可愛い子には旅をさせよと言うけれど 3
三人はこちらへやってくると、足を止めた。
「こいつら、俺の友達なんだ」
「そうなんだ! はじめまして、レーネ・ウェインライトです。こちらは吉田です」
ヴィリーが紹介してくれた二人も貴族らしく、幼い頃から付き合いがあるのだという。仲良く手を繋いでぴったりとくっついており、なんとカップルらしい。
ベンくんの胸元にはBランクの紫、メラニーちゃんの胸元にはAランクである銀色のブローチが輝いている。
高ランク美男美女カップルに羨望の眼差しを向けていると、ヴィリーが「実はさ」と続けた。
「学園の中に入りたいって話したら、こいつらが制服とか学生証貸してくれるって」
「ええっ」
驚きの提案に戸惑う私に、二人は頷いてくれる。
「その代わり授業は出てもらいたいんだけどね」
二人は明日、付き合って一年記念日なのだという。入れ替われば、こちらは潜入ができ、二人は学園をサボってデートに行けるためWIN-WINということらしい。
私としても願ってもないチャンスだった。流石に1日中、学園内で自由に動ければ、絶対にアンナさんに会えるだろう。
「本当にいいんですか?」
「うん、レーネちゃんもヨシダくんもヴィリーの友人だし、姉妹校の生徒で身分もしっかりしてるしな。俺達としてもサボれてありがたいよ」
パーフェクト学園は単位制らしく、ゆるゆるシステムのため代返なんかも余裕でできてしまうんだとか。
授業を受ける教室に学生証を携帯して入るだけで出席扱いになるため、座っているだけで大丈夫らしい。
「うちの学校、本当にゆるいわよねえ」
「ああ、ハートフル学園の話を聞くとゾッとするよな」
ランク試験の結果が悪くても退学にはならない上に、カースト制度もない。季節ごとのイベント行事に力を入れていて、生徒同士の仲も良いのだという。
「て、天国では……?」
同じ作品のヒロインでこうも差があるのかと、やはり解せなくなる。クソゲーで名高い初代は、よほど低レビューやクレームが多かったに違いない。
「俺はこの近くの出身だから割と顔が割れてるし、お前と吉田の二人で行ってこいよ」
「うん、分かった! ありがとう」
「なぜ俺が……」
吉田は再び片手で目元を押さえ、深い溜め息を吐いている。一人だけではこの話は成り立たないため、本当に申し訳ないけれど、付き合ってもらわなければ。
私のこの先の人生がかかっていると懇願すれば、なんとか吉田は首を縦に振ってくれ、事なきを得た。
「私、吉田に何かあったら一番に駆けつけるから!」
「お前が来たところで事態が好転するとは思えんがな」
「確かに」
やはり友人達や兄に恩返しをするためにも、この世界のこと、そしてヒロインとしての自分を知った上で、ランクを上げたいところだ。
「それじゃあ、明日の朝7時半にまたここで」
その後も話はトントンと進み、明日の朝ここで二人に制服を借り、私と吉田はパーフェクト学園に潜入することになった。
その日の晩、私たちは王都にあるちょっとお高いホテルへとやってきていた。私だけ別部屋というのも寂しく、同じ部屋にしてもらっている。
シングルベッドが三つくっついて並んでおり、私、吉田、ヴィリーという陣地分けをした。
「ごめんね、最短帰宅ルートが潰れて……」
「ま、秋休みはまだまだあるしな! どうせ暇だし」
「むしろ順調に明日、帰れる訳がないと思っていた」
「絶対に明日、なんとかするから!」
二人の優しさに感動しつつ、帰り道に何かお礼ができないかなと悩みながら、寝る支度を済ませていく。
「あ、寝言うるさかったらごめんね」
「お前には恥じらいというものがないのか」
「俺も絶対やばいわ」
ちなみにヴィリーは私達がパーフェクト学園に潜入している間、実家である領地に顔を出してくるという。
その後は一回だけというていで始めたカードゲームが盛り上がり、やめ時を見失ってしまった。
やはり豪運のヴィリーと実は負けず嫌いな吉田、単に楽しくて仕方ない私の勝負は、最終的に奇跡的に引き分けで終わり、ベッドに入った頃には日付が回っていた。
「二人とも本当にありがとう。すごく楽しかった!」
「……フン、まだ明日もあるだろう」
「ま、明日は俺が勝つけどな!」
友人達と過ごす時間が、本当に楽しくて仕方ない。
二人にあらためて感謝しながら、私は幸せな気持ちで眠りについた。
──そして気が付けば私とヴィリーで吉田を押し潰しながら眠ってしまっており、朝から二人で土下座をすることになる。
◇◇◇
「レーネちゃん、すっごく似合っていて可愛いわ! ただ、目立っちゃうかも」
翌朝、ヴィリーと別れて吉田と待ち合わせ場所へ行き、早速パーフェクト学園の制服に着替えた。
メラニーちゃんの言う通り、手鏡で見てみてもよく似合っている。さすが美少女ヒロインだ。
「こ、これがAランクブローチ……!」
そして胸元で輝く銀色に、思わず興奮してしまった。いつか実力でこの色を身に着けてみたいと、心底思う。
「うわあ、吉田もすごく似合ってるね」
「あら、本当。こっちもすごく目立ちそうだわ」
すらりとした高身長で深緑色の制服を着こなした吉田は、驚くほどに光り輝いている。
こんなイケメンがいれば、マンモス校とは言え「誰だっけ?」と話題になりそうだ。私といれば尚更だろう。
けれどそんなこともあろうかと、私は伊達メガネも用意してきたのだ。少しでも目立たないよう頭のリボンも外し、三つ編みスタイルにしてきている。
そして予備にと二つ買ってきた伊達メガネのひとつを吉田に「使う?」と差し出したところ、「は?」という顔をされた。
「俺は既にメガネをかけているんだが」
「あっごめん、吉田の一部すぎて素で間違えた」
黒縁メガネをかけると、「よし」と気合を入れる。他校に潜入だなんて、なんだかワクワクしてしまう。
「それじゃ、よろしくな」
「はい、ありがとうございます。記念日デート、楽しんできてくださいね!」
そうして二人に手を振って見送り、吉田の腕を引いて元気よく豪華な校舎に足を踏み入れたものの、いきなり男子生徒にぶつかってしまった。
背中越しに、吉田の溜め息が聞こえてくる。
「あっ、ごめんなさい! 大丈──」
いきなりやらかしてしまったと慌てて謝った私は、見上げた先にいた人物の顔を見て息を呑む。
この鮮やかな空色の髪と、整いすぎた顔立ちを見間違えるはずなんてない。
そこにいたのはなんと、従兄弟のセシルだった。