音楽祭に向けて 4
音楽祭まで残り一週間を切ったある日の放課後、私はヴァイオリン担当のモーゼスくんとともに合わせ練習をしていた。
ど素人の私のせいでかなり迷惑をかけてしまっているというのに、文句ひとつ言わずに付き合ってくれている奇特な人だ。彼とはぜひ今後とも、友人関係を続けていけたらと思っている。
「遅くなっちゃったね、ごめん」
「こちらこそ。遅くまで付き合ってくれてありがとう」
今は練習を終え、二人で教室を出て校門へと向かっているところだ。既に空は茜色に染まっており、校内にはほとんど生徒は残っていないようだった。
「それにしてもウェインライトさん、かなり上手くなったよね。練習、頑張ってるんだね」
「ありがとう! すごく頑張ってるんだ」
普通は謙遜するところだろうけれど、アーノルドさんによる地獄の特訓をしている私は本当に本当にそれはもう頑張っているため、しっかり頷いておく。
その厳しさから猛スピードで上達はしているものの、アーノルドコーチは本当に恐ろしい。
『どうして何回言ってもできないんだろう? 俺の教え方が悪いのかな。どう思う?』
『あっ……あ……スミマセ……』
『レーネちゃんならできるって信じてるから、こうして言うんだよ? 厳しくしてごめんね』
心身ともに極限まで追い込んだ後、怖いくらいに優しくしてくるのだ。飴と鞭の差がすごすぎて怖い。感謝はしているものの、アーノルドさんに音楽関連の話題は二度と振らないと誓う。
ちなみに最近、夢の中でも私はひたすらにピアノの練習をしている。思い返せば受験期なんかも夢の中でまで勉強していた記憶がある。今の私はあの頃のレベルで追いこまれているのかもしれない。
でも引き受けた以上、最後まで頑張りたい。それに出来なかったことが出来るようになるというのは、やっぱり嬉しかった。
「でもごめんね。モーゼスくんはヴァイオリン上手なのに、私がパートナーなせいで入賞は狙えないだろうし」
「気にしないで、賞が欲しければコンクールに出ればいいだけなんだから。ピリピリ練習するより楽しいし、思い出になるよ」
「あ、ありがとう……もうモーゼスくんに足を向けて寝れないよ……」
彼の優しさに、私はいたく胸を打たれていた。イケメンにも程がある。彼がクラスの女子生徒達に人気な理由も分かる気がした。
「それに、一緒に練習をしてるって話をしたら、クラスの他の男子生徒に羨ましがられたよ」
「えっ?」
「ウェインライトさんは可愛いって、結構人気なんだ」
「……!?」
確かにレーネは可愛いものの、まさかそんな展開になっていたなんて。この学園に通い始めた当初を思い出すと、ホロリと涙が出そうだ。このままいけば、恋愛フラグがうっかり立つ日も近い気がしてくる。
思わず鼻歌なんて歌いながら歩いていると、モーゼスくんは「あ、そうだ」と口を開いた。
「音楽祭の座席、どうなるんだろう」
「確かに気になるよね。当日の朝にホールに行ってから分かるんだっけ?」
「うん。本当にギリギリまで分からないみたいだ」
なぜ音楽祭で恋愛イベントが起きやすいかというと、それは当日の座席に由縁する。二人席になっており、学園側がそのペアをランダムで決めるのだ。
学年や性別・ランクも問わないため、この座席がきっかけで知り合い、恋に落ちることもあるのだという。
「デスティニーシートに座るのは誰なんだろうね」
「あ……そうだね……」
さらりと「デスティニーシート」と言われ、うっかりドン引きしかけてしまったものの、彼は悪くない。この世界で当たり前のように出てくるクソダサ名称に、いい加減私の方が慣れるべきなのだろう。
デスティニーシート──運命席と呼ばれる小っ恥ずかしい座席は、周りから死角になっている場所を言うらしい。そこに座ると、特に親密になりやすいのだという。なんだか不純だ。
去年は初対面の男子の先輩と男子の後輩が座り、なんとそのままカップルになったほどの効力があるんだとか。
その席に座りたいとは思わないものの、日頃クラスメイトや友人達以外との交流があまりない私としては、いい出会いがあればいいなあ、なんて思っている。
気合が入りすぎたユッテちゃんなんて、日に何度も神殿を訪れては祈りを捧げているらしい。異世界版御百度参りである。
あまりの努力にもしも神様がいるのなら、私の分までユッテちゃんを素敵な人と巡り合わせて欲しいと思う。
「音楽祭、楽しみだね」
「ああ。絶対成功させような」
そうして馬車まで送ってもらい、私は帰路についた。
◇◇◇
夕食を終え、屋敷の中にある防音室でピアノを弾いていたところ、ユリウスがやってきた。どうやら私のピアノを聴きにきたらしい。
しばらく壁に背を預け黙って聞いていた兄は、名画かと突っ込みたくなるくらいに絵になっていた。
ちなみにドストライクな好みのアーノルドさんとはいつも一緒に練習してはいるけれど、常に違うドキドキが大きすぎてそれどころではない。
「あの、眩しくて集中できないんですけども」
「そんなに俺が気になるんだ、可愛いね」
「ユリウスってどこで何をしていても絵になりそう。ねえ、こう、首を痛めてる感じのポーズしてみて」
「首……? レーネって変わってるよね」
結局ユリウスが気になって練習に身が入らなかった私は、早々に切り上げ、誘いを受けて兄の部屋でお茶をすることにした。
いつもありがとうございます。いよいよ1巻の発売まで4日(ほぼ3日)となりました! 早いところだと明後日くらいには、書店さまでお見かけすることもあるかもしれません。
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19、20、21と発売日前後は3日連続で更新できるよう頑張ります〜〜!!