偶然か必然か
「ど、どうしてここに……」
「それはこっちのセリフなんだけど」
ユリウスがなぜ、エレパレスにいるのだろう。
そう思ったけれど、そもそも行き先を聞いていなかったことを思い出す。冷静になると旅行に行く場所としては第二都市など、最有力候補だろう。
思い当たらなかった私も大概だけれど、それにしたってこの街は広いのだ。こんなタイミングでこんな場所でエンカウントしてしまうなんて、不運にも程がある。
「レーネ」
いつもよりずっとユリウスの声音は低く、かなり怒っていることが窺える。とは言え、当然だろう。シスコンのユリウスが、この状況を見て怒らないはずがない。
今の私はパーフェクト学園の制服を着てコスプレし、謎の軽薄なイケメンと手を繋いでデートしているのだ。どう頑張っても言い逃れなどできそうにない。
どうしようと内心頭を抱えていると、私達の様子を見ていたらしいディランが首を傾げた。
「あれ、誰? お前の男?」
「……ええと」
いつものように「兄です」と言おうとしたものの、なんだか引っかかってしまい、思わず口を噤む。
血は繋がっていなくとも、戸籍上は兄であることに変わりはない。そうは分かっていても、いざこうしてユリウスを目の前にすると、やはり動揺してしまう。
この世界に来た瞬間からさっきまでずっと、ユリウスは私にとって一番近い存在であり、血の繋がった兄だったのだ。たった数時間で消化できるような話ではない。
「あれ、レーネちゃん。何でこんなところにいるの?」
「ア、アーノルドさん……」
そんな中、ユリウスの後ろからアーノルドさんが顔を覗かせた。その周りにはSランク美女公爵令嬢のミレーヌ様や、美形揃いすぎるご友人達の姿がある。
アーノルドさんは私とディラン、ユリウスの顔を見比べた後、眩しいくらいの笑みを浮かべた。
「レーネちゃん、お兄ちゃんがいない隙に外泊して他の男とデートしてたんだ。悪い子だね」
「ち、ちが……わなくもなく……」
事実としては間違ってはいないけれど、それだけ聞くとかなり人聞きが悪い。本当にやめてほしい。
「ねえ、いつまで手繋いでんの?」
「あっ……すみませ……ちょ、ちょっと」
「あ、レーネのお兄さんなんですね。初めまして」
「どうも。妹からそろそろ離れてくれないかな?」
やけに楽しそうなディランに対し、ユリウスは笑顔を返したものの、目は一切笑っていない。
ユリウスの言葉を笑顔のままスルーしたディランは、手を離そうとする私を、逆にぐいと引き寄せた。
初対面の第三者でも分かる、この修羅場めいた空気を楽しんでいるに違いない。先程とても優しいとかなんとか思ってしまったのは、訂正しようと思う。
「お兄さん、レーネと全然似てないですね」
「よく言われる。それと君のお兄さんじゃないから」
空気が重すぎて、足が地面に減り込みそうだ。
──このままでは、間違いなく問答無用で王都に連れ戻されてしまう。吉田やヴィリーも待っているし、ここはひとまず逃げるべきだろう。
「クラスの友達と出掛けるんじゃなかった?」
「それは本当だよ。今はたまたまディランといるだけで、吉田とヴィリーもいるから」
「真面目なヨシダくんもいるってことは、最初からエレパレスに来ることは決めてたんだね。俺に黙って」
「……それは、ごめんなさい」
「言い訳すらしないんだ? 酷いな、レーネは」
エレパレスに何をしに来たのかを話せないのだから、言い訳なんてできるはずもない。
一秒ごとにユリウスのイライラゲージが溜まっていくことを察した私は、ひとまず逃げることにした。
「い、家に帰ったらまた話そう! ごめんね!」
ユリウスは最終日に王都に戻ってくるはず。それまでには顔を合わせる心の準備をしておこう。
そう決めて私はユリウスに背中を向けるとディランの腕を引き、塔の階段を駆け降りた。
◇◇◇
あの後、また連絡すると言ってディランと別れた私は、前日と同じホテルへ帰宅した。
『本当にさっきの、お前の兄貴なのか?』
『そうだけど……どうかした?』
『あんなの、どう見ても妹を見る目じゃねえだろ』
『…………?』
別れ際にディランが言っていた言葉が、頭から離れない。あまりにも怒りすぎたせいか、身内に向けるものとは思えないほど冷たい眼差しだったとかだろうか。
「ただいま!」
既に吉田もヴィリーも戻ってきており、ヴィリーは実家のお土産を渡してくれた。特産品で作った美味しいお菓子のようで、帰りに三人で食べようと約束する。
私もディランのオススメだというエレパレスの美味しいお菓子を二人にも買って来ていた。
ちなみに吉田はセシルとボートに乗って来たらしく、そこで買ってきたという、呪われているかのような恐ろしい見た目のボートの模型を嬉しそうに磨いている。
「二人とも、本当にありがとう! 無事に目的は達成できたから、明日は軽く観光して王都に帰ろうね」
「ああ」
「よかったな。あ、なんか美味いもん食おうぜ」
「もちろん! ご馳走させて」
夕食までまだ少し時間があるようで、何か二人に飲み物でも買ってこようと決めた私は、たしか売店的なものがあったはずだと、財布を持って部屋を出る。
「……へ」
するとちょうど目の前の部屋のドアが開き、そこから出てきたのはなんと、先程ぶりのユリウスだった。
ユリウスも驚いたようで、驚いたように両目を見開いている。けれどすぐに、呆れたような笑みを浮かべた。
「な、なんで……」
「何でって、俺もこのホテルに泊まってるからね」
偶然が奇跡レベルで重なりすぎていて、くらくらと眩暈がしてくる。流石に向かいの部屋はやりすぎだ。
もちろんまだ心の準備などできていなかった私は、逃げるように部屋に戻ろうとしたけれど、もう遅くて。
「逃がすわけないでしょ」
「ちょっ……」
そのまま手を引かれ、ユリウスの部屋へ引きずり込まれる。ドアが閉まった瞬間、両腕を掴まれ、壁に押し付けられた。
薄暗い室内でも、あまりにも距離が近すぎて、ユリウスの整いすぎた顔がはっきりと見える。
「本当、いい加減にしてくれないかな」
「……」
「俺がいない間に嘘吐いて出掛けて、他の男と二人きりで遊んで楽しかった?」
このシチェーションには、覚えがあった。──ああ、そうだ。体育祭の時や夏休みにも、こんな風に壁ドン状態になり、怒られた記憶がある。
「……なんで俺だけを見てくれないの」
けれど過去とは比べ物にならないくらい、ユリウスが苛立っていることにも、その瞳が熱を帯びていることにも、気が付いてしまった。