お江
(・・・酷い臭いじゃ)
お江は寝藁を足し終えると男の額に手を当てた。
熱が下がらない。
息がより荒くなっており症状は悪化しつつあるようだ。
意識朦朧でも白湯を飲めれば多少はマシであろうが・・・
(・・・仕方あるまい)
強引に口移しで飲ませるしかなかった。
飲ませたら飲ませたで臭いが気になる。
まだ死臭には程遠い。
だからこそ今のうちに手当はしておくべきであった。
(・・・父上も奇矯じゃな)
お江からしたら斬り捨ててしまえば良いと思える、そんな男であった。
着替えをさせながらそう思った。
体付きだけで分かってしまうのだ。
武芸の嗜みは見て取れるが出水郷の剛の者に比べたら及ばない。
だが、お江は背中以外にも刀傷が無数にある事に気付く。
どれもお江にしてみれば擦過傷に毛が生えた程度ではあるのだが・・・
この時代に実戦を経験している武士など最早少ない。
改めてお江はその男を観察した。
観察し続けた。
どこにでもいる、そんな男に見えた。
年齢は五十に届くかどうかといった所だろうか。
やせ細っている訳ではないが、年齢による衰えは隠せない。
筋肉の付き方から農民や漁民、猟師ではないと分かる。
商人でならば身体をここまで鍛えたりしないであろう。
(・・・恐らくは武士であろうが)
「・・・ウ・・・アア・・・ァ・・・」
男の呻き声にお江は素早く反応した。
熱が上がっている。
それに男は小声で何かを呟き始め体が僅かに震え始めていた。
いい傾向ではなかった。
お江は服を脱ぎ捨てると男の横に滑り込んだ。
体を押し当て温める、今はこれ以外に打つ手がない。
(・・・何でこの私が・・・)
そう思うお江だが父の命には逆らえなかった。
今は打てる手を打つ、それしかない。
そしてお江はその男の譫言を一晩中聞かされる事になった。
翌日の朝。
男はまだ生きていた。
(・・・この男・・・)
お江は身だしなみを整えながら男を見る。
既に熱は下がり寝息も安定しており、もう命の危険はあるまい。
そして一晩世話をして分かった事がある。
(・・・さて、どう話したものか・・・)
お江は悩んでいた。
父である与五郎にどう話せばいいのか、悩んでいた。