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最後の四十七士  作者: ロッド
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追憶

(・・・これは一体・・・)


 釈真と共に食事を済ませた吉右衛門。

 今度は寺の小僧達と一緒に境内の掃除をしていた。

 不思議な感覚であった。

 あの夜、森の中で迷い力尽きた筈である。

 それが今、生きて掃除をしている。

 謎であった。


(・・・これはどうしたものか・・・)


 身に着けていたものはそのまま残っていた。

 路銀はそのままであった。

 脇差しも同様で今は腰に差してある。

 武装している吉右衛門を見て、釈真も二人の小僧もまるで気にしていなかった。

 逐電しようと思えばいつでも出来る、そんな風にも見えたのだが・・・


(・・・逃げてみた所で何処に行けばよいのか・・・)


 釈真からここが薩摩国である事だけは聞いている吉右衛門である。

 当面の目的地に到着した、とも言える。

 追っ手も易々と薩摩の地に侵入する事は至難と思えた。


(・・・疲れた)


 そう、吉右衛門は疲れていた。

 追っ手から逃げるのに、疲れていた。

 いや、生きる事にすら疲れていたのだ。

 自らの人生を思う。

 討ち入りで吉良上野介の首級(みしるし)をあげ泉岳寺まで凱旋する。

 そして大殿の墓前で切腹して果てよう。

 仲間とは仇討ち成就の暁にそうするのだと誓い合っていた。

 その筈であった。


「吉右衛門には最後の介錯を任せたぞ」


「なれば拙者は喉を突いて後を追わせて頂きまする」


「遅れるでないぞ?」


「いやいや、吉右衛門は健脚ゆえ我等が追い抜かれるやもしれぬぞ?」


 いつの日であったか、そう言って笑い合った事もあった。

 しかし大殿の墓前で命を散らす、その誓いは果たされなかった。

 大石内蔵助は仇討の後、奉行所に届け出て幕府の沙汰を待つ事にしたのである。

 その事を吉右衛門は泉岳寺への道中、小声で知らされた。


 納得するしかなかった。

 否。

 納得しきれない自分がいた。

 主人である吉田忠左衛門は仇討成就の後、吉右衛門と目を合わせる事すらしなかった。

 何故(なにゆえ)

 道理は理解していた吉右衛門であったが感情はそうではなかった。


 赤穂浪士、四十七士。

 全員が武士である。

 唯一人、吉右衛門のみが足軽であり、士分ではなかった。


「恐らく幕府は我等浪士に切腹の沙汰を下すより他あるまい」


「・・・」


 そう言われても吉右衛門に大石内蔵助の真意がまるで見えていなかった。

 内蔵助の狙いは幕府が主君・浅野内匠頭に下した沙汰が間違いだと認めさせる事であった。

 但し間違いを幕府が公式に認める事はないであろう。

 だが、斬首や磔に処する事は世間の反発は避けられない。

 それ故に名誉ある死の切腹の沙汰となる、内蔵助はそこまで読んでいた。


 事実、赤穂浪士の処分は幕府内部で紛糾する事になる。

 武士の鑑、主君の仇を討った忠の者として扱うべきか?

 幕府の沙汰に異議を唱え狼藉を働いた者として扱うべきか?

 世間の評判は赤穂浪士を称揚して止まなかった。

 赤穂浪士を是非召し抱えたいと申し出る大名や旗本が後を絶たなかった程である。


「だが吉右衛門は足軽じゃ。切腹の沙汰はあるまい」


「・・・左様でございまするな」


 そう、例え武士でも足軽には切腹の沙汰は出ない。

 死罪となれば良くて斬首、下手をすれば磔になりかねない。

 それらは切腹とは異なり不名誉な死であった。

 かと言って吉右衛門に一段低い処罰の遠島の沙汰が出るとも思えなかった。

 だが内蔵助は確信していた。

 吉右衛門は足軽であり小者であるが故に逐電しても幕府も咎めはしないと読んでいた。


「吉右衛門よ。此度の事、赤穂の残された者達に伝えよ。そなたにしか出来ぬ事じゃ」


「・・・しかしご家老様!」


「そして見届けよ。浅野家の行く末をしかと見届けるのだ!」


「・・・ご家老様・・・」


「行け!」


 吉右衛門は内蔵助の命に従うしかなかった。

 結局、逐電する形で浪士一行から別行動を取る事になった。

 ・・・悔恨の念ならある。

 命じられた通り、仇討成就を伝えて回った。

 感謝される事もあった。

 不忠者と罵られる事もあった。

 だが、そんな吉右衛門にいつの日からか、追っ手がかかるようになっていた。

 幕府の追捕ではなかった。

 それが上杉家の手の者であるのを知るのはかなり後になってからの事である。

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