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この世界とヒロインの私



「……ほんと、びっくりした」


 そんな呟きが、無駄に広いお風呂場に響き渡る。私は浴槽内で「うーん」と両手を伸ばすと、バスタブに頭を預けた。


 それにしても今朝、目が覚めてすぐ目の前に兄の美しい顔があった時には、本気で心臓が止まるかと思った。昨晩から記憶がなく、熱で倒れていたらしいことにも驚いている。


 あの後しっかり医者にも診てもらい、強すぎる魔力に当てられたのが発熱の原因ではないかとの診断を受けた。よほど魔力の相性が良くないと起きない、レアな事柄らしい。


 パーティーで出会った誰かが、かなりの魔力の持ち主だったのかもしれない。今後は気をつけようと思ったけれど、魔力感知がさっぱりな私は気をつけようがないから困る。


 そして何より、兄が一晩中看病してくれていたことにも驚いていた。好かれているという自信はあったものの、正直そんなことをするタイプだとは思っていなかったからだ。


 だからこそ余計に嬉しかったし、照れていたらしい兄に今後、避けられることもないようで安堵していた。


「レーネ様、タオルやお着替えを置いておきますね」

「はーい! ありがとう」


 ドア越しに、ローザに声を掛けられる。この世界の貴族は皆、メイドにお風呂に入れてもらうらしいけれど、元日本人である私は恥ずかしすぎるので断っていた。


「レーネが遅いから、寝そうになってたよ」

「そこは寝るべきだったのでは?」


 その後自室へと戻れば、先にお風呂から上がった兄の姿があり、本当に膝枕をさせられることになってしまった。


「おやすみ、レーネちゃん」

「1時間につき300万バレルね」

「分かったよ」

「本当に払いそうで怖いからやめて」


 結局、私も兄に甘いのかもしれないと思いながら、あっという間に眠りに落ちていったその綺麗な寝顔を眺めていた。




 ◇◇◇




 そして昼過ぎ、ぐっすり眠れたらしいユリウスは爽やかな笑顔で私の部屋から去っていった。


 そうして一息ついたのも束の間、ノック音が響いた。どうやらメイドが、私宛の手紙を届けに来てくれたらしい。


 本日も何通か届いており、夏休みの日課となりつつあるラインハルトからの長すぎる手紙や、クラスメイトの女の子からの手紙に笑顔が溢れる。


「……えっ?」


 そんな中、真っ白なシンプルな封筒に綴られた差出人の名を見た私は間の抜けた声を漏らし、思わず五度見してしまった。そこには、セシル・グローバーと書かれていたからだ。


 数週間前、領地で挨拶もせずに別れた彼に一応挨拶の手紙は送っておいたものの、丁寧に返事を書いてくるタイプではないだろう。妙にドキドキしながら、手紙を開封する。


 冒頭は、何も言わずに帰ったことに対する文句が綴られていた。怒り荒ぶるジェニーの被害を受けたらしく、それは本当に申し訳なかったと心の中で謝罪する。


【 パーフェクト学園は、先週から新学期が始まった。で、早速お前からの手紙をアンナに渡した。最初、俺からの手紙だと思われて「えっ嘘! セシルの好感度も上がっちゃってたの!? ごめんね、私は王子が好きなの……」とか訳の分からないことを言われて振られて、殺したくなった。 】


「あっ、そうだ! 手紙!」


 色々あって忘れていたけれど、同じ転生者らしいアンナさんに無印のヒロインに転生したこと、会って話をしてみたいということを綴った手紙をセシルに託していたのだ。


 アンナさんのとんでもない勘違いを生んでしまったことに対しては申し訳なく思いつつ、急いで続きを読み進める。


【 俺はよく分かんねえし、伝え間違えても嫌だからアンナに返事を書かせた。中身は一切見てないから安心しろ。この封筒の中に入れておく。じゃあな。 】


 セシル、ああ見えてかなり気の利く男だった。深く感謝しながら、封筒に入っていたもう一枚の紙を取り出してみる。


 やけに小さいメモのような紙で、内容もかなり短い。不思議に思いながら読み始めた私はやがて、息を呑んだ。


【 ♡レーネちゃんへ♡


 はじめまして、お手紙ありがとう♡ 無印のヒロインもいるのかな? って思ってたから、予想が当たってうれしい!

 でも、無印は死亡BADとか怖いし巻きこまれたくないので、もう杏奈とは関わらないでほしいです。ごめんなさい!

 でもでも、アーノルドのルートはうらやましい♡

 レーネちゃんは誰を攻略するのかな〜?

 大変だと思うけど、Sランク目指してがんばってね♡


 ♡杏奈より♡ 】


 やけに丸みの帯びた癖のある字やハートマークが並んだメモを、私は呆然と眺めることしかできずにいた。


「……し、死亡、BAD……?」


 心臓が、嫌な音を立てていく。同時に、占い小屋で言われた「早くに死ぬ未来もある」という言葉を思い出し、ぞわりと鳥肌が立った。


 きっと私には、死亡バッドエンドが存在するのだろう。


 そして彼女の推しだったらしいアーノルドさんが攻略対象だったことにも、私は驚いていた。パッケージに、彼のような好みど真ん中のキャラクターがいた記憶はない。


 そしてアンナさん、非情すぎる。転生ヒロイン同士の助け合いなど一切する気はないらしい。向こうはヌルゲーのようだから、私の協力など必要ないのかもしれないけれど。


「いやいやいやいや、えっ……ええ……?」


 正直、かつてないほど私は動揺していた。


 やはり、分からないことが多すぎる。まずはこの世界のことを知るのが先決だろう。かと言って、もう一度手紙を送ったところで、この様子では返事が来る可能性は低いはず。


 申し訳ないけれど直接アンナさんに会いに行って、話を聞くしかない。10月の頭に一週間程度の秋休みがあるため、そこで会いに行こうと決める。


「……ダメダメ、しっかりしなきゃ」


 逆に言うと、ハッピーエンドだって確実に存在するのだ。


 今後の私の行動次第で、家族や友人達との未来は掴めるはず。何より、憧れの恋をするまで死ぬわけにはいかない。


「今世こそ、私は後悔のない人生を送るんだから」


 今の私は前世とは違い、大切なもので溢れている。絶対に幸せになってみせると誓い、手のひらをきつく握りしめた。



これにて3章は終わりです。まだまだ続くお話にしたいなと思っているので、書籍の方もお迎えいただいて応援していただけると、とてもとても励みになります……!!

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【公爵様、悪妻の私はもう放っておいてください】

新連載もよろしくお願いします!

― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃ毎日更新待ってましたぁ!! はぁ嬉しい♡ [一言] 応援してます!!
[良い点] めちゃくちゃ面白かったです! 強すぎる魔力にあてられたって、あの人がとても怪しい気がしますがどうなのでしょう…? レーネの膝枕でぐっすり快眠なユリウスが可愛い…!たしかにユリウスならスッ…
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