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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

太陽の聖拳使い

ちょっと待ってください、公爵夫人が海賊退治に行ってしまいました

作者: HOT-T

 早朝、イリス王国パレオログ領

 領主であり宰相を務める公爵の館。

 庭で若い女性が瞑想をしていた。

 但し、限界まで開脚しそれぞれの脚はブロックで出来た足場に掛けられおり両腕には巨大な岩。

 その横では何事も無い様に老庭師が仕事をしており何とも異様な空間であった。


 やがて1時間の瞑想を終え女性は目を開き足場から離れた。


「おはよう、ケーレ。いい朝だね!」


「おはようございます、奥様。今日は旦那様が王都から戻られる日ですな」


「うん!そうなんだ!1節ぶりだなぁ」


 喜ぶこの女性はパレオログ公爵夫人ラメール。メールと愛称で呼ばれることが多い。

 隣にある同盟国、ナダ共和国出身の女性であり元冒険者。

 夫が王都に出ている時はこの家と領地を守る天真爛漫な『女傑』である。

 

 家の中に入ると侍女が赤ん坊の世話をしていた。

 公爵とメールの間に生まれた息子、レオポルドである。

 侍女を労うと息子の顔を覗き込み笑った。 


「レオ。今日はお父様が帰って来るよ。親子でゆっくり過ごそうね」


 母の言葉に息子は『だぁ』と喜びの声をあげた。

 だが次にやってきた家令からの報告を受け彼女は表情を曇らせた。

 ジーラッハ領で海賊騒動が起こりその対処で夫の帰宅は延期となったらしい。


「せっかく会えると思ったのに仕方ないよね……」


 宰相という重要な役職についている以上こういったことは十分起こりえる。

 ジーラッハ領は海の防衛拠点。あそこのトラブルは敵対国につけ入るスキを与えかねないのだ。

 それは理解していた。だけど……


「ジョーカー、リザベルタ。出かけるよ」


 近くにいた元暗殺者の執事と侍女のひとりに声をかけた。

 そして彼女はこっそり裏口から出て行ったのだった。


「ジョーカー、何だか家の中が騒がしいですけど。奥様の脱走に気づかれたんでしょうか?」


「知るかよ。俺の仕事はあの人の護衛だ。まあ、必要かと問われたら疑問だがな。後、脱走じゃなくて『外出』だ。あの人を縛れるものなんぞそうそうないんだよ」


 そんな事を言いながら執事と侍女は公爵夫人の後を追った。

 

 さて、その頃屋敷では何が起こっていたか。

 実は公爵夫人の母親が隣国から単身で孫の顔を見に尋ねてくるという連絡が入ったのだ。

 失礼があってはいけない。使用人達は全身全霊動き回っており公爵夫人の『外出』に気づくものなど居なかったのだ。


「早く準備しろ!機嫌を損ねようものならここら一帯『更地』になるぞ!!」


□ 

 ジーラッハ領近海。

 付近を荒らす『バッツ海賊団』の船が航行していた。

 船長室で今回の襲撃の成果を数えてほくそ笑んでいたバッツの元へ慌てふためいた部下が飛び込んできた。

 

「頭!た、大変です!!」


「何だ王国の兵士共でも攻めて来たのか?」

 

 大軍で来ようとも海での戦いはこちらに分がある。

 そもそもイリス王国の水上軍はさほど強くない。


「お、女です!!」


「女ァ?女兵士か?」


「女が、こちらに向かって『走って』来ます」


「はぁ!?」


 意味が解らない。女が走って来るだけで何でパニックになっているのだろうか。

 いや、そもそも『走って』?

 甲板に上がったバッツはそこで目を疑うような光景に遭遇した。

 確かに女だった。そして走っていた。

 激しい水しぶきを上げながら『水面を走って』いたのだ。


「ひぃぃぃっ!な、何だあの怪物は!?」


「モンスターだ!人型のモンスターに違いねぇ!!」


 泣く子も黙る屈強な海の戦士たちが悲鳴をあげていた。


「お、落ち着け!あれは、あれは恐らく……えーと……」


 ダメだ。理解できない。

 どうやったらあんなことが出来るのだ?

