無能貴族とだけは結婚したくない
やべえまじやべえ
これはあっちの頭が悪いのか、わたしの読解力がないのかどちらだろう?
貴族社会は窮屈だ。生まれたときから貴族は貴族で、どんなに祈っても願っても他の道に進むことは許されない。家どうしの格のため、領民のため、国のために生きて、死ぬ。平民と比べれば、食べるものにもそこまで困らず着るものにもそこまで困らず、清潔な環境で過ごせるので感染病のリスクも低い。何がいいとか、幸せだとか、そんなことを考えてはいけないのである。
そんな貴族でも、唯一、その窮屈な世界から爪弾きになれることもある。それは、徹底的な無能であること。
貴族ならどんなに無能であっても、というのは間違いだ。貴族の仕事ができないどころか、その意味が理解できない無能は爪弾きにされる。とは言え、幼少からある程度の教育を受けていれば、どんな無能でも「ちょっとやばいけど普通の人」くらいにはなれるものだ。無能でい続けることは難しい。
よほどの天才でなければ。
「よう、これから世話になるわ」
「……」
身一つで我が家にズカズカと入ってきたのは、親同士の親交が深い某伯爵家の「無能」である。
「いや、世話になるって何?」
「手紙見ただろ?」
「まじやべえっていうあの怪文書?」
応接室のそこそこ高いソファに深く腰かけ、股を大きく開ける目の前の無能貴族に、我が家の従者は完全にドン引きしている。
「そういうことで一つ頼む」
「どういうこと!?」
「婚約者に逃げられて、伯爵様がカンカンなんだよ」
どうしよう、やはりわたしは読解力がないかもしれない。
言葉足らずな奴の話を紡ぐと、ようはこういうことのようだ。多少顔はよい奴は、無能であることを父である伯爵がひた隠しに、格が上のご令嬢と婚約させた。ところがこの無能、礼儀作法に疎く、もちろん女性の扱いなど論外ときたものだから、あちらのご令嬢がへそを曲げてしまったらしい。贈り物をしろと渡された宝石はその日のうちに質屋に出し、そのこともすぐに露見し婚約破棄からの「やべえまじやべえ」という話。馬鹿なのか?
「……頭が悪いの?」
「は?元気だけど」
馬鹿だ、とわたしの後ろで侍女がつぶやく。本来ならたしなめるべきなのだろうが、嘘をつくなが我が家のモットーなので注意もできない。
「今すぐ伯爵様に謝罪して」
「やだ」
「あのねえ。わたしの家もあなたみたいな人を庇い立てなんてできないわ」
「なんで」
「なんでって」
「とにかく俺はここにいる」
その宣言通り、この無能貴族は本当に我が家に居座ってしまった。お父様や執事が画策して追い出そうとしてものらりくらりとかわしてしまう。そうして気づけば、一部の従者を自分の腹心にまでしてしまっていた。
そう、奴をどうにかすることはきっと誰にもできない。彼は天才的なまでに、無能なのだから。
「そういえばお前、なかなか婚約できないんだって?」
「……は?」
「壊滅的な性格って評判だもんなあ」
心底いい笑顔で悪魔の言葉を放つこの男の首を今すぐ絞め上げたい気持ちをなんとかおさえ、わたしは冷静さを保とうと深呼吸する。奴の話にまじめに耳を傾ければこちらの負けだ。わたしにできること、それは徹底した無視。
「お前には貴族の仕事は無理だって」
「……」
「知らない男を立ててにこにこしてるとか無理だろ」
「……」
「だから俺が結婚してやろうか?」
「はあ!?」
無理だった。とんでもない発言でわたしの固い意志は吹っ飛んでしまった。
「あんた、何を」
「お前がなんて言っても無理だ。あきらめろ」
そうしてこの男は憎たらしく笑うのだ。
「どんなことをしても、お前と結婚してやるって昔言っただろ?」
あっちの頭が悪いのか、わたしの心が弱いのかどちらだろう?




