二人だけの夜
「びっくりするくらい、全然分からなかったね」
「そうだね」
ラインハルトと出かけた数日後、私はユリウスと共に再び王都の街中へとやって来ていた。
兄の先輩の先輩だという魔法省の魔道具に関する部署で働く方とカフェで会い、私の指に嵌まったままの例の指輪について見てもらったのだ。
けれどいくら鑑定しても「ただの指輪にしか見えない」と言われてしまい、何故指から外れないのかも分からないままだった。謎すぎて怖い。指から外せないせいで、詳しく調べることも難しいらしい。
「まあ、不気味だけど今のところ悪影響はないようだし、様子を見るしかないね」
「うん。そうする」
専門家ですら分からないことを、今後私がいくら図書館などで調べたところで分かるはずもない。時間は有限なのだ、仕方ないのでさっさと諦めることにした。
もしかするとゲームの重要なアイテムかもしれないし、例の転生者であるアンナさんなら何か知っているかもしれないという、淡い期待を抱いておく。
「もう、夏休みも半分過ぎちゃったんだね……」
兄と共に近くのレストランで食事をしながら、私はぽつりとそう呟いた。あまりにもあっという間に時間が過ぎていくせいで、人生最速の一ヶ月になるような気がしている。
今後の予定としては、明日クラスメイト達と集まって食事会をし、三日後には兄とアーノルドさんと共に、テレーゼの領地へ遊びに行くことになっていた。そして終わり頃には、王子とのパーティーもある。
どれも楽しみで仕方ないけれど、夏休みが終わってしまうことを想像するだけで、寂しい気持ちになってしまう。長くて仕方ないと思っていた前世のあの頃が、嘘のようだった。
「俺とレーネの蜜月も、もう少しで終わりだね。寂しいな」
「げほっ」
蜜月というワードに思わずむせてしまったものの、ユリウスと二人きりで屋敷で過ごす日々も、もう終わる。明日には、ジェニーや両親が王都の屋敷に戻ってくる予定なのだ。
兄と二人きりの生活は、とても楽しかった。朝昼晩と二人で食事をとり、何をするにも一緒で。確かに兄の言う通り新婚生活のように思えなくもない。もちろん、そんな甘い雰囲気ではなかったけれど。
二人で勝手に領地を脱出したことで、ジェニーは怒り狂っているに違いない。明日は面倒なことになりそうだと思いながら、美味しいパスタをいただく。
「ま、俺とレーネが結婚するまで後3年はかかるだろうし、それまで我慢するよ」
「なんの話?」
シスコンを超えた冗談を繰り出す兄に突っ込みながら、なんだかんだ楽しい時間を過ごしたのだった。
◇◇◇
「もう嫌だ、二度とユリウスとは遊ばない」
「レーネが弱すぎるんだよ」
その日の晩、二人きりで過ごすのも最後だからと、遅くまで一緒に遊ぼうということになった。ユリウスの誘いを受けた私は寝る支度を済ませ、兄の部屋にやって来ている。
ユリウスの部屋のベッドはキングサイズでとても広く、その上に兄は寝転がり、私は座って。ひたすらカードゲームやボードゲームをして遊んでいたのだけれど、何をやっても惨敗するせいで、悔しくてたまらない。
「ふわあ……そろそろ眠たくなってきたし、寝ようかな」
「そう? じゃあ明かり消すね」
「ちょっと待って」
何故、私もこのままここで寝る流れになっているのだろうか。部屋に戻ろうとした私の腕を掴むと、兄は器用に魔法で玩具を片付け、明かりを消してしまった。
ぐいと引き寄せられたかと思うと、気が付けば腕枕をされるような体勢になっていて。ベッドサイドの小さな照明が、目の前のユリウスの整い過ぎた顔を柔らかく照らしている。
「最後だしよくない? こないだも一緒に寝た仲じゃん」
「よくない、絶対におかしい」
「別に何もしないから」
「当たり前でしょ」
「そうでもないよ、俺としては結構頑張ってるんだけどな」
頑張っている、とは一体どういう意味だろうと思っていると、ユリウスは深い溜め息を吐いた。
「他の男の家に遊びに行ったかと思えば、他の男とまた出掛けて。酷いよね、レーネは」
「吉田もラインハルトも友達だよ」
「俺はレーネとしか遊んでいないのに」
確かに兄ならば誘いも多いはずなのに、私が出掛けている間もずっと家にいるようだった。転移魔法の魔導具の分を稼ぐため、例の投資の仕事もしているらしい。
「明日はクラスの子達と遊びに行くんだっけ? 寂しいな」
「ユリウスもたまには友達と遊ばないの?」
兄に、私の何倍も手紙が届いていたのは知っている。きっとその中には、遊びのお誘いだってたくさんあるはずだ。
「うーん、どうしようかな。レーネは俺が他の女の子と遊びに行ってもいいの?」
「むしろ何でダメなの?」
「ほんっと冷たいね」
兄のことは好きだけれど、私は友人と遊びに行くのを止めるほどブラコンではない。
「ま、そう言ってられるのも今のうちだよ」
するとそんな私に対して、ユリウスはやけに自信ありげな笑みを浮かべ、なんと私の額に唇をそっと押し当てた。
驚きで声も出ない私を見て、兄は満足げに笑っている。
「な、なっ……!?」
「おやすみ、レーネちゃん」
そして前回と同じく私を抱き枕のようにして、ユリウスはあっという間に眠ってしまって。いつまでも心臓が早鐘を打ち続け、さっぱり眠れなかったのは言うまでもない。