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「で、どう」
佐和子一家と別れた後、自宅近くのファミレスで皆でお茶をしていると小坂さんが僕に訊いた。
「まあその……」
僕は言葉を濁した。何をどう話していいのかわからないし、そもそも両親に話せることではなかった。
「佐和子さんのことは気に入ったみたいね」
「ええまあ」
「じゃあ、今度は二人きりで会ってみる?」
「できるんですか?」
「向こうがお断りを入れなければ、次は二人で食事に行ったりするものよ」
「そうですか」
「じゃあ、私の方からこちらは積極的なのでまたお会いする機会をもうけてほしいと連絡してもいいかしら」
小坂さんは僕の返事もろくに聞かずに、スマホを取り出してメッセージを送ってしまっていた。
「でも瀬名と同じ高校に通っていたなんて奇遇ね」
「いただいた履歴書には卒業した大学と高校しか書いていなかったから分からなかったね」
僕はそれを見ていないので、そもそもコメントのしようがなかった。
小坂さんのスマホが鳴った。
「向こうのお嬢さんもOKだそうよ。じゃあ後でお嬢さんの連絡先を瀬名君に送っておくわね」
「はい」
とりあえずお見合いが成功したということで、両親と小坂さんは満足そうな様子をしていた。
「佐和子さんのラインの連絡先を瀬名君に送ったから」
僕はスマホを取り出した。
送られてきた佐和子の連絡先に早速メッセージを打ち込んだ。
「よかったら今度、二人で食事でもどうですか」
送信のアイコンを押した。
このまま返事が来なかったらどうしようという思いがよぎった。
だが、数分もしないで返事が来た。
おそるおそる画面を見た。
「いいよ」という文字の後にハートマークのアイコンが踊っていた。
「そろそろ行きましょうか」
母の声に僕は我に返り、顔を上げると頷いた。
外に出ると陽の光がまぶしかった。
空を見上げると雲ひとつ無い青空が広がっている。
僕は佐和子との間にたちこめていた雲も晴れたような気分になった。
(これから佐和子といろんなことを話そう)
この10年間のこと、あの夏の日のこと、勘違いして別の公園で待っていたこと、いろんな思いがこみ上げて来た。
家に帰るとスーツを脱ぎ、ベッドに倒れ込んだ。
ふと、10年前にこのベッドに身体を固くして座っていた佐和子の姿が浮かんだ。
(あの時も、お互いに気持ちに余裕が無くていろいろ行き違いがあったんだろうな)
そんな風に過去の自分を見ることができるようになっていた。
スマホの画面が蘇った。
メッセージだ。
僕はそれを読むと、上着を羽織り、階段を駆け下りた。
「瀬名、どこに行くの」
「ちょっと、駅まで買い物」
玄関を出ると走った。
下校の時にいつも二人で寄っていた児童公園が見えてきた。
ブランコに白いワンピースを着た女性が座っていた。
手を振った。
佐和子も手を振り返してくれた。
僕は佐和子の前に立った。
心臓の鼓動がすごかったが、それは走ってきたからというだけじゃない。
「ごめん」
佐和子の顔を見て思わず謝罪の言葉が出てきた。
「謝らなくてもいいの。むしろ謝らなくてはならないのは私の方、殴っちゃってごめんね。痛かったでしょ」
佐和子は僕の頬に手をあてて、顔を近づけてきた。
「大丈夫……」
話しかけた言葉が佐和子の唇で塞がれた。
僕は柔らかいこの感触を覚えていた。
佐和子の身体を抱き寄せると、これまで離れていた時を取り戻すかのように彼女の唇をむさぼった。
佐和子は身体を離すと「これでおあいこだね」と言った。
「おあいこ?」
「さっきは、瀬名君が不意打ちでキスしたから、今度は私の番」
佐和子は上気した顔をしていて、頬がピンクに染まっていた。
「佐和子」
「なに」
「よかったら、お付き合いして下さい」
「いきなり、何を言うの」
「だって、お見合いしたばかりで、まだ、お付き合いするとかは何も言っていないから」
佐和子が鈴が鳴るような声で笑った。
「そういう真面目なところ、全然変わってないね」
佐和子が僕の腕に手をからませてきた。
「それなら、私をどこかに連れて行って」
「えっ?」
「食事をご馳走してくれるんでしょ。さっき連絡をくれたじゃない」
いたずらっぽく佐和子が言った。
「それで返事は?」
「もう馬鹿。決まっているでしょ。それより、朝から何も喉を通らなくて食べていないから、お腹がすいちゃった」
「分かった。美味しいものを食べに行こう」
「やった」
佐和子は僕の腕にぶら下がるようにして身を寄せてきた。彼女の体温が服越しでも伝わってくる。
僕は、スマホを取り出すと家に電話をした。
「もしもし、ああ、母さん、今晩はごはんいらない。それに遅くなるから」
母は「急にどうしたの」と言った。
佐和子のことを見た。
「佐和子さんと食事をしてくる」
そう言ってから切った。
「いいの? 言っちゃって」
「構わないよ。でも、すごくびっくりしていた」
佐和子は楽しそうに笑った。
(もう佐和子と離れたくない)
心の中でそう思う。
あの日から止まっていた僕たちの時は、今、再び動き始めた。
読者の皆様、高評価とブクマをありがとうございました。お陰様で現実世界(恋愛)ジャンルの日間ランキングのベストテンに入り、総合ランキングにもランクインしました。
貴重な感想もたくさんいただきました。ただ、感想を拝見すると、読者の皆様は、もっと糖度の高い、ラブラブのラブストーリを求めているようにも感じました。本作はこれで完結なので、これ以上の改訂や、続編等は出す予定はございませんが、次はより糖度の高いものにしようかと考えております。
つたない私の作品を見つけていただき、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。