リドル侯爵領へ 3
それからも四人で街中を歩き続けていると、不意に建物と建物の隙間の奥に、ボロッボロの小屋を見付けた。お化け屋敷と言われても信じるレベルの不気味さだ。
何気なく「なんだろう、あれ」と呟いたところ、後ろを歩いていたテレーゼが「占い小屋よ」と教えてくれた。
「占い小屋?」
「あんな見た目だけど、怖いくらいに当たるって有名なの」
実は前世から占いが大好きだった私は、気になって仕方がない。そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。せっかくだし占って貰っておいでという皆のお言葉に甘えて、私は一人小屋へと向かうことにした。
薄暗い路地を歩いていると、足元からネズミが飛び出してきて、思わず悲鳴を上げてしまう。やがて小屋の前まできた私は恐る恐る、あちこち腐り落ちたドアをノックする。すると中からは「入りな」と言う返事が聞こえてきた。
「し、失礼します……」
来たことを若干後悔しながら中へと入れば、黒いローブを身に纏った老婆の姿があった。壁には謎の人形やお札がびっしりと並んでおり、ここにいるだけで普通に呪われそうだ。
古びたテーブルの上には、占いアイテム代表の水晶玉がある。向かい合うようにして座り、まずはお金を払う。
意外と高値で驚きつつ「何を知りたい?」と低く嗄れた声で尋ねられた私は、ぎゅっと両手を握りしめ、口を開いた。
「わ、私、いずれ恋愛が出来ますか……?」
老婆は「分かった」とだけ言うと、水晶に手をかざす。
すると透明だったそれに光の粒子が集まっていき、美しい水色に変わっていく。思わず見惚れていると、やがてそれは透明に戻り「なるほどねえ」と老婆は呟いた。
「出来るよ。身を焦がすような恋が出来る」
「えっ」
「お前の一番近くにいる男が、運命の相手だ」
「ええっ」
予想もしていなかった言葉に、心臓が跳ねた。
恋愛ができると断言されたのは嬉しいものの、自身が身を焦がすような恋愛をするなんて、全く想像もつかない。何より、その相手が既に身近にいるだなんて信じられなかった。
「それにしても、お前は珍しいね。普通はひとつふたつしかないはずの未来が、おびただしい数に分かれている」
「未来が、たくさん……?」
「ああ。早くに死ぬ未来もあるから気をつけな」
「死……!?」
さっぱり笑えない占い結果だ。先程のテレーゼの「怖いくらいに当たる」と言う言葉を思い出し、眩暈がしてくる。
未来が分かれているというのはもしや、ルート分岐のことを言っているのだろうか。その中に死亡バッドエンドがあるとか、そういうのは本当にやめて欲しい。恐ろしすぎる。
「あ、あの、私はどうすれば……?」
「立ち止まらないことだ。後は周りの人間を大切にしろ。それだけでいい」
立ち止まらない、というのはどういう意味なのだろうか。もちろん周りの人は皆、大切にしていきたいけれど。
まだまだ聞きたいことはあったけれど「ま、せいぜい頑張りな」と笑い声が耳元で聞こえてきて。それと同時に、気が付けば私は小屋の前に立っていたのだった。
◇◇◇
「…………ネ、レーネ? 大丈夫?」
「あ、う、うん。ごめんね」
占い師に言われた言葉が頭から離れず、私は帰りの馬車の中でもずっと、ぼうっとしてしまっていた。
運命の男性というのも、もちろん気になるけれど。やはり「早くに死ぬ未来もある」という言葉が気になってしまう。
「占い小屋で何か言われた? あの後から変だよ」
隣に座るユリウスも、心配げに私を見つめている。
改めてあの占い師はどれくらい当たるのか、とテレーゼに尋ねてみたところ「外れたという話は聞いたことがないくらい」なんて言われてしまい、私は内心頭を抱えた。
「どういう原理か分からないけれど、そもそも小屋自体が滅多に現れないのよ。年単位で現れないこともあるみたい」
「そうなんだ……」
どうやら、かなりレアな存在のようだ。何より百発百中となれば、早くに死ぬかもなんて言われたとは言いづらい。これ以上余計な心配をかけないよう、無理矢理笑顔を作った。
「実は、身を焦がすような恋が出来るって言われた上に、相手は一番身近な男性って言われたから、気になっちゃって」
「へえ?」
もちろんこちらの話も気になりすぎているため、嘘は言っていない。するとユリウスは「いいこと聞いた」「本当に当たるみたいだね」なんて言い、にっこりと微笑んでいる。
「レーネの一番身近な男って、誰のことだろうね?」
「……やっぱり、吉田のことだよね」
「は?」
そう答えたところ、何故かめちゃくちゃ怒られた。