音楽祭と運命の恋 3
そのまま手を引かれ、吉田のいる席までやってきた私は、ようやく相席を誘ってもらえたのだと理解した。
「ご一緒していいんですか?」
こくりと頷く王子にお礼を言い、吉田の斜向かい、王子の隣に座る。テレーゼは吉田の隣に腰を下ろした。
既に心を決めたらしい吉田からメニューを渡され、自分と王子の間に置き、目を通していく。
「私はパスタセットと……今日は頑張ったしケーキもつけちゃおうかな。セオドア様はどれにするんですか?」
「…………」
「なるほど、お肉もアリですね。私は豚より鳥派です」
「…………」
「あ、このパンが美味しいんだ! よし、じゃあ私も同じものにします」
そうして王子とメニューを選び注文を終えたところ、吉田がじっとこちらを見つめていることに気が付いた。
「どうかした?」
「いや、いつまで手を繋いでいるのかと思ってな」
そう言われて初めて、王子にずっと手を掴まれたままだったことにも気が付く。あまりにもすべてが自然すぎて、繋いでいることすら忘れていた。
王子も思い出したように繋いだ手へと視線を落とし、こてんと首を傾げた後、そっと手を離す。
「はっ……まさか吉田、妬いてる?」
「バカを言うな。セオドア様の醜聞に関わるだろうと心配しているんだ」
確かに王子の立場を考えると、異性との交流なども色々と気を遣う必要があるに違いない。
私のせいで王子が悪く言われたりするのは絶対に嫌だし、気をつけなければ。とは言え、王子本人は何も気にしていないような顔をしているけれど。
そんな中、テレーゼが「そう言えば」と口を開いた。
「セオドア様と私、先日お見合いをさせられたのよ」
「ええっ」
突然のテレーゼの言葉に、思わず大きな声が出てしまう。まさかの友人同士のお見合いに、驚きを隠せない。
「立場的にも年齢的にも、ちょうど良かったんでしょうね。もちろんお互いにそんな気はないから、お茶をしながらレーネの話をして終わったんだけれど」
テレーゼの言葉に、王子もこくりと頷く。美男美女すぎる二人のティータイムを想像するだけで、視力が上がりそうだ。そんな中での話題が私なんて、なんだか申し訳なくなる。
この世界の貴族や王族は、早くに婚約者が決まっているのは割と普通だ。生まれた時からなんて話も聞く。
そしてそれは、なんちゃって伯爵令嬢の私も他人事ではないだろう。家の中の立場だって悪いのだ、簡単に売り飛ばされるに違いない。やはり良い成績で卒業し、手に職をつけて逃げ出すことも視野に入れなければ。
「レーネもだけど、吉田の演奏もとても良かったわ。私はあの曲が昔から好きだから、聞けて嬉しかった」
「そうか、それは良かった。俺も母が幼い頃から弾き聞かせてくれていたんだ」
その後は吉田とともに演奏を褒めてもらい、嬉しくて楽しいランチの時間を過ごした。
吉田は今日も、プリンを静かに私のトレーに置いてくれた。感謝の投げキッスをしたところ、キャッチされ握り潰された挙句投げ返されてしまったけれど、好きだ。
◇◇◇
昼休みも終わりが近づき、私は再び例の席へと戻った。どうやら兄妹で座ったことで、一体どうなるのかと逆に話題になっているらしい。どうもならない。
ユリウスは先に席に着いており、戻ってきた私を見るなり嬉しそうに微笑んだ。そんな様子を見ると私も嬉しくなって、つられてへらりと笑ってしまう。
「ねえ、手を繋ぐ必要ある? まだ昼休みだし、この席の前を通る人もいるから、シスコンだと思われるよ」
「俺はどう思われてもいいよ。レーネが一番大切なことには変わりないし」
そんなことを言われて、振り払えるはずもなく。一方、さらりと言ってのけた兄は涼しげな顔をしている。
「お昼はテレーゼちゃんと王子様とヨシダ君と食べてたけど、本当に仲が良いよね」
「うん、楽しかった! でもあんなに人がいたのに、よく見つけたね。あ、みんな目立つもんね」
あれほど輝く友人達は、間違いなく目立つだろう。けれどユリウスは、小さく首を左右に振った。
「俺さ、どんなに沢山の人がいてもレーネだけが目に入ってくるんだよね。絶対に」
「…………」
「で、ずっと目で追っちゃう。なんでだろうね?」
私の手を握り締め、ユリウスは悪戯っぽく笑う。
そんなこと、私が分かるはずがない。そして流石に、今の言葉にはうっかりドキドキしてしまった。
私以外の異性に向けた場合には、告白レベルの口説き文句だろう。普通の女子なら、間違いなく秒で落ちる。
「……わ、わかんない」
「そっか。レーネもいつか、俺のことを探してくれるようになったら嬉しいな」
繋いだ手の指先で、するりと指を撫でられる。心臓の鼓動を感じながら、倫理観、倫理観、と心の中で呟く。
こんなにも落ち着かなくなるのは、この変な席の呪いのせいに違いない。そう、自分に言い聞かせた。