周りのリアルが充実しすぎている
音楽祭から、あっという間に一週間が経った。
アーノルド師匠とのスパルタ特訓を終えた私は、冬のランク試験に向けて猛勉強をする日々を送っている。
今日も放課後、ラインハルトと勉強する約束をしていた私は空き教室へとやってきていた。いつも私よりも早く来ている彼の姿はなく、先に始めていることにする。
「ええと、この魔術式は炎魔法と相性が悪いから……」
この世界に来た当初、何が分からないのか分からなかった頃に比べれば、かなり成長した気はする。
けれど、まだまだ人並み以下なのだ。もっと頑張らなければと気合を入れる。そうして真剣に問題集を解いていたところ、ドアが開く音がした。
「遅くなってごめんね、急に呼びだされちゃって」
顔を上げれば、そこには急いで来てくれたらしいラインハルトの姿があった。
すぐに私の隣の席に座ると彼は「本当にごめんね」と言い、不安げに私の顔を覗き込んだ。
「全然大丈夫だよ、気にしないで。はっ、もしかして呼び出しって告白だったり」
「うん。その場で断って泣かれるのは嫌だから、一応呼び出されたら行くことにはしてるんだ」
「な、なるほど……!」
「レーネちゃん、モテる男が好きなんだよね?」
確かに以前、そんな質問に対して頷いた記憶がある。それにしてもリアルが充実しすぎていて、急にラインハルトが遠い存在に思えてくる。
そういや先日、吉田のところに遊びに行った際、彼の机の上には漫画やアニメのバレンタインデー回でしか見たことのないようなお菓子の山ができていた。
調理実習でクラスの女子生徒達が作ったものらしい。
『吉田、主人公の友達のモテる奴じゃん……』
『何の話だ』
実は何もかもがハイスペックな吉田は、以前にも増してモテ度が上がっているようだった。
けれど、私達の間にあるのは熱い友情だと分かってくれているようで、吉田クラスの子達は私にも優しい。
吉田が留守の時に遊びにいくと、普通にみんなお喋りの輪に混ぜてくれる。好きだ。
『スタイナー様、本当に人気なんだよ。隣のクラスの子とかにもファンがいるみたい』
『さすが吉田、優しいもんね』
『でも、入学当初は少し近寄りがたかったよね。特に低ランクの生徒には厳しいっていうか』
『そうなの?』
『うん。ちょっと怖かったかも』
そしてふと、吉田と出会った日のことを思い出す。
『どうして俺が、お前みたいなバカに勉強を教えなければならないんだ』
『Fランクに名乗る名などない』
確かに当時の吉田は、真っ赤なFランクブローチをつけた私に対し、なかなか当たりが強かった記憶がある。
『でも、レーネちゃんと仲良くなってから、すごく話しかけやすくなったよね』
『うんうん、雰囲気が柔らかくなった』
『よ、吉田……!』
そんな言葉に、じわじわと胸が温かくなる。
私と一緒にいることで少しでも良い方向に変化があったのだとしたら、それ以上に嬉しいことはない。
とは言え、勘違いだった場合あまりにも恥ずかしいと思い、その後教室へ戻ってきた吉田に、私はいつもの軽いノリで声を掛けたのだけれど。
『今ね、クラスの子達と吉田の話をしてたんだよ。私のお陰で吉田が優しくなったって』
『そうかもな』
『えっ』
吉田がさらりとそう答えたことで、私は今世紀最大の胸の高鳴りを覚えた。その後、感激し抱き着こうとしたらノートで頭を叩かれたものの、好きだ。
そんなことを思い返しながら、鞄から勉強道具を取り出すラインハルトの整いすぎた横顔を見つめていた私は、「うーん」と首を傾げた。
「でも、みんな人気者ですごいね。私は呼び出されたりなんて全然ないよ」
音楽祭でも恋愛イベントを期待していたというのに、兄妹仲を深めるだけで終わってしまったのだ。
ちなみに神への祈りが届いたのか、クラスメイトのユッテちゃんはなんと、ひとつ上の学年のBランクのイケメン先輩とペア席になったという。
そして時々一緒に昼食をとる仲に発展したようで、最近は彼女の背景には常に咲き誇る花が見えている。
どうかこのまま上手くいくことを祈るばかりだ。
「レーネちゃん、僕以外に告白されたことないの?」
「僕……? 体育祭の時に一度、仲良くなりたいって声をかけられたくらいかな。避けられて終わったし」
「ああ、そんな奴もいたね。噂で聞いた」
あの時は確か食堂で周りにも結構人がいて、冷やかされたりしていたのだ。だからこそ、ラインハルトの耳に入ってもおかしくはないと思ったのだけれど。
「目障りだなと思って調べてみたんだけど、ユリウス様が先に潰してくれたみたいで安心したよ」
「……なんて?」
物騒なワードが多すぎて、どこから突っ込めば良いのか分からない。兄は一体どこから出てきたのだろう。
ラインハルトはそれ以上教えてくれず、帰宅後ユリウスに詳しく聞こうと決めて、勉強を再開したのだった。