出会ってしまった
美麗カバーイラスト公開&コミカライズ企画進行中です♪
頭を抱える私に、吉田は「……まあ」と続けた。
「日頃のお前の兄の様子を見ている限り、時間が解決するんじゃないか? お前を避けたままで居られるとは思えない」
要約すると、兄はシスコンだからそのうち耐えきれなくなっていつも通りに接してくれる、ということだろう。
是非そうであってほしいと思いながら、吉田を見上げる。
「何より家族なんだ、いずれ元に戻るだろう」
「うん、そうだね。吉田、話を聞いてくれてありがとう!」
吉田の言う通り、私達は家族なのだ。私は心のどこかで、先日の『お前のお兄ちゃんなんかじゃないから』という言葉を気にして、うっかり弱気になっていたのかもしれない。
とりあえず私はいつも通りに過ごし、ユリウスがいつも通りに戻るのを待とうと決めると、すっくと立ち上がった。
「とりあえず、お手洗いに行ってきます!」
「いちいち言わんでいい。お前はもっと恥じらいを持て」
「あっ、すみません」
それから私は城内へ向かい、その後、再び友人達の元へ戻ろうとしたところ、広大な庭園の中で迷ってしまった。迷路のようだと思いながら、咲き誇る花々の中を進んでいく。
思い返せば、前世ではこうして美しい花をゆっくり眺めることもなかったなあと、しみじみ歩いていた時だった。
「あれ……?」
ふと大木の下で座り込み、片手で顔を覆う男性の姿が視界に飛び込んできたのだ。もしかすると具合が悪いのかもしれないと思い、そっと声をかけてみる。
「あの、大丈夫ですか?」
そうして顔を上げた男性を見た瞬間、私は息を呑んだ。
漆黒の髪と瞳をした男性は、驚くほどに美しい顔立ちをしていたからだ。この世のものとは思えないくらいに。
そんな私を見て、男性は深い溜め息を吐いてみせた。
「あー、いちいち話しかけんなよ。どうせ無駄なのに」
「あ、すみません。ちなみに何が無駄なんでしょう?」
「……は?」
一体何が無駄なのだろうと首を傾げると、男性は切れ長の目を驚いたように見開く。
「お前、俺が何を言ってるか分かんの?」
「えっ? それはまあ、普通に」
信じられないという表情を浮かべる男性に、私もまた戸惑ってしまう。何を言っているのか分かるも何も、声が良すぎて逆に聞き取りやすいまであるというのに。
男性はやがて立ち上がると、私の側までやってくる。どうやら体調が悪かったわけではないらしい。
「へーえ? この国も面白いことあるじゃん」
「……あ」
この国、ということは、彼はもしかすると他国の人間なのかもしれない。そして、ようやく気付く。私の言語チート的能力は、相手が別言語を話していても普通に聞こえるのだ。
つまりこの男性がこの国の言葉ではない珍しい言葉を話していたのを、私が自動変換して会話していた可能性がある。
「お前、名前は?」
「レ、レーネです」
「ふうん、レーネか。いいね、レーネ。気に入った」
何度も噛み締めるように私の名前を呼ぶと、男性は形の良い唇で綺麗な弧を描いた。
あまりにも美しい笑みに、何故かぞくりと鳥肌が立つ。
「俺はメレディス。覚えといて」
深い闇の底のような瞳から、目が逸らせなくなる。
「あれ、俺の顔に見惚れちゃった?」
「……え、ええと」
「うん、色々面倒だったけど、気が変わった。またな」
それだけ言うと、メレディスと名乗った男性は一瞬にして姿を消した。彼は一体、何者だったんだろう。
変わった人だったなと思いながら、皆の元へ戻ろうとした私は、辺りを見回した後、言葉を失った。
「あら、レーネ。戻ってきたのね」
いつの間にか、テレーゼ達がいる場所へと戻ってきていたからだ。先程まで間違いなく、別の場所にいたというのに。
「レーネちゃん? どうしたの? 大丈夫?」
心配そうに私の顔を覗き込むラインハルトに、慌てて笑顔を返す。驚きすぎたあまり、固まってしまっていたらしい。
いきなりこの場所に瞬間移動したのは、先程の男性の魔法なのだろうか。よく分からないけれど、ひとまず花の妖精にでも会ったのだということにして、気にしないことにした。
「ううん、大丈夫! ごめんね」
──メレディスが妖精だなんて可愛らしいものではないこと、私の命を脅かすことになるのを知るのは、まだ先の話。