行き過ぎたチョコミン党員は歯磨き粉を食う
「暑い、暑過ぎる。死ぬる!」
温暖化の影響か知らんが、地獄の業火とも思える熱気が私の脳を焼き尽くそうとしていた。
はいということで、唐突ですが今の私のI.Qは5です。
なんなんだいきなりと思った方のために説明してさしあげると、実は私はこの連日の猛暑で、脳みそが溶とけ蕩とろけ、鼻の穴から流れ出してしまったのです。
──というのは冗談ですが、しかし本当にそうなりそうだと思った私は、何か対策を考えなければならなかったのです。
そこで登場するのが、クーラーだ。
うちにもクーラーはあった。ならつければいいだけなのだが、つけなかった。
では何故つけないのか? 早い話がうちのクーラーは壊れてしまっている。この件についてひとつ、誰とも分からない誰かに文句が言いたい。いや、文句なんておこがましかった。どうか私の愚かさを聞いてほしい。
皆はこんな話を聞いたことがないだろうか?
『クーラーはつけっぱなしの方が、電気代がかからないんだよ』──と。
そんな馬鹿な、と聞いた当初は鼻で笑っていた私だったが、実際に試してみると確かに安く済んでいた。
その仕組みは、説明を聞けばなるほど単純で、こまめにつけたり消したりていると、気温の変化が激しくなる。つまりクーラーは暑い状態から涼しい状態にもっていく時に一番エネルギーを使うということで、暑くなったからつけ、涼しくなったら消すということをするよりは、一度涼しくなったなら、そこから消さずにずっと涼しい状態を維持し続ける方がエネルギー消費が少なく済み、結果かかる値段も安く済むというわけだった。
そう、だから去年はつけっぱなしにして一夏ひとなつを快適に過ごしたのだ。
だがこうも考えて欲しい。
一夏──すなわち約三ヵ月ほどの間、毎日酷暑が続く中、ずーーーーっと、一度も休む事なく、クーラーは稼働し続けたわけだ。
…………。
もう壊れた原因はわかっただろう。
しかし壊れてしまっては仕方がない。私は近所のコンビニへと涼すずみに向かうことにした。
◆◆◆
「いらっしゃっせ〜……」
「うおぉっしゃあぁあぁぁぁッ!!! ───ぶッ」
入店した途端だった。
今まで暑さで抜けていた気力が、まるで握にぎったスポンジを水中で手放したかのように、私の体の中に流れ込んできたのだ。
それゆえ、あの雄叫び。
当然と言えば当然だが、店員は私のことを凄まじい眼力で睨んでいた。鋭い視線が痛い。(すんません)
ついでに叫んだら、りきんで屁が出てしまった。(ほんとすんません)
ただ涼みに来ただけなのに、この失態しったい。全く何をやっているだ、私は。
雑誌の立ち読みでもして涼もうという腹はらづもりが、しかしこの状況──かなり気まずい。私がマゾヒストならこの状況はある意味ご褒美なのだろうけれど、あいにく私はそういった性癖は持ち合わせていなかった。
本当に心底しんそこ悔しい所ではあるが、来て早々でもあるのだが、私はすぐ帰ることにした。
そして何も買わないのもアレかと思ったため(というより店員からの視線が痛かったため)せっかくなのでアイスでも買うことにした。それこそ何も買わなければ、ヤバイ奴になってしまう。
ということで、屁へこき主ぬしはアイスコーナーへと向かった。
◆◆◆
(あぁっ♡ 死んでもいいぃぃ……)
冷気に当てられ、私の意識は瞬間しゅんかん、あの世へと旅立とうとしていた。さらば現世。
だが直後──
“ギランッ”
再び店員からの鋭い視線が私を貫き、私はびゅっと息を吹き返した。グッバイ来世。
おそらくだが、恍惚こうこつとした私の表情が、それはそれはキモかったのだろう。ちらっと店員を見ると、やはり私を変態を見る目で睨んでいた。
「……」
それから本当に気まずいと感じた私は、適当にアイスを選んで、まるで何事もなかったかのようにレジへと向かった。
「お会計、198円になります」
そこはプロ、にこやかに対応してくれた。だが、
「あ…………一万円で」
「──チッ」
露骨に嫌な態度を取られ、私は本当に申し訳なく思った。
そして最後の最後まで店員の視線が痛かった。
◆◆◆
外に出てみると、そこは地獄だった。
釜茹ゆで地獄だろうか、熱気で陽炎が出来ている。
(クッソ暑ぃ……。食べながら帰ろう。)
──と思ったがしくじった。スプーンをもらうのを忘れていた。距離的には今からコンビニに戻るのもそれほど苦労しないが、しかし私を睨ねめ付ける目をしていたあの店員に会うのは、気まずくて店員にも申し訳ない。
「はぁ……。もう……」
ということで、仕方なく家まで我慢した。
家に着く頃には私はまた、萎しなびたきゅうりのように気力が抜けていた。本当にこの暑さはなんとかして欲しいところだ。
だが今の私にはコ・レ・がある。そう、アイスだ!
