学園祭へ向けて 1
「あ、おはよう! ジェニー」
「…………」
「あれ、聞こえなかったのかな? おはよう!」
「聞こえています! 朝からうるさいわね!」
秋休みが明け、再び学園が始まる日の朝。支度を終えて部屋を出ると、廊下でばったりジェニーに出会した。
制服に身を包み、今日も丁寧な化粧を施し髪を結い上げた彼女は、冷ややかな目で私を見て舌打ちをする。
「たかだか一度お茶を飲んだからといって、親しげな顔をしないでください。目障りだわ」
「そんな飲み捨てみたいな……」
「何よ飲み捨てって」
それだけ言うと、ジェニーはすたすたと廊下を歩いて食堂へと向かっていく。安定の態度に妙な安心感すら覚えながら、私も朝食をとりにいこうとした時だった。
「おはよ、レーネちゃん」
「ひっ」
突然ユリウスが後ろから抱きついてきて、驚きや妙なドキドキで口から短い悲鳴が漏れる。一体どこから聞いていたのだろうと、冷や汗が流れていく。
「あんな思いっきり挨拶を無視してくるジェニーとレーネが、二人きりでお茶したの? 本当に?」
全然最初からだった。会話の内容まではバレないようにしなければと思いながら、必死に平静を装う。
「ほら私、最近お茶にハマってるでしょ? で、ジェニーがすごく珍しい茶葉があるって言うから、土下座の勢いで懇願して一杯だけ飲ませてもらったの」
「ふうん、それなら俺がいくらでも用意するのに」
なんとか納得してくれたようで、ユリウスは微笑むと「行こっか」と私の手を引き、食堂へと歩き出した。
こんないつも通りのことでも、やはり私の心臓はうるさいくらいに早鐘を打ち続けている。
男性の免疫がなさすぎる自分を心底呪いながら、緊張しつつ大きな手を少しだけ握り返す。
「学祭準備がある日も一緒に帰ろうね」
「わ、分かった」
「同じ学年だったら良かったのにな」
「そんなの兄妹の定義が崩れ……あっ、既にジェニーとは同級生姉妹だった」
改めて考えてみても、ウェインライト伯爵家の闇は深すぎる。その後、ユリウスは手を繋いだまま両親やジェニーが待つ食堂へ入ろうとするものだから、引き剥がすのにかなり苦労した。
そんなこんなで登校し、教室へ入り元気に挨拶をすると、クラスメイト達は次々と挨拶を返してくれる。それだけですごく嬉しくて、じーんと胸が温かくなった。
「おはよう、テレーゼ!」
「ふふ、朝から元気ね。おはよう、レーネ」
一週間ぶりのテレーゼの美しさに目がチカチカしながら席につくと、私達の席の周りには「おはよう!」とユッテちゃん達が集まってくる。
みんな学園祭の話題で浮き立っているようだ。
「学園祭と言えば恋だよ! 学園祭ラブチャンス!」
やけにイベントが多い中、毎回そう言っている気がするけれど、その貪欲さを見習いたいといつも思う。
「ユッテ、気合入ってるよね。秋休みも朝から晩まで運動してダイエットしてたんでしょ? 偉いよ」
「すごいね! さらに可愛くなった気がするもん」
「ふふ、ありがとう。やっぱり好きな人には、少しでも可愛いって思われたいなあって」
「か、かわいい……私、全力で応援するから!」
音楽祭で隣席になったイケメン先輩との仲は順調なようで、幸せそうな様子を見ているだけで、つられて笑顔になってしまう。
「告白はしないの?」
「後夜祭の花火の時に告白しようと思ってるんだ」
「花火なんてあるんだ」
「レーネちゃん、知らないの!? 後夜祭の花火を手を繋ぎながら一緒に見ると、結ばれるって話!」
ディスティニーシートといい、ハートフル学園には一体いくつジンクスがあるのだろうか。
けれど本当に好きな人ができたら、いくつもあるジンクスに頼りたくなるくらい、一生懸命になれるのかもしれない。やはりそんな恋には憧れるなと思いながら、みんなの話に耳を傾ける。
「レーネちゃんは何かないの?」
「私は相変わらずさっぱり。音楽祭だって兄のユリウスと隣になっちゃったし」
「あの席、100パーセントの効果があるって聞いてたのに、不思議だよね」
恋はしたいものの、私はまずランク試験をなんとかしなければならないのだ。
学園祭ラブに関してはユッテちゃんの応援に徹しようと思っていると、委員長が教卓に立った。
「今年はクラスごとの出店はなくなり、やりたい人達だけやることになったそうです。メンバーは学年クラス問いませんので、自由に仲間を集って参加してください」
「えっ」
あまりにも雑すぎる。クラスメイト達とクラスTシャツなんかを作り、放課後に残って一緒に作業し絆を深めるというのが学園祭の醍醐味だと思っていたのに。
けれど、そう決まってしまったものは仕方ない。当日友人達と楽しく回るだけにして、大人しく冬のランク試験の勉強に集中しようと考えていた時だった。
「また、今回は売り上げが最も多かった上位3チームには、ランク試験での加点があるそうです」
「ええっ」
ちょっと待ってほしい。そうなると、話は180度どころか540度くらい変わってくる。
ランク試験の加点というのは、あまりにも大きい。どうやら初めてのことらしく、クラス中が騒ついていた。
──そしてふと、他クラスの攻略対象とも交流ができるように、という雑な設定ではないかと思い至った。
もう少し何かあっただろうと心の中で突っ込みつつ、ここはぜひ参加し、上位を狙いたいところだ。
「参加希望の方は、今週末までに申し込みをお願いします。メンバーは10名から20名です」
それだけ言い、委員長は自席へと戻っていく。とにかくまずは仲間を集めなければと、私は気合いを入れた。