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兄妹 2



「ちょ、っ……な、なに!?」

 

 必死に肩を押せば、余裕のない表情を浮かべたユリウスと再び視線が絡んだ。こんな彼の顔は、初めて見た気がする。


 絶対に、何かがおかしい。触れ合っているユリウスの体温はあまりにも高く、どこかぼうっとしているように見える。なんというか、お酒に酔っているような感じがした。


 間違いなく、あの桃色の蛇に噛まれたことが関係しているだろう。とにかくアーノルドさん達を呼び、何とかしなければと思っても、ユリウスは離れてくれそうにない。


「ねえ、しっかりし……ひゃ!?」


 そうしている間にまた、首筋にがぷりと噛み付かれてしまう。妙な甘さを含んだ痛みに、流石の私も顔が熱くなっていくのが分かった。こんなの絶対に、絶対におかしい。


 目の前にいるのはもう、私が知っている兄ではなかった。まるで知らない男の人のようで、落ち着かなくなる。


「く、くく、くび、首噛まないで!」

「唇に噛みつかないだけ、感謝してほしいんだけど」

「は」


 ユリウスは一体、何を言っているんだろう。兄の身体の中に、全くの別人が入ったのではないかとすら思えてくる。


「こ、こんなのおかしいよ、私はユリウスの妹なのに!」


 早く元に戻って欲しくてそう叫んだ瞬間、何故かユリウスは呆れたように笑って。くい、と顎を持ち上げられる。


「もう、そういうの面倒になってきた」

「えっ?」

 


「俺、お前のお兄ちゃんなんかじゃないから」



 そんな言葉が耳に届いた瞬間、頭を思い切り殴られたような衝撃が走った。今のユリウスは絶対に正気ではないし、きっと適当なことを言っているだけだと分かっている。


 それでも慕っている兄にそんな風に言われるのは、何よりも悲しかった。心臓は嫌な音を立てて、早鐘を打っていく。


「それ、どういう──」


 やがて戸惑いながらも、口を開いた時だった。


「あれ、なんか騒がしいけど大丈夫?」


 ガチャリとドアを開けて中へと入ってきたのは、アーノルドさんだった。彼は兄に押し倒されている私を見ても驚くことはなく、少しだけ気まずそうな表情を浮かべるだけで。


「お取り込み中かな? 邪魔してごめんね」

「どう見てもおかしいですよね、助けてください」


 そうしてアーノルドさんになんとかユリウスを引き剥がしてもらうと、私はへなへなとその場に座り込んだのだった。




◇◇◇




「アーノルドさん、ユリウスは大丈夫ですか?」

「うん、今は寝てるよ。軽く治癒魔法をかけておいたし、明日の朝には元に戻っているんじゃないかな」

「良かった……」


 あの後、広間に先に戻ってきた私はテレーゼと彼女の兄であるトラヴィス様とテーブルを囲んでいた。先ほどのことを思い出す度に、未だに心臓がばくばくして落ち着かない。


 ユリウスが、ユリウスじゃないみたいだった。


 やがて広間へやってきたアーノルドさんは、私の頭を撫でると「大変だったね」と言って、困ったように微笑んだ。


「こんなに珍しいものに出会えるなんて……! 氷漬けにしてくれて助かったよ。明日、研究所へ持っていかないと」


 一方、トラヴィス様はユリウスが氷漬けにした蛇を眺め、うっとりとした表情を浮かべている。


「この蛇は数十年に一度しか見つからない、って言われているくらいに珍しいんだ。僕も初めて見たよ」

「確かに、魔物図鑑でしか見たことがないもの」


 テレーゼもまた、物珍しそうにトラヴィス様の持つ蛇をじっくりと眺めている。どうやらこの蛇はかなりレアらしい。


 なんとこの蛇には催淫効果のある毒があるようで、過去には大金持ちの貴族がこの毒を高額で買い取り、悪用する事件もあったくらいなんだとか。


 この毒は魔力量が多ければ多いほど効果が上がるようで、ユリウスの様子があれ程おかしくなったのにも納得した。健康に影響はないようで、ほっとする。


「それにしても、お兄さんに襲われるなんて大変だったね」

「あんなに見境がなくなるなんて、びっくりしました。訳の分からない嘘もつくし、本当に様子がおかしくて」

「嘘? そんな効果あったかな」


 トラヴィス様は「ただ理性が吹き飛ぶくらいだと思うんだけど」と言って、首を傾げている。


「一体、どこからついて来たんでしょうね」

「全っ然わからないの。いきなり肩に乗ってたから」


 あの公園から付いてきたとしても、皆で食事をしている時やお風呂に入っている時だって、その姿は無かったのだ。あまりにも不思議だった。


 それはもう珍しい、催淫効果のある毒を持つ魔物が突然現れてイケメンに噛み付き、うっかり襲われるだなんて、そんなベッタベタなイベントのようなことがあるわけ──…


「イベント……? まさかね」


 時々忘れてしまうけれど、そういや今の私はベタすぎるイベントが起きてしまう乙女ゲームのヒロインだった。


 けれど、私とユリウスは血の繋がった兄妹なのだ。絶対にあり得ないと思いながらも、先程の言葉が頭から離れない。


『俺、お前のお兄ちゃんなんかじゃないから』


 ぶんぶんと首を左右に振りくだらない仮説を頭の中から消すと、早くユリウスが良くなりますように、と祈り続けた。



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【公爵様、悪妻の私はもう放っておいてください】

新連載もよろしくお願いします!

― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃめちゃときめきます!! [気になる点] 完結まで心より楽しみにしています! [一言] いつもどの話もだいすきです♡ 応援してます!
[良い点] 最初っからめちゃめちゃ面白いです! 思い出したようにイベント?が起きるのもイイ… ストーリーのテンポもですが、お味方と敵キャラがハッキリしてるのも良いですね◎ [気になる点] もう夏休みが…
[良い点] ひゃああ…!ユリウスが攻めてくる…! でもきっと、めちゃくちゃ頑張って我慢してたんでしょうね。。 アーノルドが気まずそうな様子だったのに笑いました。「こいつ、とうとうやっちゃったな」とか思…
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