兄妹 1
「こうしてマクシミリアンとセオの友人に会えるとは思っていなかったから、嬉しいよ」
吉田父はにこにこと微笑み、手を差し出してくれる。騎士団長というとお堅いイメージを想像していたけれど、とても穏やかな雰囲気の男性だった。
涼しげな目元は、吉田に似ている気がする。
「レーネ、ここにいたのね。あら、吉田もいたの」
「ごめんね。吉田達には偶然会ったんだ」
「吉田……? ああ、君はリドル侯爵の」
「スタイナー騎士団長、ご無沙汰しております」
やがてテレーゼとアーノルドさんも合流し、テレーゼは吉田父と面識があるようで、にこやかに会話をしている。
「吉田とセオドア様、本当に仲が良いんだね」
「ああ。幼馴染だからな」
子供の頃から毎年、夏休み時期には吉田父が吉田と王子を連れて、こうして旅行に来ているのだという。
騎士団長である吉田父が一緒ならば、安全だからということだった。一応はお忍び旅行のため、隠していたんだとか。
「マクシミリアンはいつも娘達に振り回されていたから、女性が苦手なんじゃないかと思っていたんだ。安心したよ」
「……女性、ですか」
「ちょっと」
どうやら私は、吉田の女性枠に入っているか怪しいラインらしい。可愛くぱちんとウインクをしてみたところ、しっしっと手で振り払われてしまった。
そんな吉田の隣で、王子がじっと私を見つめていて。「こんにちは」と声を掛けてみる。
「そうだ、招待状ありがとうございました! 王城でのガーデンパーティー、楽しみにしていますね」
「…………」
相変わらず無言の王子にそう声を掛けると、彼はこくりと頷いてくれて嬉しくなった。出会った当初の完全無視と比べると、かなりの進歩だろう。
「レーネちゃん、これからも二人を頼むね」
「はい、こちらこそ。二人のこと、大好きなので!」
吉田父に笑顔で返事をしたところ、吉田には「本当に恥ずかしいやつめ」と言われ、心の狭いシスコン兄にも「そういうこと言うの、やめてくれない?」と怒られてしまった。王子だけは小さく微笑んでくれている。
そんな私達を見た吉田父は「本当に良かった」と何故か、ひどく安心したような表情を浮かべていたのだった。
◇◇◇
吉田達と別れた私達は出店を回ったり、動物達と触れ合ったりと公園内を満喫していた、けれど。
「レーネちゃん、見える? 抱っこしてあげようか?」
「あっ、大丈夫です」
「お前本当になんなの? いい加減キレるよ」
「レーネ、あっちで二人で見ましょうか」
幼児のような扱いをしてくるアーノルドさんに対して、ユリウスが「触るな」と言うやり取りが永遠に繰り返され、私は呆れたような様子のテレーゼに手を引かれ回っていた。
それでも、全部が楽しかった。大好きな人たちとこうして過ごす時間は私にとって、キラキラと輝く宝物のようで。前世の自分に、今はこんなに幸せだと伝えてあげたくなった。
その後、リドル侯爵領へ戻ってきた私は皆で夕食を食べテレーゼとお風呂に入り、自室でのんびりと過ごしていた。
眠くなるまで読書をしようと思ったけれど、持ってきた本はユリウスの鞄に入れてもらっていたことを思い出す。そうして兄の部屋へと向かうと、すぐに中へ通してくれた。
「どうしたの? 夜這い?」
「逆にどうしちゃったの?」
いつものように突っ込みつつ、本が欲しいと声を掛けた時だった。ソファに座るユリウスの顔から、笑顔が消えた。
「……レーネ、それ、どこで付けてきた?」
「えっ?」
それ、とはなんだろう。そんな疑問を抱きながらユリウスの目線の先、自身の肩へと視線を向ける。
するとそこには桃色の小さな蛇のようなものがいて、私はひゅっと息を呑んだ。なに、これ。
私が存在に気付いた途端、蛇は視界から消えており、気が付けばそれはユリウスの首元に噛みついていた。
「──え、」
ユリウスは一瞬、痛みで顔を歪めたけれど。すぐに首元の蛇を鷲掴みにすると、そのまま魔法で氷漬けにした。
ごとり、と氷の塊が床に落ちる鈍い音で我に返った私は、慌ててユリウスに駆け寄る。
「……あー、最っ悪」
「っ大丈夫!? や、やだ、毒とかないよね?」
一体、あの蛇は何だったんだろう。もしかすると、毒なんかがあるかもしれない。不安で泣き出しそうになっている私の肩を、ユリウスはぐいと押した。
「出てって」
「え?」
「危ないから、出てって」
危ない、とはどういう意味だろう。だんだんと、ユリウスの表情は辛そうなものへと変わっていく。こんな状態のユリウスを、放っておけるはずなんてない。
「お医者さんを呼んで、」
「意味ないから、いらない」
「でも……」
「早く、出てって」
出ていけ、を繰り返すユリウスは、もしかすると私に対して怒っているのかもしれない。わざとではないとは言え、訳の分からない生き物を連れてきてしまい、迷惑をかけてしまったのだから。トラブルメーカーにも程がある。
ごめんなさい、と肩を落としていると、突然ぐいと腕を引かれてユリウスの上に倒れ込む形になってしまう。掴まれた腕が、やけに熱い。もしかすると熱があるのだろうか。
「ユリウス……?」
顔を上げれば、ひどく熱を帯びた瞳と視線が絡んだ。いつもの兄とは違うその様子に、落ち着かなくなってしまう。
「なんで、言うこと聞いてくれないの」
「えっ?」
「ほんと、最悪すぎ」
私は訳も分からず、兄の整いすぎた顔を見つめることしかできない。言いようのない不安が、胸の中に広がっていく。
「……ごめんね、もう無理そうだ」
やがてそう呟くと、ユリウスは私の首元に噛み付いた。