 陸からは大分距離があるので浅瀬である可能性などまずない。


「ひぃぃっ!み、見ろ!魚だ!いつの間にか魚をくわえているぞ!!」


「海の上を走りながら捕ったのか!?しかも身が少しずつ減っている。食べてるぞ!?」


 またもや意味が解らない。

 何か悪い夢を見ているようだった。

 やがて女は船に近づくとひときわ大きい水しぶきと共に飛び上がり甲板へと着地した。

 皆が唖然とする中、女は大きく背伸びをして言った。


「ふー、お腹空いたー」


 何でだよ!!?

 全員が思わず叫んでいた。


「てめぇ、今のは一体……何で海の上を?」


「ん?片足が沈む前にもう片方の足を踏み出してるだけだよ?」


 ああ、なるほど。そう納得しかけてやはりおかしい事にバッツは気づく。

 はっきり言って意味が解らない。理論上は確かにそうかもしれないけど、本当にそんな事が出来るものだろうか?


「な、何者だ?」


「パレオログ公爵家の妻、パレオログ・R・ラメール」


「ほぅ、公爵夫人様がわざわざねぇ。へへ、公爵夫人……」


 公爵夫人って何だっけ?

 思わずバッツは自分の常識を疑った。

 貴族の奥方なんて自分では何もできない様な連中だというのが彼の認識だ。

 だがこの公爵夫人とやらは海の上を走ってきたのだ。

 とりあえず頭が痛いので考えるのは止めよう。


「それで、貴族様がこんなむさくるしい船に何の用だい?迷子になったのかなぁ?」


「この辺を荒らしまわってるそうだね。こっちも色々と迷惑してるから退治しに来たんだ」


 その言葉に皆が噴き出した。

 公爵夫人自ら海賊退治なんて聞いたことが無い。

 この頃には先ほどの『海走り』という理不尽な現象について皆の頭から抜け落ちていた。


「そうかい。それじゃ退治されない様にしねぇとなぁ。ちょっとお相手願えますかな?公爵夫人殿」


 逆三角形のボディが眩しい巨漢の海賊ギューが笑いながら公爵夫人へ手を伸ばす。


「何の警戒も無く腕を差し出すなんて愚の極みだね」


 そんな彼の腕を公爵夫人は掴むと……


「命名!パイレーツハンマー!!」


 3mを越える巨躯を力任せに振り回し近くにいた別に海賊に叩きつけた。


「なっ!」

 

 皆が驚きの声をあげる中、公爵夫人はギューを『武器』として扱い海賊たちを打ち据えていく。

 振舞わされているギューは既に失神して泡を吹いていた。

 数回振り回したのち、公爵夫人はギューを甲板に頭から突き刺す。


「ふぅ、いい負荷だったなぁ」


 理不尽な世界が広がっていた。

 人間の身体ってああなるものなのだろうか?


「船長、ここは私が!!」


 背後から狙撃手ダギが最近ある国で開発された『銃』を構え公爵夫人目掛け発射した。

 本来ならば足などを狙い無力化してから捕えたいのだがそうはいかないと判断し頭部を狙った。

 公爵夫人の頭が大きく跳ねるがその身体は倒れなかった。


「馬鹿な!?」


 見れば彼女は発射された銃弾を口で受け止めていた。

 そして息を吐くと同時に銃弾を飛ばし、狙撃手の肩を撃ち抜いたのだ。


「鉛の弾を飛ばす『弓』か。残念だけどあたしには『止まっている』に等しい速さでしかないね」


「な、何だよこいつは!?」


「だから公爵夫人だって」  

 

