変わらずにはいられない 1
8月20日に2巻が発売です! カバーイラストなどいろいろなお知らせはあとがきにて♪
ジェニーの部屋のドアをノックするとすぐに「どうぞ」という声が聞こえ、私はそうっとドアを開けた。
「失礼しまーす……」
中へ入ると、私の部屋と同じ作りとは思えないくらい、豪華で高級感ある空間が広がっていて驚いてしまう。びっくりするくらい良い香りもする。
白と水色を基調にした部屋の中心には、これまたお高そうなテーブルセットがあり、既にお茶の準備がされている。
足を組み、椅子に座っていたジェニーは私をちらりと見ると、向かいの席を手で指し示した。
「座ってください」
椅子に座ると、すぐにメイドがお茶を入れてくれ、ずらりと並ぶ可愛らしいお茶菓子の前に、ティーカップが置かれる。
まさかあのジェニーがこんな丁寧に出迎えてくれるとは思わず、驚いてしまう。
「急にごめんね。準備もありがとう」
「これくらい最低限以下です。お姉様も伯爵令嬢として、少しは勉強したらいかがですか?」
「……スミマセン」
それに関しては、返す言葉がない。ジェニーは所作だって綺麗だしマナーもしっかりしていて、時折口は悪いものの、どこからどう見ても完璧な貴族令嬢だ。
正直、人生どころか命のかかったランク試験へ全力を注ぎたいけれど、今後もこの世界で生きていくことを考えると、そういった勉強もすべきだろう。そこだけはジェニーを見習いたい。
ジェニーはメイドを下がらせると優雅な手つきで紅茶を一口飲み、静かにティーカップをソーサーに置いた。
「それで、聞きたいことって?」
「この家について聞きたいの。私って記憶喪失でしょう? 本当に何も覚えていなくて、その、誰とも血が繋がっていないっていうのも数日前に知りまして……」
正直にそう話せば、ジェニーは「は?」と言いたげな呆れた顔をする。
けれどやがて、大きな溜め息を吐いた。
「……今まで反応や話が噛み合っていなかったことに、納得がいきました。会話が成り立たないほど、頭が悪すぎた訳ではなかったのですね」
「ちょっと」
本人を前にしてここまで悪口を言えるのは、一周回って清々しさすら感じる。
ジェニーは全く気にする様子がないまま、続けた。
「まあ、兄妹全員の血が繋がっていないなんて、褒められたことではないもの。極力隠していますし、特にお姉様の母親は社交の場に出ることもなかったので、周りが知らないのも当然でしょう」
「そうなんだ……」
「特にお母様は前妻が平民だなんて恥ずかしいと常に言っていますし、事情を知る人間にはきっちり箝口令を敷いているのかもしれませんね」
なるほど、と納得してしまう。それが理由なら、同じく貴族である友人達が知らなかったことにも頷ける。
使用人達も口に出さず、ローザのような新人メイドは知らないため、屋敷内でも私が知ることはなかったのだ。セシルだって、あえて「お前ら血が繋がってないだろ」なんて当たり前のことをわざわざ言うはずがない。
「まあ、こんな話を知ったところで状況は何も変わりませんよ。大人しく低ランクで足掻いていてください」
「状況って?」
何のことだろうと首を傾げていると、「一から百まで説明しないと何も分からないなんて、本当に面倒ですね」と舌打ちされてしまった。
とは言え、色々と教えてもらっている立場の私は「スミマセン……」と大人しく謝っておく。
「お兄様が伯爵家を継ぐのは決定事項ですが、その妻の座はまだ決まっていないでしょう?」
「うん。ユリウス、婚約者とかいないみたいだし」
以前、兄の誕生日パーティーで「父が決めた相手とすることになっています」と話していた記憶はある。
けれど相手の話など聞いていないし、まだ決まっていないと思っていたのだけれど。
「それ、私とお姉様のどちらかなのよ」
「うん?」
信じられない言葉が耳に届き、私は即座に聞き返す。するとジェニーは大きな溜め息を吐いてみせた。
「はあ、何度も同じことを言わせないでください。ですから、私とお姉様、卒業時に成績の良かった方がお兄様と結婚することになっているんです」
「…………な、なんて?」
これが聞き返さずにいられるだろうか。私とジェニーのどちらかがユリウスと結婚だなんて、意味が分からなさすぎる。
