を見せます。
5分ほど、私の動きを見ていて下さい」
動きが見えやすいよう、並ぶ皆に対して、横を向く。
ぴたりと正眼に構え、ゆっくり、ゆっくり、木刀を上げていく。
上まで上がった所で、ゆっくり、ゆっくり振り下げてゆく・・・
5分かけて、一振り。
ふ、と軽く息をつき、マサヒデは皆の方に向き直った。
「このように、ものすごくゆっくり振るだけです。
途中で止めず、ブレないように。ただこれだけです」
冒険者の1人が手を挙げる。
「私は槍が得物ですが」
こく、とマサヒデは頷いて、
「ゆっくり突いて、ゆっくり引くだけです。
もちろん、縦横の叩きや薙ぎをしても良いです。
初めてこれをやる方は、自分の得物の、一番基本の動きが良いでしょう。
実際にやってみると分かりますが、ものすごくきついです。
集中力も使いますから、気疲れもすごいです。
ですが、10日くらい続けた時、飛躍的に強くなったと分かるでしょう。
さあ、皆さん立って下さい」
冒険者達が立ち上がり、得物が当たらないよう、ばらばらと散る。
「まずは身体を暖める為、1分です。私の動きに合せ、出して、引いて下さい。
振りがブレないように気を付けて、ゆっくりと。
では皆さん、構えて下さい」
冒険者達、シズク、カオルも構える。
マサヒデも構える。
「はじめ!」
ゆっくり、ゆっくりと皆の得物が振られていく。
う、と小さな声が聞こえる。
鍛えられた冒険者でも、初めてこの訓練をするのはきついだろう。
ぴたり、とマサヒデの木刀が止まる。
「そこまで!」
ふうー、と冒険者達が大きく息をつく。
「皆さん、さすが鍛えていますね。1分程度は楽勝ですか。
次は3分です。構えて下さい」
皆が、ぴしっと構える。
最初の振りで、この訓練のきつさがはっきりと分かったのだ。
顔つきがはっきりと変わっている。
「はじめ!」
なめくじが這うように、ゆっくりと剣が振られてゆく。
「く・・・」
冒険者の1人が、はっきりと苦しげに声を上げる。
もう汗を垂らしている者もいる。
「そこまで!」
「ああ・・・」
何人かの冒険者達から、やっとか、という感じでうめき声が上がる。
稽古が始まって、まだ10分も経っていない。
「うん、さすがです。皆さん、3分も余裕ですね。次は5分です」
う、と小さく声が上がる。
3分でもこれだけきついのに・・・
「こなれた方は、一刻で一振りを行う方もいます。
私は、まだその域まで届いていません」
一刻(2時間)で一振り? 驚いた顔で、冒険者達が顔を上げる。
「長く出来るようになればなるほど、鋭く、速く、正確になります。
こんなに地味で簡単な稽古ですが、厳しいでしょう。
ですが、目に見えて、自分の強さが上がっていくのが体感出来る訓練です」
ふう、と皆が息をつき、背筋を伸ばす。
「今回は5分を続けましょうか。では、構えて下さい」
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「そろそろ休憩しましょう」
1時間もせずに皆がバテバテになってしまい、座り込んでしまった。
シズクも息を切らせ、下を向いている。
カオルは慣れているのか、皆ほどはバテていない。
「シズクさん、どうでしたか」
「ふう・・・きっつーい」
「あなたの技術のと体力なら、すぐに30分はいけるはずです」
「そうかなあ」
「そうです。じゃあ、皆さんは少し休んでいて下さい」
マサヒデは、訓練場の端の方で、魔術師達と話しているクレールに向かった。
笑顔で他の魔術師達と術の見せあいのような事をしている。
「皆さん、お疲れ様です」
「あ、トミヤスさん! お疲れ様です!」
「トミヤス様、お疲れ様です!」
びし! と冒険者達が頭を下げる。
皆、得物を持っていて、クレールのような純粋魔術師はいないようだ。
「クレールさん。どうですか?」
「すごく勉強になります! 色々とコツを教えてもらいました!」
クレールはすごく嬉しそうだ。
魔術だけではなく、こうやって多くとの交流を持つことも良い事だろう。
「ちょっとお手伝いしてもらいたいのですが、10分くらい良いですか?」
「はい! 行きます!」
クレールを囲む魔術師達に軽く頭を下げ、マサヒデはクレールを連れて、ぐったりした皆の前に戻った。
「皆さん、ちょっと休憩しながら見ていて下さい。
これから、心技体の『心』の部分をがっつり鍛える稽古の方法をお見せします。
これも場所は取りませんが、気疲れは先程の比ではありません。
準備がいるんですが、今回はクレールさんに手伝ってもらいます」
マサヒデはぴたりと正眼に構える。
「じゃ、クレールさん、死霊術で、小鳥をこの木刀の上にとめてもらえますか」
「小鳥? 雀で良いですか?」
「はい」
マサヒデの木刀の上に、雀が乗る。
きょろきょろと雀は首を回し、周りを見渡す。
「クレールさん、使役だけやめて、消さないで下さいね」
「え」
飛んでっちゃうのでは・・・まさか、飛び立つ鳥を斬るのか?
クレールも皆も「飛ぶ鳥を斬る」と思い、固唾をのんで雀と木刀を見つめる。
「で、では!」
瞬間、雀は飛び立とうとした。
マサヒデは「ちょい」と小指の先くらい木刀を下げる。
おっと、という感じで、雀は飛び立てなくなる。
また飛び立とうとした瞬間、ちょい。おっと。
飛び立とうとした瞬間、ちょい。おっと。
雀は木刀の上から飛び立てない。
「・・・」
皆が驚きの目で、雀と木刀を見つめる。
しばらく繰り返し、雀は飛んでいってしまった。
「あ、しまった・・・」
「・・・」
マサヒデは小さく息をつき、木刀を下げて、飛んでいった雀を見上げた。
皆も口を開けたまま、飛んでいった雀を見上げる。
「ううむ、まだまだですね・・・」
かくん、と肩を落とすマサヒデを、皆が驚愕の目で見つめる。
クレールが目を見開いて、肩を落とすマサヒデに声を掛けた。
「マ、マサヒデ様・・・? 今のは・・・」
「簡単な事です。雀が飛び立とうとしたら、小さく得物を下げるだけです。
そうすると、雀は飛べないから、これを繰り返すだけです」
簡単な事?
今、この人は、これを「簡単な事」と言ったのか?
「集中して、飛び立とうとする気配を捉える必要があるので、集中力をしっかり鍛える事が出来ます。鳥を捕まえることが出来たら、先程の訓練と交えてやってみて下さい」
出来るか! という言葉をぐっと飲み込み、シズクはマサヒデに言った。
「・・・雀、捕まえないといけないから、ちょっと面倒だよね?
得物の上に、こう、乗っけないといけないしさ」
「鳥の足に細い紐を結んで、得物に縛っておくんです」
「そうか・・・頭いいね・・・」
「・・・」
冒険者達は言葉もなく「まだまだだなあ」と呟くマサヒデを見つめた。