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勇者祭  作者: 牧野三河
第十九章 温かな魔剣
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第196話


 マサヒデ達が寝入って、一刻ほどした後。


 は、とマサヒデが目覚める。

 シズクも目覚めている。


 庭に誰かが・・・


 マサヒデが指で小さく「とん」と畳を叩く。

 シズクも「とん」と返す。


 何者かが、さ、さ、とゆっくりと足音を立て、入ってくる。

 これは・・・


「ラディ?」


 シズクがもそっと起き上がる。

 マサヒデも、すっと起き上がる。


「・・・」


 羽織袴のラディが、袱紗に包まれた箱を両手で抱え、正座する。


「出来ました」


 つー・・・と、ラディの目から涙が垂れる。

 こく、とマサヒデが頷く。


「出来ましたか」


 ラディはゆっくりと頭を下げ、箱を捧げ上げた。

 ぽたぽたと涙が落ち、地を濡らす。

 マサヒデは縁側から降り、両手でそっと箱を受け取った。


「部屋に上がって下さい」


「はい」


 ラディは懐紙を取り出し、涙を拭く。

 すん、と鼻を小さく鳴らし、立ち上がり、袴の砂を払った。

 縁側に上がり、正座する。


「マツさんを呼んできます。少し、待ってて下さい」


「はい」


「クレール様、起きて。クレール様」


 ゆさゆさとシズクがクレールを揺する。

 その横を通り、執務室前。


「マツさん。ちょっと居間に来てもらえますか」


「はーい。少し待って下さいねー」


 しばらくして、襖がさーっと開き、マツが出てくる。

 居間にはいつの間にかカオルが来ており、皆の前に茶が置かれている。

 皆の目が、部屋の中央に置かれた包みを凝視している。


「あ、ラディさん・・・これは」


「マツさん。出来ました」


 ラディの顔は、くっきりと目の下にくまが出来、顔色も悪い。

 目も血走っているが、燃えている。

 背中から炎を上げてもおかしくないほど、目に気魄が乗っている。


 マサヒデが座り、マツも座る。

 カオルが2人も前に、茶をそっと出す。


「皆さん、まず茶を一口入れて、気を鎮めて下さい」


 無言のまま、皆が茶を啜る。

 この箱の中にあるのは、魔剣・・・

 一拍置いて、マサヒデが箱の包みを解いた。


「む!」


 小さな、白い桐箱。

 箱の中から尋常ではない雰囲気を感じる。

 魔剣だから、ではない。

 明らかに、雰囲気が以前と変わっている。


「・・・」


 静かに蓋を開ける。

 一振りの、小さな、黒い刃のナイフ。

 皆も何かを感じ取ったのか、はっとした顔をしている。


「マサヒデ様? 何か、これ・・・」


「ええ。変わりましたね・・・明らかに、違う」


 そっと手を伸ばし、握る。

 黒いもやが、刃から流れ出る。

 マサヒデの身体を、力が満たす・・・


 箱から出そうと、ほんの少し持ち上げて、はっとした。

 まるで手に吸い付くように、ぴたりと馴染む。


「これは・・・!」


 取り出して、横から、垂直に立てる。

 垂直から、横に寝かせる。

 回す時に、全く重さに引っ張られない。


 横に動かす。

 縦に動かす。

 どの方向に動かしても、ぴたりと収まっている。


 文字通り、完璧だ。

 これほどに、手に収まる得物は今まで持ったことがない。

 初めて持つ物なのに、吸い付くように手に馴染む。


 マサヒデの額に、汗が一筋流れ落ちた。

 そっと箱に戻し、カオルに差し出す。

 差し出した手が、細かく震えている。


「カオルさん。持ってみて下さい」


「は・・・」


 カオルもほんの少し持ち上げただけで、驚愕の表情を浮かべた。

 マサヒデと同じようにナイフを動かし、口を開けてしまう。


「あ・・・」


 小さく声を出し、カオルも細かく震え出す。

 手に持った魔剣を、驚きの表情で見つめる。

 少しして、そっと、小さく震える手で魔剣を戻し、マサヒデに箱を差し戻した。


 マサヒデは腕を組み、差し戻された箱の中の魔剣をじっと見つめる。

 しばらくしてから、こくん、とラディに頷く。


「素晴らしい、などという次元ではない・・・怖ろしい出来だ!」


 皆が、小さな黒い刃を見つめ、ごくりと喉を鳴らす。

 静まった部屋の中、静かにラディが頭を下げる。


「鞘を、お試し下さいますか」


 箱に収まった鞘を出し、魔剣を、す、と収め・・・


「う!?」


 魔剣を鞘から出す。

 もう一度、鞘に収める。

 何の抵抗もなく、するり、ぴたりと収まる。

 刃と鞘が、ぴったりと隙間なく収まっている。


 普通は刃と鞘、どちらも傷まないよう、微妙な余裕を持たせるものだ。

 それが全くない。

 なのに、刃にも鞘にも全く抵抗なく、ぴたりと収まる。

 抜く時も、何の抵抗もなく、するりと抜ける。

 これはヒケ瑕(鞘から抜いた時に出来る瑕)も付くまい。


 少し、角度を変えて入れてみる。

 自然にすっと角度が戻り、何の抵抗もなく、ぴたりと収まる。

 やはり、入れる時に刃にも鞘にも何の抵抗もない。


 傾けてみる。

 落ちない。

 何の抵抗もなくするりと収まり、するりと抜けるのに、落ちない。

 マサヒデの手が、目に見えて震え出す。


「カ、カオルさん・・・」


 震える手で、マサヒデがカオルに鞘に収まった魔剣を差し出す。


「は・・・」


 見ていて分かったのか、カオルも震える手で魔剣を受け取る。

 抜く。収める。そっと傾けて・・・

 この3つの動きで、カオルの顔色も変わった。


「すごい・・・すごすぎる・・・」


 カオルの息が荒くなる。

 マツとクレールは、ラディがカゲミツの名刀を見た時を思い出していた。

 この2人の様子は、あの時のラディと全く同じだ。

 2人は顔を見合わせた。

 この小さな魔剣は、あの恐ろしい名刀3本と同じ格の物なのか・・・


 カオルは、すぅー・・・と、深く息を吸い込み、静かにマサヒデに魔剣を戻した。

 マサヒデも静かに受け取り、そっと魔剣を置いた。


「これほどの出来になるとは・・・」


 懐紙を取り出し、汗を拭う。

 マサヒデはラディの方を向き、


「ラディさん。お父上は」


「本来ならば、父がお届けせねばならぬ所ですが・・・

 出来上がりを見届けた直後、気を失うように眠ってしまいました。

 それ故、本日は私がお届けに。申し訳ありません」


「そうでしたか・・・そこまで・・・」


「ご満足頂けましたでしょうか」


「・・・あまりの出来に、身体が震えました・・・

 今まで、これほどの物を手に持った事はありません。

 これは、お父上から頂いた脇差を、遥かに超えている。

 魔剣だからではありません。出来がすごすぎる。

 満足なんて通り越して、恐ろしさを感じるほどです」


「お褒め、ありがたく」


「ラディさん。ありがとうございました。

 お父上にも、深く感謝しますとお伝え願います」


「は」


「酷くお疲れのご様子。今日、明日は、眠れなくても寝ていて下さい。

 シズクさん、ラディさんを慎重に送って下さい。お願い出来ますか」


「うん」


「ありがとうございました」


 マサヒデはラディに手を付いて頭を下げた。

 続いて、皆も頭を下げた。

 ぽた、ぽた、と、ラディの目から、また涙が落ちた。


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