第141話
からからから。
「只今戻りました」「只今戻りました」「ただいまー」
ぱたぱたとマツが出てくる。
「皆様、お疲れ様でした」
「良い場所でした。調査はあそこで行います」
「それは良うございました」
土間に座って足を洗う。
「白百合はどうでした?」
「今日もかわいかったです! りんごをあげたんです!
二口で食べてしまいました!」
「ははは! 元気の良い馬ですね」
居間に上がる。
まだ夕刻、夕餉には少し早い。
「どうぞ」
マツが茶を出してくれる。
「よーいしょ」
続いて座ったシズクにも、マツが茶を差し出す。
「ありがと!」
台所から、もう包丁の音が聞こえる。
カオルは休む間もなく、夕餉の支度に取り掛かったようだ。
ずずっと茶をすする。
「白百合の蹄鉄は明日つけてくれるそうですから、そうしたらもう乗れますって」
「早いですね。明日は白百合に乗ってみましょうか」
「ほんとですか! 私も乗ってみたいです!」
マツがぱあーと顔を輝かせる。
「マツさんはまだだめです。白百合は、人を乗せることに慣れていません。まず、人が乗っても大丈夫なように、言うことを聞いてくれるように、しっかり教えませんと」
「そうですか・・・」
「まあ、あの様子ならすぐに慣れるでしょう。
大きいけど、人懐こい感じですし。そんなに荒れることもないでしょう」
「そうしたら、私も乗れますでしょうか」
「ええ、もちろんですとも。
マツさんとのお出掛けは、白百合も入れて3人にしますか?」
「わあ! 素敵!」
「村の方まで行って、父上に白百合を自慢しに行きましょうか。
私は入れませんけど」
「ねえねえ! 道場に行くなら私も行きたい!」
シズクが目を輝かせる。
「だめですよ。こないだの、マツさんとカオルさん、2人でのお出掛けの約束なんですから」
「ええー」
「でも、シズクさんなら、いつでも道場に行って大丈夫だと思いますよ。
父上も喜んでくれると思います」
「マツさんと一緒じゃなくても大丈夫?」
「大丈夫ですよ。父上も稽古相手が出来て喜ぶと思いますよ」
「じゃあ行ってみようかな! 明日行ってみる!
カゲミツ様は怖いけど、怒られたわけじゃないし・・・
でも、またいきなり謝ってきたらどうしよう?」
「ははは」
「マサヒデ様、またお父上に立ち会いを所望されたらどうしましょう?」
「酒が入ってなければ、娘に立ち会いなんか所望しませんよ。
ふう・・・まったく、父上の悪い癖ですね・・・
ちょっとでも腕が立つと見たら、誰彼構いなしなんですから・・・
しかし、門弟の稽古は頼まれるかもしれませんね。
道場には魔術師はいませんし、村にも役所に数人くらいですから。
稽古くらいなら、大丈夫ですよね?」
「まあ、多分・・・」
「道場を吹き飛ばさないで下さいね」
「そんなことはしません!」
「ははは! 冗談ですよ」
「もし壊しちゃっても、ちゃんと直します!」
「・・・優しくしてあげて下さいね」
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翌朝。
朝餉を食べると、シズクはすぐに「道場に行く」と出て行った。
マサヒデは縁側に座って、庭を眺めていた。
この後は訓練場に行って、稽古をして、訓練用の槍でも借りて、白百合に・・・
あっ、とマサヒデは思い出した。
(しまった。オオタ様に、クレールさんの話を報告していなかった・・・)
金の大袋を受け取った時、話を聞かせてくれ、と言っていた。
これはいけない。
もうクレールと結婚をしてしまってから、日が経っている。
今日は忙しくないだろうか・・・
立ち上がって、執務室の前に立つ。
「マツさん」
「はい、どうぞ」
さらっと障子を開けて、マツの前に座る。
「やってしまいました・・・
オオタ様に、まだクレールさんの話を報告してませんでした・・・」
「クレールさんの報告?」
「いや、あの依頼料を受け取った時に、話を聞かせろと言われたのです。
すっかり忘れてました・・・」
「大丈夫じゃないですか? 別に仕事のお話でもありませんし。
稽古の後にでも、お話されては? オオタ様なら、お気になさらないでしょう」
「確かに度量のある方ですけど、さすがに日が経ってますし・・・
怒ったりしないでしょうか?」
オオタがマツモトに怒った姿を思い出す。
机をばん! と叩いて、すごい目つきをして・・・
「大丈夫ですよ。いつも通り稽古をして、ご一緒に昼食でもお食べになりながら、お話すれば」
「うーん・・・分かりました」
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冒険者ギルドの訓練場で稽古を行い、身体を清めてから、廊下にいるメイドに話し掛ける。
「すみません、今日はオオタ様はおられますか?」
「はい。今は執務室でご昼食かと」
「ありがとうございます」
2階に上がり、執務室の前のメイドに話し掛ける。
「オオタ様はいらっしゃいますか?」
「はい」
「今、大丈夫でしょうか?」
「食事中ですが、大丈夫でしょう」
とんとん、とメイドがドアをノックする。
「オオタ様。トミヤス様です」
「おお、お入りいただけ!」
かちゃ、とメイドがドアを開ける。
「これはこれは、トミヤス様! 本日はどういったご用件で?」
「いえ、以前、依頼料を頂きました時、クレールさん・・・レイシクランの話をと・・・」
「おお! 是非お聞かせ下さい! おお、そうだ。ご昼食は」
「いえ、まだ」
「よし、茶を出したら、トミヤス様にご昼食をお持ちしろ」
「はい」
メイドはマサヒデの前に紅茶を置くと、出て行った。
「で・・・どうなりましたかな?」
「まあ、その、結果から言うと、上手くいきました」
「ははははは! さすがトミヤス様!」
「ブリ=サンクのレストランで、見合いと言いますか・・・
まあ、ちゃんとお話をしたんです。
なんとレストランを貸し切りで、驚きましたよ。
扉を開けたら、ぽつんと真ん中にテーブルがひとつだけ」
「ブリ=サンクの、あのレストランを、貸し切りですか!?
