変わらずにはいられない 3
その後、坐禅を組み心を落ち着かせようとしていたところ、シンプルな白いシャツと紺のパンツに着替えたユリウスが再びやってきた。
着替えるのみで荷物も解くことなく、本当に置いてきただけのようで、驚いてしまう。
「は、早いね」
「うん。少しでもレーネと過ごしたくて」
そんなことをさらりと言うと、ユリウスはこちらへ近づいてきた。顔とスタイルが良すぎると、シンプルな服装が何よりも似合うのだと思い知らされる。
同時にまたどきりとしてしまい、自身の頬を思い切り叩いた私を見て、ユリウスは形の良い眉を顰めた。
「なにやってんの? ほんとレーネ変じゃない?」
「心を鎮め邪念を払っているのです、これからは勉強に集中しようと思いまして」
「ああ、冬のランク試験?」
床に座っていた私の側にしゃがみ込み、納得したように頷く。いちいち近いので心臓に悪い。
「でもその前には学園祭もあるし」
「が、学園祭!?」
「後はレーネの誕生日も」
「わ、私の誕生日……!?」
驚いて顔を上げると、ユリウスは「やっぱりそれも忘れてたんだ」と目を瞬いた。
「1月20日がレーネの誕生日」
「そうなんだ……はっ、もしかして私もユリウスの時みたいな盛大なパーティを……?」
夏にはユリウスの誕生日があったけれど、その際には貴族まみれの大規模なパーティがあったのだ。突然ダンスをさせられ、冷や汗が止まらなかった記憶がある。
「ううん、レーネは毎年嫌だって言うから夕食を家族でとるだけだったよ」
「よ、良かった……」
ユリウスのように立ち回れる気などしないし、不安しかないためほっとする。
──前世でも毎年誕生日はいつも通り仕事で、帰り道にコンビニで小さなケーキを買って帰るくらいだった。
そして買っておいたゲームを開封し、プレイするというのが恒例だったものの、今思うとあまりにも寂しい誕生日で、ホロリと涙が出そうだ。
「来年も嫌なんだ?」
「うん、私はユリウスとかみんなと過ごせたら嬉しいな……あっでも忘れて、何でもない」
よく誕生日パーティをしました的な投稿をSNSで見かけたりしていたけれど、ああいうのはきっと周りの友人たちが企画して開かれるものに違いない。
私から当日に遊ぼうと誘っては、プレゼントだったりと色々気を遣わせてしまうだろう。
「そう言えば、一年冬のランク試験の技術試験は、的当ての代わりに魔法付与だよね。よかったらまた教えてもらってもいい?」
「いいよ、もちろん」
今までユリウスと練習するたび、急激に成長できていた理由も、彼が攻略対象だったからなのだろう。
今後は存分にその恩恵に甘えさせていただき、ランクアップを目指していきたいと思っている。
「でも、明日からにしようよ。こうしてちゃんと一緒に過ごすのも数日ぶりだし、ゆっくりしたいな」
ユリウスは立ち上がり、私に手を差し出す。その手を取ればぐいと引き上げられ、抱きしめられた。
「あー、落ち着く」
「…………っ」
ユリウスと真逆で、私はドキドキが止まらず口から心臓が出そうになる。こんな調子で大丈夫なのだろうか。
優しい体温と甘い香りにくらくらとしてきた私は、ぐいとユリウスの胸元を両手で押すと、数歩後ずさった。
「そうだ! お、お茶! 飲もう!」
「別に喉は乾いてないけど」
「テレーゼから届いたの! ほら、夏休みにリドル侯爵領で飲んで美味しかったやつ!」
そうしてソファへ移動し、メイドを呼んでお茶を淹れてもらった後、空気と話題を変えるべく私は気になっていた学園祭について尋ねてみることにする。
「そう言えば、学園祭って何をするの?」
「普通だよ。各クラスで店をやったり、後は毎年違ったイベントをやってるかな。去年はミスターミスコン」
「うわあ……」