気を取り直し、私はビニール袋を開く。
「さあって、アイスアイスぅ♡ ………………あ゛あ゛ん(╬ಠ益ಠ)怒」
ビニール袋を覗のぞき、私はギョッとし驚いた。
さて問題です。何故私は袋をのぞいてギョッとしたのでしょうか?
⑴ 店員がアイスを温めていた。
⑵ アイスと間違えてアイヌを買っていた。
⑶ いつのまにか袋が、散歩時に犬の糞を処理するうんこ袋にすり替わっていた。
さて、気になる正解は……
正解は………………⑷の『変な味のアイスを選んでいた』です。選択肢にないじゃないかと怒らないでください。私のI.Qは今3くらいです。
ということで、どういうことでしょう? 私(屁こき)が一刻も早く去ろうと思ってよく見ずに買ったアイス。それはなんと──
_人人人人人人人_
> チョコミント <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^ω^ ̄
──だったのです。
普段ならまず選ばないその味。特別嫌っていたわけではないけれど、あのイメージから微妙に抵抗を感じていた代物。
俗に言う──歯・磨・き・粉・味・。
この味を最後に食べたのはいつだっただろうか。記憶を探ってみると、あれはたしか、小学生の夏休みの時だ。友達がチョコアイスに歯磨き粉をかけて食べていたのを少し分けてもらった時だ。
(いや、アレは厳密にはチョコミント味ではないしな。ていうかなんで私はそれを食べたんだろう? )
チョコミントで思い出したが、私にはチョコミン党所属の友人がいた。彼は相当なチョコミント愛好者だった。
今彼は何をしているのだろうか……?
そんな長らく会ってない友人のことを思い出しながら、私はスプーンを用意して、人を駄目にし腐らせるともっぱらの噂であるソファーに、どかっと腰を埋めた。
まあまあ、それはさておいて。
早く涼もうではないか!
さあ、蓋ふたを剥はがし、いざ実食じっしょくっ!
「うんうん、普通にうま…………ん?」
アイスが舌に触れた瞬間、冷たさに脳が喜んだ。──あぁ至福なり。
だが直後、冷たさと同時に爽やかさが口の中に広がった。──おや? おやおや?
この感覚、まさしく──
_人人人人人人_
>歯磨き粉ぉ!<
 ̄Y^Y^Y^Y^ω^ ォッォッ
その時何やら脳がバグっているようだった。
(脳が……バ、バグってバググっておリます。こ、れれはなんんんだ にょ? どウなっっての──?)
恐ろしい食べ物──それがチョコミントアイス。
第一印象は爽やか。そして歯磨き粉。
しかしながらよく咀嚼そしゃくしていくうちに、チョコの仄ほのかな苦さと甘みがふっと湧き上がってくるのを感じた。完全な歯磨き粉ではない。(当たり前だ。)
いや、むしろ歯磨き粉より冷たさが加わっている分、より爽やかに感じる。
……あ、そういえば彼は、歯磨き粉を冷蔵庫に入れていたなぁ……。なんでだろう。
まあそれはどうでもいい。
考えてはダメな気がして、私はとりあえずアイスを口に運ぶ。
さてではもう一口。パクリ。
「うぅ涼しいぃ〜〜」
そして更にもう一口。クリパ。
「ああ涼しい。……ん……あれ?」
……しかし……何故だろう。
不思議な感覚に襲われる。
不味くはないのだ。そう、決して食べられなくもないのだが、しかし、美味いとも思えない。
今は暑いからか、昔食べたとはいえ珍しい味に興味があるだけなのか、こうしてパクパクと食べられてしまうのではあるが、ではこれが果たしてクーラーの効いた涼しい部屋だったなら、美味しいと思えるのだろうか?
