そして負けられない戦いが始まる
ユリウスと共に無事に王都の屋敷へと戻ってきた私は、兄にお礼を言って別れ、自室へと戻った。
そうしてローザから届いていた手紙達を受け取ると、それらを抱きしめてベッドに倒れ込んだ。友人からこうして手紙をもらうことも初めてで、つい浮かれてしまう。
「ええと、テレーゼからと吉田からと……あ、ラインハルトは三通も送ってくれてる」
まずはラインハルトの手紙を届いた順に開封していく。そこには毎日ひたすら魔法の練習や勉強をしていること、毎日のように私の夢を見ること、私と遊びにいく予定を楽しみに過ごしていることなどがびっしりと綴られていた。
その文面と文量からは、とてつもない愛が伝わってくる。ラインハルトだから嬉しいものの、正直差出人の名前が無いままこれが送られてきたら、怖くて泣くレベルだと思う。
次に開けたテレーゼからの手紙には、彼女の夏休み中の近況報告や、一緒に旅行に行くのを楽しみにしているということが美しい字で書かれており、早く会いたくなった。
友人達の手書きの文字の温かさに胸を打たれながら、最後に吉田からの手紙を手に取る。
「……えっ」
するとそこには、夏休みの半ばから旅行に行くため、本当に遊びに来るのなら前半のうちにして欲しい、ということが綴られていた。もう、前半は残り数日しかない。
絶対に吉田家に行きたい私はすぐに返事の手紙を書くと、急いで送るよう使用人に頼んだのだった。
◇◇◇
それから二日後、私はばっちりと支度をしスタイナー子爵家へとやってきていた。スタイナー子爵令息=吉田というのが全くピンと来ないまま、馬車を降りる。
「これが吉田邸……」
騎士団長である彼のお父様へ、国王陛下から爵位と共に贈られたというお屋敷は我が家と同じくらい、もしくはそれ以上に立派なものだった。
私が来ることはしっかり知らされていたようで、使用人によって丁寧に中へと案内されると、すぐに吉田が出迎えてくれて。私は飛びつきたくなるのを堪え、笑顔を浮かべた。
「今日はお招きいただきありがとう。会いたかった!」
「フン、たった一週間ほどしか経っていないだろう」
そうは言いながらも、口元には笑みが浮かんでいる吉田の後をついて行き、やがて着いたのは彼の私室だった。
きっちりと整頓され、シンプルだけれどお洒落な部屋はなんとも彼らしい。とてもいい匂いがすると言えば、「恥ずかしい奴め!」と何故か怒られてしまった。
「……こうしてお前と会うと、なんだか変な感じがするな」
「そうだね。あ、今度はうちにも遊びに来て欲しいな」
テーブルセットに向かい合って座り、いつも通りの会話をしていたところ、お茶の支度をしていたメイドたちが驚いたような表情を浮かべていることに気が付いた。一応吉田呼びも控えているというのに、何故だろうか。
「私ね、友達の家に遊びに来たの初めてなんだ。だから、すごく嬉しい。本当にありがとう、吉田」
「……別に、家くらいいつでも来ればいい」
美味しいお茶を片手にたわいない話をしていると、不意にノック音が響き、吉田が返事をする前にドアが開いて。部屋の中へ入ってきたのは、なんと色気に溢れた美女だった。
「ねえマックス、お客様が来たって聞いたけれど学園のお友達でしょう? 私にもしょうか、」
そして美女は何故か、私の顔を見るなり言葉を失った。マックスというのはもしかすると、吉田の愛称だろうか。
固まる美女と見つめ合う謎すぎる空気に戸惑った私は、こっそりと吉田に耳打ちをしてみる。
「あの、マックス、あちらは……?」
「さりげなくマックスと呼ぶな。そしてあれは俺の姉だ」
「ええっ」
確かに髪色も同じだし、涼しげな目元は吉田によく似ている。そう言えば以前、吉田には姉が二人いるという話を聞いたことがあったような気がした。
「アレクシア、勝手に部屋に入ってくるなといつも言っているだろう。早く出ていけ」
「マ、マックスが……女の子を部屋に連れ込んで……お楽しみ中だなんて……!」
「語弊しかない言い方はやめろ」
そんな吉田の言葉を完全に無視し、「嘘でしょう」と呟いた吉田姉は口元を手で覆い、よろよろと後ずさった。
どうやら吉田が女友達を家に招くのは初めてらしく、かなり驚いているようだった。先程メイド達の様子がおかしかったのも、そのせいなのかもしれない。
「あなた、お名前は……?」
「すみませんお邪魔してます、よしマクシミリアンくんの同級生でレーネ・ウェインライトと申します」
「本当に女の子なのね……こんな日がいつか来るとは思っていたけれど、こんなにも早いだなんて……」
「どんな日だ」
涙を浮かべる吉田姉に対し吉田は冷ややかな視線を向け、尚も「出ていけ」と繰り返している。
やがて吉田姉はきっと私を見つめると、口を開いた。
「マックスは大事な弟なんです。どこの馬の骨とも分からない女性と、お付き合いをさせる訳にはいきません」
「お前は本当に何を言っているんだ」
「本気なら、私を倒してからにしなさい」
「頼むから出て行ってくれ」
姉弟間の温度差は凄まじく、風邪を引きそうだ。どうやら吉田姉は、うちの兄に劣らないブラコンらしい。
とは言え、かわいい大切な弟が見知らぬ女を部屋に連れ込んでいるのだから、不安になる気持ちも分かる。吉田はとても優しいから、余計に心配なのだろう。
それに、吉田だって兄に認められているのだ。私も吉田姉に認められ、家族公認の親友として付き合っていきたい。
「おい、お前も無視を」
「分かりました。お姉様にマクシミリアンくんとのお付き合いを認めていただけるよう、頑張ります!」
「良い心意気ね、表に出ましょうか」
「ここには馬鹿しかいないのか」
そうして、私と吉田姉との戦いが幕を開けたのだった。
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