たったひとつ、守りたいもの
吉田邸を訪れた2日後、私はラインハルトと共に王都の街中へとやって来ていた。空いている日を尋ねられ、答えたところすぐに今日に決まったのだ。
私服は初めて見たけれどとてもお洒落で、相変わらず抜群にイケメンな彼は、すれ違う人々の視線を掻っ攫っていた。
待ち合わせ場所に立っていたラインハルトに対し声をかけるのすら、気が引けたくらいだ。
「レーネちゃんにも招待状、来てたんだね」
「うん。ラインハルトにも届いてたんだね。楽しみだけどパーティーとかに行った記憶がほとんどないから、不安で」
「僕が一緒にいるから、安心して」
セオドア王子からのガーデンパーティーの招待状は、彼にも届いていたらしい。吉田やテレーゼ、ヴィリーにも送られているに違いない。王子も私達のことを友人だと思ってくれているようで、とても嬉しくなる。
夏休みの終わり辺りに開催されるようで、私はもちろん参加という返事をすぐに送った。それまで王子に会えないかと思うと少し寂しいけれど、皆にも会えると思うと楽しみで仕方なかった。
ただ王城での催しのため、マナーがお粗末だった場合、招待してくれた王子の評価を下げることにもなりかねない。しっかりと確認しておく必要があるだろう。
「わあ、素敵なお店……!」
「今王都で一番予約が取れない店なんだって」
「ええっ」
そんな中、ラインハルトに手を引かれやってきたのは、色とりどりの美しい花で彩られた真っ白なカフェだった。甘い良い香りが広がる店内へ入り、彼が名前を言うとすぐに店員さんに奥の席へと案内される。
メニューにはずらりと美味しそうな名前が並んでいて、胸が弾む。私が甘いものが大好きだと以前話していたのを覚えていて、なんとか予約を取ってくれたらしい。
その気持ちが嬉しくて、何度もお礼を言えば「レーネちゃんのためなら何でもするよ」と彼は微笑んだ。
「どれも美味しそうで悩むね……」
「そうだね。レーネちゃんが食べたいものを2つ頼んで、半分ずつ一緒に食べるのはどう?」
「そうしよう!」
そうして二人で時間をかけて二種類のパンケーキと紅茶を頼むと、ラインハルトは無造作にテーブルの上に置いていた私の手をぎゅっと握った。
「今日、レーネちゃんとデートできて本当に嬉しい」
「デ、デート……!?」
「うん。僕はそう思ってたんだけど、違った?」
まるで子犬のような潤んだ瞳を向けられて、「違う」だなんて言えるはずもない。「多分デートだと思います」と返事をした私もやはり、ラインハルトに甘い気がする。
そうしているうちに届いた、ふわっふわのパンケーキはとても美味しそうで。香りの良いお茶と共に、半分こをして楽しくお喋りをしながら食べていく。
あまりの美味しさに幸せな気分に浸っていると不意に、ラインハルトの手がこちらへと伸びてきて。
「あ、クリームついてる」
そう言って彼は私の口元に付いていたらしいクリームをそっと指で掬うと、なんとぺろりと舐めたのだ。
「な、なな、な……!?」
こんなベタな展開、少女漫画か乙女ゲームの世界にしか存在しないと思っていた。いや、ここはばっちり乙女ゲームの世界なのだけれど。
こんなベッタベタなことをしても、全く違和感がないどころか絵になってしまうのだから、イケメンは反則だと思う。
それにしても私の周りには、距離感バグが起きている男性が多すぎる気がする。流石に照れてしまった私を見て、ラインハルトは花が咲くように微笑んだ。
「レーネちゃんが世界で一番かわいい」
そんなことを本気で言っているらしいラインハルトが、あまりにも幸せそうに笑うものだから。まだ顔が赤いであろう私も、つられて笑顔になってしまったのだった。
◇◇◇
カフェを出た後は再びラインハルトに手を引かれ、王都の街中を散策した。彼が案内してくれるお店はどれも本当に、私の好みぴったりで。まるで心の中を読まれているのではないか、と思ってしまったくらいだ。
けれどそれくらい私の好みに合わせて調べ、下準備をしてくれたのだと思うと、やっぱりとても嬉しかった。
「今度は私がラインハルトの好きそうなものを探しておくから、また一緒に遊びにこようね」
「うん、ありがとう。楽しみにしてる」
やはり楽しい時間というのはあっという間で、いつしか空はオレンジ色に染まり出していた。帰るのが寂しいなと思いながらも、私たちは共に帰りの馬車に乗り込んだ。
このまま我が家へ送り届けてくれるらしい。「隣、座ってもいい?」と尋ねられ頷けば、彼は私の隣に腰掛けた。
「今日、本当に楽しかった。ありがとう」
「こちらこそありがとう。すごく楽しかったよ」
本当に本当に、楽しかった。そしてそれは、ラインハルトの細かな気遣いのお蔭だと言うことも、勿論わかっていた。
「次は、っきゃ、」
そうして夏休み中にまた、遊びに行こうという計画を立てていると不意に、馬車が大きく揺れて。気が付けばラインハルトにしがみつく形になってしまっていた。
そんな私を、彼は抱きしめるように支えてくれていて。
「……ライン、ハルト?」
揺れが止んでも彼はそのまま、むしろ更にきつく私を抱きしめていた。耳元がちょうど彼の胸元にあり、とくとくと早鐘を打つ心臓の音が聞こえてくるせいで、落ち着かない。
支えてもらったというのに離して、と言うのも何だか違う気がして、お互い無言のまま時間だけが過ぎていく。
やがて、先に口を開いたのは彼の方だった。
「こないだ、本当に悔しかったんだ」
「……うん」
彼の言う「こないだ」が宿泊研修でのことだというのは、すぐに分かった。縋り付くように、抱きしめられる。
「レーネちゃんを守れるようになりたい。僕、頑張るから。これからもずっと一緒にいてくれる?」
ひどく真剣で、切実な声だった。やがてゆっくりと身体が離れたことで、至近距離で彼のグレーの瞳と視線が絡む。
ラインハルトが私へと向ける感情の大きさが、普通よりも大きいことには気がついていた。彼との出会いや仲良くなった経緯を考えれば、当然なのかもしれない。
もちろん私もラインハルトのことは好きだし、彼とずっと仲良くしていたいと思っている。けれど今の彼の問いに対して、気軽に「うん」と言ってはいけないような気がして。
「レーネちゃん、大好きだよ」
そんな彼は私が返事をする前に、困ったような、泣きそうな顔をして微笑んだのだった。