何度聞いても理解できそうになく、呆然とする私とは裏腹にジェニーは頬杖をつき、可愛らしい色をしたマカロンを食べている。
「お父様はとっくにおかしいのよ。……お母様もね」
いつも両親の前でにこにこと愛想の良い笑みを浮かべているジェニーは、まるで別人のように冷たくそう言ってのけた。
──それから詳しく話を聞いたところ、自身が魔法使いではないことに異常なほどコンプレックスを抱いている父は、この家から優秀な魔法使いを出すこと、魔法使いの血を濃くすることに対して執着しているという。
魔法使いから魔法使いは生まれやすいらしいけれど、他に方法などいくらでもあるはずなのに。
「ど、どうかしてる……」
「本当にね」
仮にも私達は兄妹なのだ。妹同士を争わせた末に兄と結婚させるなんて、どうかしているとしか思えない。
バッドエンドまみれな上になんという悪趣味な設定を作ってくれたんだと、心底ゲーム製作者を恨んだ。
そんな中、ふと過去の記憶が蘇る。
『レーネには、卒業までにSランクを目指して欲しい』
『俺の人生が掛かってるんだ』
『今日は俺達の将来のために、レーネをみんなにお披露目する日にしようと思ってるんだ』
『俺、この家をいずれ乗っ取るつもりだから』
『何があっても、俺のことを嫌いにならないでね』
そして、気付いてしまう。
ユリウスには何か事情があって、この家を乗っ取ろうとしており──そのためにはジェニーではなく、私と結婚する必要があるのではないだろうか。
『……ねえ、俺を助けてくれないかな?』
あの時のユリウスはいつもの冗談なんかじゃなく、本気で救いを求めているように見えたのだ。
「とにかく、お姉様はこれまで通り大人しくしていてください。どうせ足掻いたって私に勝つのは無理でしょうし、お兄様と結婚するのは私──」
「ごめん」
「えっ?」
ジェニーの言葉を遮るようにそう言ったことで、彼女は顔を上げ、形の良い眉を寄せる。
私はきつく手のひらを握りしめると、口を開いた。
「……私、ジェニーには負けられないかもしれない」
【お知らせ】
8月20日に「チート兄」2巻が発売します……!! 本日から予約開始しております♪
見てください、楽しい夏休み感もありつつ美男美女祭りのカバーイラストを……!!!!( ; ᴗ ; )
可愛い可愛いレーネ、格好よすぎるユリウス、安定の吉田、そしてカバー初登場のアーノルドです。
そしてなんと!! TOブックスオンラインストアさまにて、1巻・2巻の「直筆サイン本」「キャンバスアートボード」のグッズ販売も開始です!!
サイン本は期間内であれば"必ず"ご購入いただけます(お一人様各2点まで)
ご予約入るかなって大変ドキドキしているので、何卒よろしくお願いします……!
※どちらも期間限定販売(7/18迄)です。
サインは各巻のカラーに合わせた色のペンで、こんな感じで書かせていただきます♬
(※写真はイメージで、こちらは別作品です)
【書き下ろし・特典について】
・書籍書き下ろし(1万字)
『抱き合ってお互いに「好き」と言わないと出られない部屋』×5キャラ分
・オンラインストア特典ペーパー
『レーネ、合コンへ行く』
友人の付き合いで合コンに行ったところ隣の席にユリウスがいた地獄の話
・電子特典SS
『嘘と本当』
嘘発見器でユリウスの本音を聞く話
そして"3巻"の製作も決定しております!( ; ᴗ ; )
「チート兄の書籍買おうか悩んでいたんだよな~」という皆さま、今がチャンスです(必死の宣伝)
定価で1・2巻のサイン本(+書籍書き下ろし)、2冊分のオンラインストア特典SSペーパーをゲットできちゃいます……!
(7/1発売の「成り行き婚」コミックス1巻と合わせて3冊ご購入いただくと、送料無料になります!)
チート兄は4巻、5巻と出せるように連載を続けていけたらと思っていまして、書籍をお迎えいただき、応援していただけると嬉しいです……!!!(特にオンラインストアでのご購入は続刊やさらなるグッズ化にも繋がります)
いつも本当にありがとうございます!
今後ともよろしくお願いします……( ; ᴗ ; )