全然知りたくなかった
「私はテレーゼの所にお邪魔していて、今日はたまたまこの公園にみんなで遊びに来たんだけど……」
「ああ、リドル侯爵領は隣だからな」
「吉田はどうしてここに?」
「……まあ、旅行だ」
そうして会話をしていると、吉田にも賞品であるぬいぐるみが差し出されて。吉田は不思議な顔をして受け取ると、やがて顔を顰めた。妙にクマのぬいぐるみが似合っている。
「なんだこれは」
「一位の賞品だよ。吉田もぬいぐるみが欲しいからシユ……シユチ……シユソ……? に参加したんじゃないの?」
「まさか。それに俺は熊より兎派だ、欲しいならやる」
「えっ、いいの?」
なんと吉田は貴重すぎる限定ぬいぐるみをあっさりとくれたのだ。もちろん嬉しいため、しっかりお礼を言っていただく。並べて飾った姿は、とても可愛いに違いない。
「……あれ」
けれど優勝賞品目的ではないなら、吉田は何故シなんとかに参加したのだろうか。クソダサボートに乗り、ダサすぎるヘルメットを被ってレースをするという罰ゲームを、理由もなしにするとは思えない。
──そうなると、残る理由はひとつしかない。先程、説明の際に関係者の男性が「参加者の中には、運試し的な出会いを求めて参加する人もいる」と言っていたのだ。
「まさか吉田、出会い目的で……!?」
「何を言っているんだバカ、返せ」
「あっ、すみません。でも、それならどうして?」
どうやら違ったらしい。誰かに脅されているのだろうかと思っていると、吉田はフッと笑みを浮かべ、口を開いた。
「格好良いだろう、あれは」
「…………?」
「格好良いから乗った、それだけだ」
「??????」
「なんだその顔は」
どうやら吉田の美しい瞳には、あのボートやヘルメットが格好良く映っているらしい。宿泊研修でダメにしてしまってから、替えのメガネの調子が悪いのだろうか。
その上、青い羽の生えたトップクラスにダサいものを選び「これに乗らせて欲しい」と頼んだという。吉田、壊滅的にセンスがなさ過ぎる。全然知りたくなかった情報だった。
「吉田、私服は絶対に自分で選ばないでね。一生のお願い」
「よく分からないが、俺は今バカにされているんだな?」
吉田姉はお洒落上級者で、吉田邸に遊びに行った際、専属のスタイリストを雇っていると話していたのだ。吉田の私服も選んでもらっていたため、いい感じだったのだろう。
そうして吉田の手を取り懇願しているうちに、私はふと自身が迷子だったことを思い出していた。無事にぬいぐるみを手に入れたのだ、兄達を探さなければと思った時だった。
「ほんと、レーネは酷いね。稀代の悪女って感じ?」
そんな声が耳元で聞こえてくるのと同時に、私はユリウスによって後ろから抱きしめられていて。
「俺が必死に探してる間、ヨシダくんと呑気に小舟に乗ってデートだなんて、悪い女にも程があるよ」
「ご、ごめんなさい。私が悪いんですが、後半は誤解で」
「結構怒ってるからね、今の俺」
怒っている様子のユリウスは、ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる力を強めていく。一体いつから見ていたのだろう。
押し潰されているぬいぐるみ達の顔は、私以上に悲惨なことになっている。普通に苦しい。
「あ、ヨシダくん。こんにちは」
「どうも」
「こんなところで偶然会うなんて、運命みたいだね」
「はあ」
「レーネもそう思ってるんでしょ? ねえ? ねーえ?」
「しゅ、しゅひはへん……」
怒りが収まるどころか、占いの件を思い出したらしいユリウスは、今度は片手で私の顔を掴んだ。今の私は、タコのような顔になっているに違いない。根に持ちすぎである。
「俺、ヨシダくんのことは信じてるからね? レーネのことを恋愛的な意味で好きになったりしないって」
「当然でしょう、俺にだって選ぶ権利はあります」
「ひょっほ」
ズバッという効果音が聞こえてきそうな即答に、思わず突っ込みを入れてしまった。もちろん私とて恋愛的に好いてもらいたい訳ではないけれど、言い方というものがある。
一方、ユリウスにとっては満足のいく回答だったようで、「これからもレーネを頼むね」なんて言い、笑顔で吉田の肩をぽんぽんと叩いている。
「マクシミリアン、お目当ての船には乗れたのかい?」
すると不意に、そんな低い柔らかな声が聞こえてきて。視線を向けるとそこには、背の高いがっしりとした身体つきをした、ナイスミドルという感じの男性が立っていた。
そのすぐ側にはなんと、セオドア王子の姿もある。帽子を深く被りメガネをしているけれど、高貴すぎるイケメン王子オーラは隠しきれていない。
「おや、もしかしてマクシミリアンの友人かな」
「はい。学園の友人です」
吉田が当然のように私を友人と紹介してくれたことに胸を打たれ、心の中で好きだと叫びながら男性に頭を下げる。
ようやくユリウスに解放された私は「あの、そちらは」と小声で吉田に尋ねてみる。すると吉田は「そういや、先日来た時には紹介していなかったな」と言い、続けた。
「俺の父だ」