どうしてそうなった 2
「あら、レーネ。戻ってきたのね」
教室の中へと入ると、クラスメイト達が逃げ惑う中、平然とした様子で自席に座るテレーゼに声を掛けられた。
時折、ラインハルトの放った氷が飛んできているけれど、彼女は視線を向けることなく魔法で防いでいる。優雅だ。
「い、一体何が……?」
「いきなりラインハルトが教室へ入ってきたかと思うと、ヴィリーに攻撃をし始めたのよ」
もしかすると私がヴィリーに雑巾をぶつけられたことを話したせいで、彼は怒ってくれているのかもしれない。
けれど、それだけでここまで怒るだろうか。
こうして話をしている間にも、ラインハルトは攻撃の手を緩めない。爆音が響き渡る中、私はテレーゼに守ってもらいながらラインハルトに呼びかけたものの、反応はなかった。
完全に、ヴィリーしか目に入っていないようだ。
「まじで落ち着け! 話せば分かる!」
「…………」
「おま、今顔狙っただろ!」
ランク的には二人ともCだけれど、勉強で足を引っ張り続けているヴィリーは、魔法の実力に関してはSに近い。
だからこそラインハルトの攻撃を防ぎ切れているものの、ラインハルトの魔力量は異常だと聞いているため、この先はどうなるか分からなかった。
「ラインハルト! 落ち着いて!」
必死に呼びかけみても、やはり反応はない。私のポンコツ魔法では、止めに入ることもできない。
王道のヒロインならば、すかさず割り込み、身を呈して止めるのだろう。そして傷を負い血を流すヒロインを見て、喧嘩をしていた男性達はハッと我に返るのが鉄板に違いない。
とは言え、私としては痛い思いはしたくない。何より、あれは当たったら普通に死ぬやつだ。そもそもラインハルトはいつの間に、あれ程の威力の魔法を身につけたのだろうか。
そしてこれほどの騒ぎになっているのに、教師はなかなか現れない。野次馬の生徒達は盛り上がっており、誰も止めようとする様子はなかった。完全に詰んでいる。
「どうしよう……」
「私が止めてきましょうか?」
「駄目だよ、危ないもの」
ランク的には二人よりもテレーゼの方が上だけれど、女子生徒である彼女が男子生徒の喧嘩を止めに入る、というのは間違っている気がするし、何かあっては困る。
そうして頭を抱えていると、不意に人だかりの向こうに見慣れた青色と金色を見つけた私は、すかさず声を上げた。
「あっ、吉田! 助けて! ヘルプ!」
「…………?」
ラインハルトの師匠である吉田なら、止められるかもしれない。そう思い声をかけたところ、彼は私の顔を見た後、教室の中の惨状を見て顔を歪めた。当然の反応だろう。
それでもメガネと優しさで出来ている吉田は、やれやれと言った表情を浮かべ、教室の中へと入ってきてくれた。王子も無表情、無言のままその後ろをついてきてくれる。
「何事だ、これは」
「ラインハルトが急に、ヴィリーに攻撃を……」
「どうせお前絡みだろう」
「私もそんな気がしておりま──っいた!」
とにかく彼らを止めて欲しいと頼み込んでいた時、天井に当たったらしい氷の塊が軌道を変えこちらへと飛んできて、私の頬をかすった。
かなり勢いがあったこと、氷の塊が尖っていたことから、切れてしまったらしい。ピリピリと痛む頬を右手で押さえてみると、うっすら血がついている。
「セ、セオドア、様?」
「…………」
すると不意に、王子が私の頬に触れた。驚き固まっていると、顔が柔らかな光と温かさに包まれ、ピリッとした痛みが引いていく。どうやら治癒魔法で、治療してくれたらしい。
「あの、ありがとうございます」
「…………」
そのまま王子は無言で、なおも戦いを繰り広げる二人に向き直ると、静かに右手をかざした。
その瞬間、まるで重力に押し負けるように彼らの身体が床に倒れ込んだ。かなりの力が働いているようで、ラインハルトもヴィリーも、指先ひとつ動かせずにいる。
彼がSランクというのはもちろん知っていたけれど、あまりの桁違いな魔法に、私は言葉を失ってしまう。
呆然とする私や吉田、ギャラリーを他所に、王子はカツカツと足音を立て二人の側に向かうと、視線を落とした。
「ふざけるな」
しんと静まり返る教室の中に、王子の声が響く。
やはり王子は、怒ってくれていたらしい。彼の声はあまり聞いたことがないため、正直記憶は曖昧だけれど、以前聞いた時よりもずっと低く鋭いものだったように思う。
「次は許さない」
それだけ言うと、王子は二人を押さえつけていた魔法を解除し、教室を去っていく。格好よすぎやしないだろうか。
こんな状況だと言うのについドキドキしてしまったのは、さすがに黙っておこうと思う。とは言え、今のは100人中300人がときめいてしまうレベルだったに違いない。
そんな中、吉田にこつんと頭を小突かれる。
「おい、ぼうっとするな。とにかくあいつらを何とかして、教室を片付けるぞ。下手すると停学になる」
「はっ、そうだね! なんとかしないと」
「教室の修復は私がやるから、レーネは二人のところに」
「うん。吉田、テレーゼ、ありがとう!」
吉田の声で我に返った私は二人にお礼を言い、ラインハルトとヴィリーの元へと駆け寄ったのだった。