エレパレスの夜
「それじゃあ、私は部屋に戻ろうかな。一足先に王都に帰って待ってるから、最終日たくさん遊ぼうね!」
「うん。気をつけて帰ってね」
頭を撫でてくれたユリウスと離れて部屋に戻ろうとしたところ、不意に腕を引かれ、再び抱きしめられる。
「……ユリウス?」
「レーネが俺の見えないところにいるの、嫌だなって」
「重いよ」
「早く俺しか見えないようにしないと」
そんな恐ろしいことを笑顔で言われた私は再び「重いよ」と突っ込んだ後、いつもの兄だとどこか安心さえしながら、吉田達の待つ部屋に戻った。
ユリウスが向かいの部屋だったと話したところ、ヴィリーは「お前の兄ちゃん、やっぱなんかすげえよな」と語彙力のない感想を述べていた。
色々とあったものの、ユリウスとの関係は変わらずにいられそうで、あらためて安堵する。
「飯、すげー美味かったな! 生肉みたいなやつ、今すぐまた食いてえもん。あ、先シャワー浴びてこいよ」
「すごいね、そのセリフを健全に言えるの」
吉田とヴィリーと美味しい夕食をいただき、部屋に備え付けのシャワーを先に浴びさせてもらった私はソファに座り、のんびりと雑誌に目を通す。
次にシャワーを浴びたヴィリーはお腹いっぱいで眠くなったのか、髪を乾かさずに寝落ちしてしまった。
風邪を引いては困ると思い、風魔法で乾かしてあげようと余計な気遣いをした結果、あまりにも魔法が下手すぎて髪が全て立ち上がり、戦闘民族のようになってしまった。許してほしい。
シャワールームから出てきて牛乳を飲んでいた吉田はそんなヴィリーの姿を見て吹き出し、牛乳まみれになって出戻りすることになり、めちゃくちゃ怒られた。
「じゃあ、電気消すね」
「ああ」
「あ、吉田も寝る時はメガネ取るんだ」
「なぜ取らないと思った?」
そんなこんなで寝る支度を済ませた私と吉田も、並んでベッドに入った。流石に他校潜入というカロリーの高すぎるミッションにより吉田もかなり疲れたようで、先ほどから眠そうだ。
エレパレスに来てから二日しか経っていないとは思えないほど、濃い時間を過ごしたように思う。
「……なんか、私の知らないことって、たくさんあったんだなって思った。家族のことも、自分のことも」
首元まで布団を被り、ぽつりとそう呟く。
この世界について無知な自覚はあったけれど、何を知らないのかも知らない私は、想像以上にまだまだ知らないことがあるのだと実感した。
返事はないものの、隣にいる吉田はちゃんと聞いてくれている気がして、続ける。
「それにユリウスと血が繋がってないって知って、ショックだったんだと思う。きっと理由があるのも分かってるけど、隠されていたのもちょっとだけ寂しかった」
前世で家族のいなかった私にとって、血の繋がった兄という存在は、とても大きかった。
とは言え、家族にとって大切なのは血の繋がりではなく、心の繋がりだというのは分かっている。
何より私も記憶喪失だと嘘をつき、沢山のことを隠しているのだ。ひどく自分勝手な感情だというのも分かっていた。
「当然だろう。俺だって家族と血が繋がっていないと知れば、平気でいられるとは思えない。正直、明るく振る舞い続けるお前に感心すらした」
「吉田……」
「だが、お前の兄がお前を大切に思っているのは、他人の俺から見てもよく分かる。その気持ちを吐き出すのはここだけにしておけ」
話ならいくらでも聞いてやるから、と言う吉田の優しさに胸を打たれる。吉田は私だけでなく、ここにいないユリウスのことも考えてくれているのだ。
やっぱり吉田と友人になれて良かったと思いながら、本当にありがとうと言えば「ああ」とだけ返される。
「吉田に話したら、すっきりした。もう大丈夫!」
「そうか」
「本当にありがとう。将来、私と家族にならない?」
「結構だ」
そうして吉田に愛の告白をした私は布団に潜り込み、どこか晴れやかな気持ちで眠りについた。
◇◇◇
翌日、朝から三人でエレパレス観光をし、ユリウスへのお土産も買った私達はゲートで王都へと帰ってきた。
「吉田、ヴィリー、本当に本当にありがとう!」
ウェインライト伯爵家の前で馬車から降りると、二人の手を取り、改めて感謝の気持ちを伝える。
「私、絶対にSランクになって、二人を将来食べさせられるくらいのすごい人になるからね!」
「大きく出たな」
「期待しないで待ってるわ」
馬車が見えなくなるまで手を振った後、屋敷に入ったところ、すぐにジェニーに出会した。
「あら、お姉様。秋休みに入って早々、男性方と連日外泊だなんて、はしたないですね」
どうやら吉田達と別れるところを見られていたようで、呆れたような視線を向けられる。
長い髪をポニーテールにしているジェニーを見て、ふと体育祭で彼女や彼女の取り巻きに転ばされ、暴言を吐かれたことを思い出す。
『平民の娘だもの。汚らわしい』
──あの時は、ジェニーが大好きなユリウスのことも悪く言っているようなものだろうと違和感を抱いていたけれど、あれは母親が違うからこそだったのだ。
家族のことを調べるにしても、使用人は全てを話してくれるとは思えないし、流石に父には聞きづらい。
そう思った私は、じっとジェニーを見つめた。
「ねえ、ジェニー。少しだけお茶をしない?」
「はあ? 何よいきなり、毒でも入れる気?」
「もう、ジェニーじゃないんだからそんなことしないよ。少しだけ聞きたいことがあって」
ジェニーは信じられないくらいに性格が悪いけれど、過去の発言からして、私に家族関係について隠そうとはしていなそうだ。
だからこそ、ダメ元で彼女から話を聞けないかと尋ねてみたのだけれど。
「……いいわ。三十分後、私の部屋に来てください」
「えっ?」
まさかのまさかでOKされてしまい、私は戸惑いながらも自室へと戻り着替えと片付けをした後、初めてジェニーの部屋へと向かった。