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反射的に頬を平手打ちしてしまったことを私は後悔していた。
確かに彼の行為は唐突だったが、転びそうになった私を助けようしたはずみでのことだ。問答無用で引っ叩くようなことではない。
それに、私が今日ここに来たのは、彼に訊きたいことが一つあったからだ。
それは、どうして、別れの日に待ち合わせ場所に来てくれなかったのかということだ。
あの日、私は待ち合わせ場所の上佐賀屋駅前の北口公園で彼のことを待っていたが、約束の時間を過ぎても彼は現れなかった。
彼の家に公衆電話から電話をしたが、母親が出て、瀬名君は留守だと言われた。
今のように皆がスマホを持っている時代ではなく、私達は携帯電話をまだ持っていなかったので、他に連絡の取りようがなかった。
私は待つしかなかった。
きっと来てくれるものと信じて、日が沈み暗くなっても公園で待っていた。
でも、彼は来なかった。
私は完全に振られたのだと思った。
あの夏休みの終わりに瀬名君の家に行った時と同じだ。私は一人空回りをして、彼と初体験をするものと思い、彼の家に行ったが、彼は私に何もしなかった。
すごく恥ずかしかったけど「しないの?」と勇気を出して言ったら彼は「そんなこと、できるわけないじゃないか」と答えた。
ショックだった。
私はそういう対象ではないのだ。私には魅力が無いのだ。付き合っているつもりだったけど、彼は本心ではその気ではなかったんだと思った。
告白したのは私からだ。
彼は、きっと私から告白されて、しょうがないと思ってお情けで付き合ってくれていたのだろう。
彼は言い訳のように「ごめん」とか「準備が整っていない」とか言っていたが、そんな言葉は聞きたくなかった。
(準備って何よ)
そう言い返したくなったが、その言葉を飲み込んで、私は逃げるようにして彼の家を出た。
その後も、私は彼を意識しすぎてしまい、前のような自然な振る舞いをすることができなくなった。
そんな時に突然父の海外転勤が決まった。
両親は前から私にもっと英語力をつけさせたいと思っていたらしく、大学も日本の大学でなくてもいいと言って、私に海外生活の経験をさせるために家族で行くことになった。
最後に二人だけで会いたかったのに彼は来なかった。それなのに、何故、いまさらお見合いなのかと思った。私のことをからかっているのか、それとも馬鹿にしているのかと思った。
でも、もう一度彼に会いたいという気持ちが勝ってしまい、こうしてお見合いの場に来てしまっていた。そしてアクシデントとはいえ、キスまでされて私は動揺していた。
「佐和子さん、ここにいたのね」
仲人の小坂さんが手を振って近づいてきた。
「戻って来ないから心配になって迎えに来たのよ」
「すみません」
「でも、お二人が意気投合しているようでよかったわ」
私は返す言葉がなかった。
「さっき、ご両親たちと話をしていて、びっくりしたんですけど、あなた達、同じ高校に通っていたんですってね」
「はい。父が海外に行く前は、同じ高校でした」
「じゃあ、お友達だったの」
「いいえ」
「そう。でも共通の話題があってよかったわね」
「ええ」
私達は小坂さんと両親が待つホテルの喫茶店に向かった。
私は小坂さんに相槌を打ちながらも、このまま別れる前にどうして、あの日来てくれなかったのかを訊く機会を伺った。
ホテルの本館に入ると小坂さんが先に両親のところに二人を連れてきたと言って来ると言って早足で去っていった。
チャンスだった。
私は瀬名君の方を向いた。
「ねぇ、どうしてあの日、来てくれなかったの。会いたくないなら、デートの約束なんてしなくてよかったのに。私、ずっと待っていたんだよ」
思い切って言ってしまった。
瀬名君は驚いた顔をした。
これで、完全に終わりだと思った。
一言これが言いたかっただけだ。
私はこれで過去と訣別して、明日からは完全に瀬名君のことを忘れようと思った。
「それは僕のセリフだよ。僕は公園でずっと待っていた。日が暮れても君のことを待っていたんだ」
「そ、そんな……。私、北口公園にずっといたんだよ」
「ちょっと、待って、今なんて言った?」
「だから北口公園で」
「北口だって!」
瀬名君は明らかに狼狽していた。
「どうしたの」
「西口だ」
「何?」
「僕は西口公園で待っていた。てっきり駅前公園は一つしか無いと思っていた」
「うそ、そんなことって……」
向こうから両親が歩いてくる。
瀬名君の両親も一緒だ。
「二人共話がはずんだようでよかったじゃないか」
両親が合流した。
伝統的なお見合いでは初日はこれでお開きになる。
私は呆然としたまま、両親に連れられて家に帰った。
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