 そんな事があってたまるか。

 皆がそう思う中、刀を持った壮年の剣士がゆっくりと前に出た。


「おお、ミフネ先生!」


「拙者に任せてもらおう。くくっ、我が名刀が久々に血を欲しておるわ」


「そうだ。ウチには元『剣聖』のミフネ先生がいるじゃないか!頼むぞ!!」


 剣聖の称号を持つ者は世界に数えるほどしかいない。

 かつてそう名乗っていたミフネは納刀したままゆっくりと公爵夫人に近づいて行きやがて足を止める。

 しばしの沈黙。そして……


「参りましたぁぁ!!」


 凄まじい勢いで土下座を始めたのだ。


「えぇぇぇっ!?先生!?何やってるんですか!?」


「無理無理、超無理!もう何やっても負けるイメージしかない!ていうか煮て食われる!!」


 ミフネは逆切れしていた。

 頭の中で様々な戦いを想定していった結果、負けて鍋で煮られるイメージが飛び込んできたのだ。


 ちなみに彼が剣聖の称号を捨てるきっかけとなった相手が居るのだがそれが公爵夫人の『姉』である事は知られていない。


「さて、そういうわけで海賊行為を止めて欲しいんだけどな。働き口が無いというならウチに来ると良い」


 船に連れてきた執事と侍女が上がってきた。

 海賊たちが公爵夫人に気を取られている隙に接近したのだ。


「奥様、また敵を口説いてるんですか?」


「人聞きが悪いなぁ、ジョーカー。あたしはこれでもダーリン一筋だよ?」


 顔を赤らめながら公爵夫人は笑った。

 愛する人を想っての笑顔だが周囲からは鬼が『ククク、どう料理して喰らってやろうか』と笑っている風にしか見えなかった。


「わ、悪いが、あんたの申し出は聞けないねぇ」


 バッツが懐から出した魔道具に力を込める。

 すると海中から巨大な触手が現れあっという間に公爵夫人を海へと引きずり込んだ。


「奥様!?」


 リザベルタが驚きの声をあげ助けに飛び込もうとするがジョーカーがそれを制する。


「お前が行ってもどうにかなるもんじゃねぇよ。今の触手、海の魔物だな?」


「ああ、巨大なイカの怪物、『ジャクラーケン』よ。へへ、切り札ってのは最後まで取っておくもんだぜ?公爵夫人様はかわいそうに怪物の餌だなぁ」


「まあ、奥様についてはどうでもいいとして……」


「ちょっとジョーカー!」


 リザベルタが抗議の声をあげるがそもそもジョーカーは公爵夫人を暗殺しようとしていた殺し屋。

 なので公爵夫人が命を落としたのならそれはそれだ。だが……


「だってよ、ホラ」


 直後、大きな水しぶきが上がり巨大な触手を咥えた公爵夫人が甲板に戻ってきた。


「こういうことだ」


 公爵夫人は咥えた触手を甲板に転がしため息をついた。

 そもそも公爵夫人が『あの程度』で死ぬわけがない。


「残念、逃げられた!美味しそうだから持って帰ってみんなで焼いて食べようと思ったのに」


「あんな気持ち悪いもの食べようと思うなんてあなたくらいですのでおひとりでどうぞ」 


 笑顔で返す執事。

 その光景に海賊たちは唖然としていた。


「えーと、『ジャクラーケン』は?」


「仕留めようと思って水中でかじってたら触手一本置いて海の底へ逃げて行ったよ」


 バッツは頭が痛くなっていた。

 何をどうしたらこんな無茶苦茶な事になるのだろう。

 そもそもあの巨大モンスターを水中で『かじって』いた?

 恐らくモンスターからすればいきなり現れた『捕食者』に恐怖したのだろう。


「ま、待て。俺達にはまだ強い味方がいるぞ!!」


 バッツの言葉に海賊たちが沸き上がる。


「それはもしかしてこっちに向かっているザラタン王国の軍艦か?」


 長年イリス王国と敵対しているザラタン王国の旗を掲げた軍艦が4隻、こちらに向かっていた。

 

「ねぇ、ジョーカー。あれはどういうこと?」


「そうですね。俺が思うにこいつらが暴れているのはあいつらに雇われたからでしょうね。それで我が国の戦力を減らした上で今度は……」


 軍艦がこちら目掛け大砲を撃ってきた。


「近海を荒らす海賊退治という名目で軍艦を出し、どさくさに紛れて我が国の港を奪うって作戦じゃないですか?」

 