少女漫画の世界のイベントに、妙な感動すら覚えてしまう。その前の年は大食い大会だったようで、相変わらずブレブレな世界観だ。
「それ、ユリウスも出たの?」
「出たっていうか、勝手に投票されててさ。気が付いたら優勝してた」
「う、うわあ……」
やはりこの兄、主人公すぎる。ちなみに去年の1年の優勝は、ユリウスとミレーヌ様だったらしい。納得だ。
私達の学年なら誰が優勝するのだろう。やっぱりテレーゼや王子、ラインハルトあたりだろうか。私は迷わず吉田に投票するに違いない。
「確か秋休み明けから準備が始まるから、そろそろだと思うよ。今年は何だろうね」
どうやら学園祭が終わるまでは準備で忙しくなるようで、放課後もみんな残って準備をするんだとか。
もちろん楽しみではあるけれど、勉強はあまりできそうにないなと少しの焦燥感を感じていると、ユリウスは私の頭をぽんと撫でた。
「勉強もちゃんと俺が教えてあげるから、安心して」
「ユリウス……」
「学園祭、楽しめるといいね」
「うん、ありがとう」
私を利用したいだけならば、絶対にこんなことは言わないはず。ユリウスの気持ちに胸が温かくなるのを感じつつ、先程とは違う胸の高鳴りを感じる。
「……なんだろう、これ」
「うん?」
思わず口に出してしまい顔を覗き込まれた私は、慌ててユリウスの手元にあった紙袋を指差した。
「そ、その包みが何かなって」
「これ? レーネへのお土産だよ」
「……あ」
秋休み前、お土産を交換しようと約束したのだ。
元々は当たり障りのないものを買おうと思っていたけれど、結局色々とバレたため、私もエレパレスで買ってきていた。
「私もユリウスに買ってきたから、交換しよう!」
「そうだね」
そうしてお互いにお土産を渡し、ドキドキしながら包みを開けた私の口からは、間の抜けた声が漏れる。
なんと紙袋の中に入っていたキーホルダーは、私がユリウスに買ってきたものと同じだったからだ。
なかなか高かったけれど中心には小さな宝石がついており、その色まで全く同じだった。
「驚いたな、まさか同じだなんて」
「ね、本当にびっくりした。こんなことってあるんだ」
「結局お揃いになったね」
顔を見合わせて笑い、改めて手のひらの中のキーホルダーを見つめる。幸福を呼ぶ形というお洒落なデザインの中心で輝く宝石は何種類かあり、私はユリウスの瞳と同じ色のものを選んでいた。
「ユリウスはどうしてこの色を選んだの?」
「レーネがこれを見る度に、俺のことを思い出してくれたらいいなって思って」
「なにそれ、それなら私はピンク色の宝石がついたキーホルダーを買えば良かったかな」
いつもと変わらないシスコンの兄に、私も少しだけ肩の力が抜け、ふざけてそう言ったのに。
「俺は物なんてなくても、ずっとレーネのことだけ考えてるから大丈夫だよ」
至近距離で見つめられ、当たり前のようにそう言われたことで、あっという間に顔に熱が集まっていく。
本当にいい加減にしてほしいと思いながら、パッと顔を背けて俯いた私を見て、ユリウスはくすりと笑う。
「なに? 本気で照れてくれてんの? なんて──」
そこまで言いかけて、言葉が止まる。動揺しすぎている私を見て、何か気付いてしまったのかもしれない。
「……え、本当に?」
ユリウスの声色が、真剣なものへと変わる。
このままではユリウスの求める「妹」ではなくなってしまうと思った私は、きつく両手を握り締めると、なんとか笑顔を作り顔を上げた。
「ま、まさか! あまりにもシスコンすぎて恥ずかしいなと思っただけ。外ではやめてよね」
「……ふうん? そっか」
それ以上は何も言われず、少しだけほっとする。
いつも落ち着いている吉田や王子あたりに、平常心を保つ方法を教えてもらおうなんて考えながら、私はキーホルダーをそっと握りしめた。