「ん…………ま、いっか!」
お気楽な私は(というかI.Q2の今の私は)“まいっか”の精神でその疑問を華麗にスルーした。暑さから解放されればそれでいいのだ。
そうして半分ほど食べ、体の熱はだいぶ落ち着いてきた。だが意外なことに、まだ食べる手が止まらなかった。
この不快な爽やかさが、癖くせになっていやがる。何故だか食べられてしまう。
──だが脳は騙だませても、体の方はこの味を受け付けていなかったらしい。
徐々ジョジョにこの味に奇妙な嫌気がさしてきていた。これがミントだけのミントアイスなら食えなかっただろう。
そして気がついた。
このほんのりと感じるチョコの味がスプーンを進ませているのだと。
「あ、そうだ。チョコ成分を増やしてみよう!」
パッと頭に浮かんだこの妙案みょうあんに、私は近くにあった森永ミルクココアケーキを混ぜて食べてみることにした。
袋から取り出し、ぐちゃぐちゃっと混ぜてみる。
さて、どうなるだろう。吉と出るか凶と出るか……いざ実食!
「おぅ、ん。?わ ぇあ ぷ。ぁ─¿」
再びバグる脳。
そしてあ〜〜ら不思議。チョコを足せば良くなるだろうと思ったそれ。
が、──むしろ逆ぎゃく!!!
チョコ成分が増えた結果さきほどとは違い、口に入れた瞬間、先にチョコを感じるようになった。それはいい。予想どうりだ。
だが──!
咀嚼していくうちに、あのミントの爽やかさが身体を襲いかかってくるのだ!
チョコを食べていたと思ったら、実はチョミントでしたぁ、と言う不意打ちパンチング。まるでボディーブローを食らったかのような感覚を味わった。
チョコの中に異物感を感じて逆効果だ。
うっぷ──混ぜるのはもうよそう。
そうしてゲロりそうになった私は、残りのアイスは普通に食べることにした。だが体がある程度暑さから解放されていたため、この爽やかさが嫌というほどに嫌になってきていた。
喉越のどごしにミントを感じると不快に感じてしまう。
──そうそれは、歯磨きをしている時に口の中に溜めていた唾液を飲み込んでしまったようなあの感覚だ。
そして終盤、ほとんど溶けたアイスはより“それ”に近づいていた。
しかし残すのはもったいない。
意を決し、私はそれを飲み干した。大丈夫、似たような白い液体は何度か飲んだことがある。
( whoopsうぅぷす )
そして一息つく──。
全く、ダメだこれは。私には合わない。
全国のチョコミント愛好者には申し訳ないが、私は彼らとは仲良く出来ないだろう。
「あ、そういえば……」
そして唐突に思い出した狂信者ゆうじんのセリフ。
『アクアフレッシュより、シュミテクトの方が美味しいよ!』
「彼……生きてるのかなぁ……」
そして余韻もひとしお、猛烈もうれつに口の中をゆすぎたい衝動にかられた私は台所へ直行。口の中をすすいでしまった。(ぺっ、ぺっ)
すすぎ終わると何故だか達成感を味わっていた。なるほど、これがチョコミントを味わうということか。
意味のわからないことを一人納得する私。
「あ──」
そしてまた唐突に思い出された味覚異常者ゆうじんのセリフ。
『これ、僕が作った歯磨き粉。良かったら食・べ・て・よ・!・』
……たぶん彼、今頃死んでるんじゃないかな。
そうして暑さもすっかり抜け、気力も少し戻った私は、漠然と何をしようか考えた。さっきは暑くて何もかもする気になれなかったけど、よくよく考えたら涼しくても私にやる気なんてなかった。でもまあせっかく涼めたことだし、なんかしよう。
「そうだなぁ、まあ、甘いもの食べた後だし…………歯磨きでもするかな」