第162話
「…ほんまに、千冬なんか?」
信じられないが、なぜか、そう言ってしまった。
「さっきからそう言うとるやろ」
それは、そうだ。
しつこいくらいに、そう言ってるのは聞いた。
だけど、そんな簡単に信じられるわけないだろ?
——だって、お前は…
「…お、おい!どしたんや!?」
「…あれ?」
目から何かが込み上げてくる。
…まさか俺、泣いてるのか?
…嘘だろ?
頬に何かが伝って、それで気づいた。
何が何だかわからなかった。
心の中でホッとする気持ちと、浮き足立つような感覚。
それは近くに感じた。
だけど、…だから?
…よくわからない。
心の準備だってまだできてない。
そりゃ目の前に千冬がいるなんて、そんな夢みたいなことが起こってることを、嬉しく思わないわけがない。
嬉しいさ。
もしこれが現実なら、俺の「夢」は叶ったってことになる。
もう一度千冬に会う。
そのために、俺は…
溢れてくる何かを止めることが出来なくなって、しまいに顔が引きつった。
唇が震えて、思うように喋れない。
言いたい言葉がある気がした。
今すぐに。
でも出てこなかった。
それが「言葉」がどうかもわからなかった。
ただ、心の奥底で、いてもたってもいられない気持ちがあった。
いっそ、思いっきり叫んでしまいたいくらいに。