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「二人でお庭を散歩して来たら」
仲人が言った。
都心の一等地にあるこのホテルには広い庭園があった。庭園を囲むようにホテルの建物が建っていて、庭園の中は静かで人も少なかった。
僕らは、両家の両親と仲人がホテル内のコーヒーショップに場所を変えてお茶をしている間、二人で庭園を散歩することになった。
「久しぶりだね」
両親たちの姿が見えなくなったところで僕は佐和子に言った。
「どうしてなの」
佐和子がキッとした目で僕を見て言った。
「どうしてって……」
「なんで私とお見合いするのよ」
「それは……」
相手が佐和子とは知らなかったとは言いかねて、言葉を濁した。
そんなことを言えば、もっと激怒しそうな気がしたからだ。
「あの頃と同じね。いつもごまかしてばかりで、ちゃんと言ってくれないのね。私のことなんかどうでもいいのね」
「そんなことないよ」
僕は佐和子を見た。
佐和子は白いワンピースを着ていて、赤銅色の髪が陽光に輝き、その白と茜色のコントラストが綺麗だった。
「何黙っているのよ。何か言いなさいよ」
10年ぶりに会った佐和子に見とれていたなんて言えなかった。
佐和子は僕に背を向けた。
そして庭園にある小さい人工の滝に向かって行った。
僕は後を追いかけた。
「ちょっと、待って」
その時、佐和子が石畳の端にヒールを引っ掛けてよろめいた。
すぐ目の前は池だった。
そのまま倒れると池に落ちるおそれがあった。
僕はとっさに佐和子を抱きかかえるようにして支えた。
佐和子が僕の方を向いた。
目には涙が貯まっていた。
思わず、僕はそのまま佐和子を抱きよせてキスしてしまった。
(えっ)
佐和子は目を見開いて驚いた顔をしたが、僕も自分の行動に驚いていた。
10年前に初めてキスをかわしてから、僕らは何度もキスをした。
今思えば下手くそなキスだったが二人きりになると夢中になってしていた。
そんな過去に刷り込まれた行為の条件反射だったのだろうか。
「もう馬鹿」
佐和子の平手が飛んできて左の頬を打たれた。