モブですら顔面偏差値が高すぎる
他国語など、一朝一夕でなんとかなるものではない。
だからこそ、カンニング扱いくらいされると思っていたものの、クラスメイト達は信じられないものを見るような視線を向けてくるだけだった。
……後から知ったけれど、この学園内ではカンニングなど出来るはずがないらしい。流石、国一番の魔法学園だ。
とにかく転生チート的なものを発見した私は正直、浮かれまくっていた。あとで図書室へ行き、他の言語も読むことができるかどうかを確認しようと決める。
この調子なら、Fランク脱出くらい簡単かもしれない。そう思ってしまうくらい、浮かれていたのだけれど。
「さ、さっぱり分からなかった……」
次の魔法学の授業の内容は、何ひとつわからなかった。
出てくる用語の意味すら分からないため、もはや何が分からないのかすら分からないのだ。やはりヒロイン顔をして調子に乗ってはいけないと、深く反省した。
とは言え、勉強は元々得意な方だ。地頭がそこまで良いわけではないけれど、効率よく詰め込むことには自信がある。
とにかく今は、コツコツ勉強をしよう。そう決めて、私は黒板に並ぶ暗号を必死にノートへと写し続けた。
◇◇◇
そして、なんとか4コマ分の授業を終えた後の昼休み。再びいじめっ子達に絡まれては面倒だと思った私は、チャイムが鳴ると同時に教室を飛び出した。
学園内には、購買的なお店があることも確認済みだ。Fランクの間は友達を作ることすら難しいだろうと思い、しばらくはパンでも買って空き教室で食べようと決めていた。
今日はさっさと食べた後、図書室へ行こう。次の試験までは時間がないのだ。一分一秒を大切にし、有意義な昼休みを過ごそう。そんな計画を立てながら、売店を目指す。
そしてその途中で、前方からセオドア王子が歩いてくるのが見えた。その隣にいる青髪のメガネ美青年には、なんとなく見覚えがある。彼も攻略対象だったかもしれない。
とにかく、好感度という名の魔力量ゲットチャンスだと思い、私はめげずにセオドア王子に話しかけることにした。
「こんにちは!」
「…………」
けれどつい気合いを入れすぎたあまり、思ったよりも大きな声が出てしまった。二人どころか、周りにいた生徒達まで、引いたような顔で私を見ている。
もちろん、王子は相変わらず無視だ。そもそもこの方法で好感度が上がるかすら怪しいものの、この様子を見る限り会話なんて間違いなく無理だ。仕方がない。
それでも恥ずかしくなった私はへらりと笑顔を浮かべ、足早にその場から去ろうとした、けれど。
「レーネちゃん」
突然後ろから、誰かにがばっと抱きつかれたのだ。辺りから、女子生徒の悲鳴が上がる。
とは言え、この甘すぎる低音ボイスにはもちろん、覚えがあった。こんなことをする人間も、一人しかいない。
必死にもがいて腕から抜け出せば、そこにはやはり数時間ぶりのユリウスの姿があった。
「あ、兄……!」
「あはは、何その呼び方」
髪の毛ボサボサだよ、と可笑しそうに笑う彼に、苛立ちが募る。間違いなく今のも嫌がらせだろう。
「私のことは、妹と呼んでもらって大丈夫です」
「俺はお前を妹だと思ったことはないよ」
「あっそう」
どうやら不出来すぎるあまり、妹とすら思われていなかったらしい。それならば、尚更関わってくれなくて結構だ。
奴のせいで、周りから更に注目を浴びてしまった。やはり女子生徒から人気があるようで、なぜか私が睨まれてしまっているのだ。世の中、色々と間違っている。
「あれ、妹さん? 珍しいね、ユリウスが話しかけるの」
そんな中、兄の後ろから現れた人物の顔を見た瞬間、私は思わず息を呑んだ。さらさらと輝く薄紫色の髪に、太陽のような金色の瞳。すっと通った鼻筋に、形の良い唇。
その姿は、私の好みドストライクだった。優しげな声や雰囲気まで私好みで、ついつい見惚れてしまう。
こんなキャラクターは居なかったはず。パッケージに載っていたならば、間違いなく一番最初に攻略しているはずなのだ。モブですらこの顔面偏差値だなんて、末恐ろしい。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です、すみません……!」
そんなことを考えていると、心配そうに至近距離で顔を覗き込まれてしまった。心臓に悪いのでやめて欲しい。
けれど見た目が好きだからと言って、恋に落ちるわけでも推しになるわけでもない。とは言え今後はこっそりと、目の保養にさせて頂こうと思っていた時だった。
「なに? アーノルドのこと、好きになっちゃった?」
「え」
ユリウスが意地の悪い笑顔を浮かべ、私の肩に腕を回してぐいと引き寄せたのだ。甘い香りが鼻先をかすめる。
「お前さ、朝もさっきも王子に声を掛けてたよね。いつからそんなに気の多い女になっちゃったのかな」
「ち、違うってば!」
王子のことは仕方ないし、三次元を超えた好みのイケメンを前にすれば、誰だって少しくらいは見惚れてしまうに決まっている。不可抗力だ。
とにかく今の私には、この兄を相手にしている暇はない。今後のためにも、私にはあまり関わらないで欲しいと強く言って逃げよう、そう決めた時だった。
「……ユリウス、お兄様?」
こちらを睨み付けるようにして立っているジェニーを見た瞬間、平和で実りある昼休みを過ごすことを私は諦めた。