間違いだらけ探し
完全に眠気が吹き飛んだ私は、眠っているユリウスの手が緩んだ隙に何とか彼の腕から抜け出し、自室へと戻った。そのままベッドに飛び込み、ぬいぐるみを抱きしめる。
一人になったところで、全く寝付けそうにない。柔らかな唇の感触が、頭から離れなかった。ソワソワして、ひどく落ち着かない。本当に、意味がわからない。
けれど、こんな気分になるのも当たり前だった。兄妹といえ、私が彼を兄だと認識したのはたった数ヶ月前なのだ。その上、元々恋愛経験のない私があんなハイスペックイケメンに額にキスなんてされて、冷静でいられる訳がなかった。
「……ユリウスのバカ、もうやだ」
本当に、兄の距離感はおかしい。子供同士ならまだしも、こんな年齢の歳の近い兄妹のスキンシップとしては間違っていると、誰か教えてあげて欲しい。
実の兄相手に、こんなにもドキドキしてしまっているなんておかしい。間違っている。何かの間違いだ。そう何度も自分にそう言い聞かせ、平常心を心掛ける。
けれど結局、そんな私が眠りにつけたのは朝方だった。
「おはよう。起きたら隣に姿がないから、寂しかったよ」
「…………」
「え、もしかして怒ってる?」
「当たり前でしょ、もう二度とあんなことしないで」
まだまだ眠たかったけれど、今日はクラスメイト達と会うことになっているため、眠たい目を擦って何とか起き、軽く支度をして食堂へと向かう。
そこには朝から爽やかすぎる兄の姿があり、寝不足で頭がガンガンする私を他所に「よく眠れた」なんて言っている。
「俺としてはかなり譲歩したんだけどな」
「何の話? とにかく絶対にもうしないでね」
「するよ」
「ちょっと」
兄は「怒った顔もかわいい」なんて言っていて、全く反省する素振りはない。むしろ本当にまたしてきそうだ。
「ねえ、なんでそんな遠くに座ってるわけ?」
「なんでも」
「もしかして照れてる? 本当にかわいいね」
「ねえ、本当にからかわないで」
「からかってないよ。俺はいつでも本気だけど」
「…………」
この訳の分からない兄はこのままだと、超えてはいけないラインを走り幅跳びで飛び越えてくる気がする。恐ろしい。
とにかくもたもたしていては、両親やジェニーが帰って来てしまう。その前に準備を済ませ、さっさと出掛けようと決めて、私は黙々と食事を口へと運んでいたけれど。
そんな私を兄は何故か満足げに微笑み、見つめていた。
◇◇◇
「私、たまにお兄ちゃんと寝るよ」
「えっ」
そして午後、ローザに何とかクマを隠してもらった私は軽くお洒落をして、クラスメイト達と遊びに来ていた。会場は体育祭の打ち上げ会場でも使わせていただいたお店だ。
そこで皆でお喋りをしたりお菓子を食べたり、ゲームをしたりと学生らしい楽しい時間を過ごしている。早々にボードゲームのトーナメント戦で負けた私は、クラスの女の子達とお喋りをしていたのだけれど。
なんと同じく歳の近い兄を持つサンディちゃんは、当たり前のように兄と寝ていると言ってのけたのだ。挨拶のように頬にキスまですると聞き、余計に驚いてしまう。
「えー、それは仲良し過ぎない? あたし、歳の近い弟とは会話すらほとんどしないよ」
「うんうん、普通そうだよね。うちもそう」
ここは日本ではないし、文化の違いがあってもおかしくはない。けれど大半の子達は、私と同じ感性らしい。やはり兄のスキンシップは行き過ぎている。
帰ったら、改めて文句を言おうと決めた。
「お、激弱レーネじゃん。もう一戦やるか?」
「くっ……」
そんな中、先程カードゲームで私をこてんぱんにしたヴィリーがやって来て、私の額を人差し指でつんと押した。
彼の悲惨な試験結果を知っていた私は、頭脳戦なら余裕で勝てるだろうと甘く見ていたけれど。この男、とにかく勝負運が強く、運だけでひたすら勝ち続けるのだ。
そのせいで結局、全戦敗北して今に至る。
「なあ、暑いし少し外出ねえ? 噴水のとこ行こうぜ」
「いいよ」
そんな誘いを受け、二人で外へ出ることにした。
店のすぐ側には、大きな噴水がある。その縁に二人並んで腰を下ろせば、涼しい風が頬を撫でていった。
「そうだ、ヴィリーにもパーティーの招待状、来た?」
「セオドアからだろ? 来たぜ」
「えっ、呼び捨て?」
「前に本人にいいか? って聞いたら無言で頷いてた」
ヴィリーと王子は意外な組み合わせだけれど、二人は割と気が合うらしい。そんなやり取りを想像し、なんだか微笑ましいと思いつつ、最近のお互いの近況なんかを話す。
ヴィリーといると、すごく楽だといつも思う。全く気を遣わず、ありのままの自分でいられるのだ。
彼のくだらない話に涙が出そうなくらい笑っていると、彼がじっとこちらを見ていることに気が付いた。
「どうかした?」
「なんつーか、お前が楽しそうで良かったと思って」
いつもの彼らしくない、ひどく優しげな笑みを浮かべていて、どきりとしてしまう。
ヴィリーは元々、虐められていたレーネを何度も助けてくれていたのだ。その頃を思い出し、そう言ってくれているのだろう。
「お前は絶対笑ってる方がいいしさ、また何かされたらすぐ俺に言えよ、って何でお前泣いてんの」
「な、なんか嬉しくて……あ、ありがとう……」
自分でも、よく分からないくらいに涙が出てきた。そんな私を見て、ヴィリーはぎょっとした表情を浮かべている。
もちろんヴィリーの優しさには感動したし、嬉しかった。けれど自分でも驚く程に涙が出てくるのだ。普段の私ならば絶対に、こんなにも泣くことはなかった。
もしかすると、今泣いているのは私ではないのかもしれない。なんとなく、そんな気がした。
「お前の兄ちゃんに怒られそうだし、さっさと泣きやめよ」
そう言って、ポケットからベタベタに溶けたキャンディを取り出したヴィリーに、泣きながら笑ってしまう。
やがて、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれたヴィリーとこれからもずっと友人で居たいと、心から思った。