パーフェクト学園へ 2
好みの女だなんてさらりと言える彼はきっと、遊び人タイプの攻略対象なのだろう。
こういうタイプがヒロインには初めて本気になる、というシチュエーションは大変美味しいのだ。
そして彼の確信めいた態度から、下手に誤魔化す方が危険だと悟った私は、大人しく従うことにした。
「どうかこのことは内密にしていただきたく……」
「そっちは彼氏?」
「いえ、友人というか親友、ソウルメイトでして」
「なんだよそれ、すげー良いな」
背中越しには、私達の会話を聞いていたらしい吉田の溜め息が聞こえてくる。
きっと心の中では、私のことを生粋のバカだと思っているのだろう。まさにその通りだ。
「で? なんでここにいんの?」
「人探しをしていまして」
「誰?」
「それはちょっと」
「おーい、ここに侵入──」
「アンナさんです! アンナ・ティペットさん!」
慌ててそう言ったところ、イケメンは満足げな笑みを浮かべた。厄介なS属性まで盛り込まれているらしい。
「へえ、アンナに会いたいのか。俺、あいつとは仲良いから会わせてやってもいいけど」
「ほ、本当ですか!?」
「ただし、お前が俺とデートしてくれるならな」
「…………」
なぜイケメンは私に構ってくるのだろう。まさか他校に侵入するなんておもしれー女だ、なんて思われているのだろうか。
そして物事を頼む代わりにデートをして欲しいなんて交換条件、一億回は見たことのある展開だった。ただ、こういう場合は絶対に頼んだことをこなしてくれるのも世の常。
イケメンが何を考えているのか分からないけれど、一緒に出かけるだけで確実にアンナさんと会えるのなら、安いものではないだろうか。
それに、身分を偽って侵入しているのがバレている以上、味方につけた方が良いに違いない。
そう思った私は、こくりと首を縦に振った。背中越しに、先ほどよりも大きな吉田の溜め息が聞こえてくる。
「よし、決まりな。昼休みになったら一緒にアンナに会いに行くか。俺はディラン。お前の名前は?」
「ええと、レーナです」
「俺はディランでいい」
万が一、裏切られてしまっては困るため、元の名前に似た偽名でいくことにする。
「そっちは?」
「こ、こっちは……よ、い、石田です」
「イシダか、変わった名前だな。よろしく」
「…………ああ」
背中越しに石田からの「なにを勝手に適当なことを言っているんだ」という圧を感じる。
慌てて偽名を考えたものの、そもそも吉田は本名ではないため変える必要がなかったことに気付く。まあ、念には念をだ。用心しすぎて困ることはないはず。
「じゃ、今日1日よろしくな」
「こちらこそ」
信用に足る人物か怪しいものの、ひとまず味方を得たことで、アンナさんに一歩近づけたような気がした。
◇◇◇
二時限目以降はディランと別の授業だったため、昼休みに食堂でひとまず待ち合わせをすることになった。その後、アンナさんに一緒に会いにいくらしい。
吉田と共に教室移動をしながら、私は息を吐いた。
「石田はディランのこと、どう思う?」
「……そこまで妙な感じはしなかったな」
「それだけ? 後は?」
「女性の趣味が悪い」
「ちょっと」
確かに吉田の言う通り、ディランからは悪意のようなものは感じず、ただ面白がっているだけのような感じがするのだ。暇つぶしくらいに思われているのだろう。
「とにかく油断はするなよ。お前の警戒心のなさは赤ん坊と張れるレベルだからな」
「はい、気をつけます!」
その後も吉田と共に仲良く授業を受け続け、三時限目はお待ちかねのマミソニア語の授業だったというのに、教師が急に来れなくなったらしい。
この授業を受ける予定だった生徒は何故か体育に振替えという、最悪の展開になってしまう。
仕方なくメラニーちゃんから借りていた鍵でロッカーを開け、体育着に着替えた私は吉田と別れ、女子生徒の集団へと向かう。
どうやら今日はバレーボールのような球技をやるらしい。いきなり試合形式らしいものの、前世では割と得意だったため、少しだけほっとする。
「私は次の試合か、よし休もう」
もちろんぼっちの私はひとり体育館の隅で体育座りをし、自分の番が来るのを待つ。
壁に背を預けていると、昨晩は遅くまで遊んだせいか眠気が襲ってきて、うつらうつらとしていた時だった。
「きゃあ! 危ない!」
「──えっ?」
なんと私の顔面目掛けて、豪速球が飛んできたのだ。
このポンコツ魔法使いの私に、とっさに魔法で避けたり止めたりといった高等技術などできるはずもない。
誰か周りの人が止めてほしいと思った時にはもう、顔にボールが当たっていた。
「い、いった……うわあ」
痛む鼻を押さえると、手のひらは真っ赤に染まっていた。周りにいた女子生徒達からは悲鳴が上がる。
今の鼻血まみれの私は、ヒロイン失格すぎる顔になっているに違いない。カットしてほしい。
とにかく保健室に行かなきゃと思ったものの、頭がぐわんぐわんとして、立ち上がることもできない。だんだん視界がぼやけていく。これは割とやばいやつだ。
そんな中、誰かが駆け寄ってくる気配がする。
「おい、大丈夫か!」
「…………」
「おい、おいって──……レーネ?」
そしてそんな声を最後に、私は意識を手放した。