バッドエンド目前のヒロインに転生してしまった
「…………うそ」
「こんな嘘つかないよ?」
呆然とする私を見て、アンナさんは「レーネちゃん、どうかしたの?」とこてんと首を傾げている。
──ユリウスは攻略対象で、私とは兄妹じゃない?
そんなはずはない、誰もそんなこと言っていなかったと思ったけれど、冷静になってみると「ユリウスと血が繋がっている」とも言われたことがないのだ。
最初に説明をしてくれたメイドのローザも新人だったし、知らなかったとしても不思議ではない。
『ユリウスお兄様は、絶対に渡さないから』
『あはは、そう来たか。本当に似てないよね、俺達』
『俺達が本当の兄妹じゃなかったら、どうする?』
『もう、そういうの面倒になってきた』
『俺、お前のお兄ちゃんなんかじゃないから』
点と点が線で繋がるような感覚に、目眩がしてくる。
どうして今まで、気が付かなかったのだろう。とは言え、家族間で血が繋がっているなんて当たり前のことすぎて、確認をしろという方が無理がある。
先ほどセシルが『血は繋がってねえんだ』と言っていたことにも、納得がいく。夏休みに見つけたレーネの母からの手紙に、私のことしか書いていなかったこと、ユリウスに対して他人行儀だったことにも。
私はきっとジェニー同様、後妻の娘だったのだ。
「それなら、どうして……」
ユリウスはなぜ、本当のことを言わないのだろう。
私が勘違いしていることは明らかだったはず。いつもからかってくる流石の兄でも、勘違いしたままの私を面白がっていただけとは思えない。
「レーネちゃん、本当に大丈夫?」
「あっ、ごめんね!」
動揺しっぱなしではあるものの、他にも聞くべきことはあるのだ。落ち着けと自分に言い聞かせ、小さく深呼吸をすると私は改めて口を開いた。
「それと手紙でも言ってた、その、私の死亡BADっていうのは……?」
恐る恐る尋ねると、アンナさんは「あ」と気まずそうな顔をして、嫌な予感がしてしまう。
「そもそも無印はね、ランク試験ごとに規定ランクに達しないと即バッドエンドなんだ」
「えっ?」
セーブをこまめにしては、何度もランク試験に挑んで大変だったとアンナさんは続ける。
「次は一年冬だよね? そこでDランク、二年夏でCランク、二年冬にはBランク」
「…………?」
「三年夏の試験ではAランクに達していないとノーマルBADになっちゃうの」
「えっ……あの?」
「それで、三年の卒業試験でSランクを取らないと、ノーマルだけじゃなく死亡BADもあるんだ」
「いやいやいやいや」
本当に待ってほしい。無茶振りにも程がある。クソゲーからの無理ゲーすぎて、詰んだとしか思えない。いい加減にしてほしいと、私は頭を抱えた。
そもそもSランクになるには、間違いなく魔力量の壁があるのだ。それこそ攻略対象の好感度が最大になっていなければ、厳しいのではないだろうか。
「キラキラ学園生活……青春……とは……」
「大丈夫だよ、レーネちゃん! コツコツ頑張ればいいんだから! とにかく誰かと恋愛しよう!」
「む、無理だよ……皆そういうのじゃないし……」
励ますようにアンナさんは私の手を取り、きつく握ってくれる。何よりこの攻略対象のメンバーでは、恋愛をするのが一番ハードルが高い。
今の私はDランクだから、ひとまず12月にある一年冬のランク試験はなんとかなるだろう。けれどその次の6月からは、ひとつずつ確実に上げていかなければならなくなる。
それがどれほど大変なことかは、もちろん分かっていた。こんなの、常にバッドエンド目前のようなものだ。
「私達がバッドエンドを迎えたら、どうなると思う?」
「うーん、消えちゃいそうだよねえ。杏奈は卒業試験の時にFランクじゃなければセーフなんだけど」
「私だけ難易度壊れてない?」
私も実は、ずっと同じようなことを想像していた。
私達の人格がこの身体から綺麗さっぱり消えてしまいそうな、そんな気がしてしまう。
「あ、もうすぐ昼休み終わっちゃう! レーネちゃん、あと聞きたいことはある?」
「えっ、ええと……隠しキャラって誰?」
「すっごいサイコパスなキャラで、遠い国の教皇なの」
「すっごいサイコパス」
これまた物騒で濃いキャラが出てきた。
とは言え、Sランクになれなければ死亡BADがあるというとんでもない話を聞いてしまった私は、もう何を聞いても驚かない自信がある。
「メレディスって言うんだけど」
「あれ、どこかで聞いたような……」
「黒髪ですっごい顔はかっこいいんだよ」
必死に記憶を辿っていた私は、やがてそれらしい男性を思い出し「あ!」と声を上げた。
そうだ、夏休みの終わりに王城でのガーデンパーティに行った際、黒髪黒目の驚くほど美しい男性に遭遇した記憶がある。
『俺はメレディス。覚えといて』
そして彼は間違いなく、そう名乗っていた。まさか既に隠しキャラに出会っていたなんて。
「死亡BADは大体メレディスが犯人なんだ。だから気を付けてね、レーネちゃん」
どう気を付ければ良いのだろうと思いつつ、頷く。
アンナさんは急いでハンバーガーを食べ終えると、申し訳なさそうに両手を合わせた。
「ごめんね、今日は昼休みが終わったら早退しなきゃいけなくて。何か困ったことがあったら、手紙送って」
「うん、本当にありがとう!」
「こちらこそ。レーネちゃんに会えてよかった!」
そうしてアンナさんに丁寧にお礼を言って別れた私は、情報過多すぎて頭が爆発しそうになりながら、吉田達への元へと戻った。
想像以上にハードモードで、冷や汗が止まらない。
「この世の終わりみたいな顔してるけど、大丈夫かよ」
「……全然大丈夫じゃないけど、大丈夫にする」
けれど、もう仕方がない。一度死んだ身で新たな人生を与えてもらえたのだから、文句を言うよりも感謝すべきだろう。でもやっぱりアンナさんは羨ましい。
ディランとセシルにもお礼を言い、また放課後と約束した私は、吉田と共に5時限目の授業へ向かう。
広い講堂にて着席すると、私は吉田の腕に縋り付くようにしがみついた。今はとにかく、吉田に癒されたい。
「ねえ吉田、重い相談してもいい?」
「既に物理的に重いんだが」
「実はユリウスと私、血が繋がってないらしいんだ」
「本当に重いな」
──ユリウスは今、どこで何をしているんだろう。
誰よりも近い存在だと思っていたのに、今はひどく遠く感じてしまう。次に会う時どんな顔をすれば良いのか分からず、私は呻きながら吉田の腕に顔を埋めた。