 ジョーカーの解説に海賊たちは唖然としていた。

 つまり、自分達は都合のいい捨て駒だったわけで利用されていただけだった。


「そ、そんな。戦争に買ったら俺を将軍にしてくれるって……」


「見事に騙されちゃったんだね。そうか、この海賊騒ぎにはこんな裏があったのか……」


 言いながら公爵夫人は直撃しそうになった大砲の弾を蹴り飛ばし海へ落す。


「てなわけで、だ。お前らも死にたかねぇだろ?全力で逃げるぞ?」


 ジョーカーの言葉に海賊たちは慌てて配置につき逃げる準備をする。 

 そんな中、公爵夫人だけは敵国の軍艦を睨みつけていた。


「あれが港についたら戦争になる。そしたらたくさんの人達が……そんなの絶対にダメだ!」


「奥様、まさか敵陣に乗り込むつもりですか?」 


 侍女の言葉に公爵夫人は返す。


「あたしの後ろには海賊の皆と、イリス王国に住む無辜の民たち、何よりも大切な家族がいる。ここを通すわけにはいかない!!」 


 とはいえ幾ら『歩く理不尽』である公爵夫人でも海上で軍艦4隻の相手は無理がある。

 無数の砲弾が降り注ぐ、これを凌ぐだけでも精いっぱいだ。

 それでもやらねばと彼女が構えた時だった。

 高く上がった波が棘の様に変化して砲弾を正確に貫いていく。


「な、何だ!?魔法か!?」


 皆が叫ぶ中、公爵夫人だけはただ『震えて』いた。


「や、ヤバイ……」


 彼女がこれまで見せた事の無い『恐怖』の表情にジョーカーは顔をしかめた。


「おい、何だあれ!?歩いてるぞ!人が海を『歩いている』ぞ!!?」


 見れば港の方からこっちに向かって海上をゆっくりと歩く女性が見えた。

 海賊船に接近するにあたって公爵夫人は海上を走っていたがそれとは違う。

 ゆっくりと一歩ずつ、『歩いている』のだ。

 皆が注目する中、公爵夫人だけはそちらの方向を見ず震えていた。


「メールゥゥゥ……メールゥゥゥ」


 地獄の底から響く様な声。 

 そして海賊たちは気づく。


「潮の流れが……止まっている?」


 やがてリザベルタが海上を歩く女性の正体に気づく。


「ジョーカー、あれってもしかして……」


「そうだな……奥様、俺にはあなたの『母君』が歩いておられるように見えるのですが?」


「やっぱりぃぃぃぃ!?」


 泣きそうな表情になりながら公爵夫人は仕方なく海上へ目をやる。


「メールゥゥゥゥゥゥッ!あたしが会いに行くって手紙を出してるのにあんたって子は、幼い息子まで放ったらかしで何やってるのぉぉぉぉ!!!」


 海上で『鬼』が咆哮をあげた。

 あまりの迫力に屈強な海賊たちは小便を漏らして気絶した。

 バッツも気絶こそしなかったが後ろの方を漏らしていた。

 同行した執事は平静を保ちつつも足が震えていた。


(バカな!?この俺が!?)


 侍女はへたり込んでしまっていた。


「うわぁぁぁぁぁ、ごめんなさい、ごめんさぁぁぁぁいッッ!!」


 理不尽をまき散らしていた公爵夫人は涙を流しながら必死に謝っていた。

 

 軍艦から一斉に砲撃が放たれる

 だがいずれも海の上をゆっくりと歩いて来る公爵夫人の母親には届かず飛び出した波に貫かれていった。

 周辺一帯の海水は公爵夫人の母親によって『支配』されていたのだ。

 やがて渦が巻き起こり敵国が誇る4隻の軍艦は為すすべなく次々と飲み込まれ海へと消えていくのであった。


□□

 

 ザラタン王国の軍艦に乗っていた兵士達は海の藻屑とはならず自国の浜に打ち上げられた。

 だが皆、一様に海を怖がり『イリス王国の海域には船を沈める恐ろしい鬼が生息している』と語った。

 話を聞いたザラタン王も最初は半信半疑だったが軍艦4隻も沈められたという事実を重く見てイリス王国への侵攻を断念する事となった。

 

 イリス王国海域の『鬼』はそれからも半世紀に渡り船乗りにとって恐怖として語り継がれることとなった。


 海賊船に乗っていた者達は素直に投降し、罪を償う事になった。

 ある者は兵役につき、またある者は農民として働くことになった。

 頭であるバッツは野心を捨て信仰心に目覚め、修道士に転身することになった。

 彼は言った。『世の中は理不尽で溢れています。そんな世を生きる為には神の慈愛に身を委ねるのです』。


 さて公爵夫人は海賊騒動が解決して数日遅れで家に帰って来た宰相である夫、幼い息子、そして軍艦4隻を沈めたのが嘘のように笑顔で孫をあやす母親と家族水入らずの時間を過ごしたのだった。

 家令をはじめ、使用人達は穏やかな表情をしている公爵夫人の母親を見て本気で胸をなでおろしていた。

 そして公爵夫人に同行した二人は知っている。

 主のお尻は母親に叩かれ真っ赤になっていたという事実を。

 こうしてパレオログ領は今日も平和な時間が過ぎていくのだった。

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