うーむ・・・さすがレイシクラン・・・豪気ですな」
「で、いきなりクレールさん・・・ご令嬢が立ち上がって、飛びついてきまして」
「ほう?」
「・・・あの時の、クレールさんの瞳は、すごく綺麗でした。
試合の時は、あの瞳に怖ろしささえ感じたのに」
「ま、愛しのトミヤス様に会えましたら、それは瞳も美しくなりましょうな! はははは!」
「その後がまた大変だったんです。
今日のあなたの目は綺麗です、って言ったら、いきなりふらふらしちゃって」
「わーははははは! トミヤス様! あなたもやりますな!」
とんとん。
「トミヤス様のご昼食をお持ちしました」
「入れ!」
ワゴンに置かれた昼食が、マサヒデの前に並べられる。
レストランでの食事を思い出す。
「そういえば、すごい食事だったんですけど、私、作法を知らないもので・・・
あれは、すごく緊張してしまいました。
一緒に来てくれた、アルマダさんやマツさんを、こう、ちらちら見ながら」
「はははは! しかし、あそこの料理は絶品でしたでしょう?」
「それはもう。ですが、普段行きたいという感じではないですね。
肩ひじが張ってしまって。最初は味が分かりませんでした」
「まあ、初めてでしたらそうもなりましょうな。慣れですよ、慣れ」
「そうだ! クレールさん、レイシクランてだけあって、ものすごい量を食べてましたよ。シズクさんよりも食べてましたよ。あれはすごかった・・・」
「ほう? よく食べるとは聞いておりますが、そこまでですか」
「あれ、完全に自分の体重より多く食べてます。前菜から、こんな肉の塊を」
マサヒデが手でこんな、という大きさを示す。
「スープなんか、どんぶりみたいな器で一気飲みして『おかわり!』だなんて。
アルマダさんも驚いてましたよ。
誤魔化してましたけど、一瞬、動きが固まってました」
「そんなにですか?」
「ええ。最初から最後まで。
最後の肉の・・・なにか緑色の、羊の肉の料理の時なんですけど」
「おお、仔羊の香草焼き! あのレストラン自慢の逸品ですな」
「ふふふ、私、『仔羊』と聞いて、まさか羊が丸ごと! なんて想像してしまいました。普通に肉が山盛りになってただけでしたが・・・いや、それも普通ではないですよね」
「ははははは!」
「で、食べ終わって・・・マツさんの身の上をお話しました。
クレールさんは、驚いてしまって、真っ青になってしまいました」
「・・・でしょうな」
マサヒデは、ホテルを出た時のクレールを思い出す。
ぱちりと箸を置き、少し顔を上に向ける。
「私は席を立ちました。帰ろうと・・・馬車に乗ろうとした時です。
クレールさんの声が聞こえて・・・」
「・・・」
「振り返ると、レストランに入った時のように、クレールさんが飛びついてきました。
小さな子供のように、泣いていました。涙でお化粧が崩れてしまって・・・
でも、月明かりに照らされたクレールさんは、すごく綺麗だった。
銀色の髪が輝いて、涙で潤んだ瞳が、赤く輝いて、すごく綺麗だった・・・」
「・・・トミヤス様は、よい妻を選ばれますな」
「私が選んだのではありません。彼女が、私を選んでくれた。
マツさんの時もそうだった。マツさんが私を選んでくれた。
私は幸せ者です」
「ははは! やはりトミヤス様は女たらしですな!」
しんみりした雰囲気を破って、オオタが笑い出す。
「オオタ様までやめて下さいよ・・・
最近、マツさんやカオルさんにも、そうやって怒られるんです。
私はそんなつもりないんですけど」
「自然に口説いてしまうわけですな!? わはははは!」
「アルマダさんほどじゃありませんよ」
「ははははは! ハワード様もトミヤス様には敵いますまい!」
オオタの大きな笑い声が響く。
ただ笑うだけでなく、大事な所はしっかり聞いている。
オオタと話すと、いつも明るくなる。