二人のヒロイン
自身の他にも転生者がいることに、私は驚きを隠せずにいたけれど。同時に、同じ境遇の仲間を見つけて嬉しいという気持ちや、何か分かるかもしれないという期待もあった。
私がほんの少しだけプレイした、ハートフル学園が舞台のこのゲームは間違いなく無印、つまり初代だ。
話を聞く限り彼女はきっと、続編のヒロインなのだろう。ゲーム内容へのクレームが多かったせいで、続編ではヌルゲーに大幅に路線変更したのかもしれない。ブレブレすぎる。
「なんか他に、変わったことを言ったりしてた?」
「変わったことしか言ってねえよ」
どうやら彼女は、自身が転生者だと言うことを隠していないらしい。そしてセシルの話を聞く限り、誰も彼女の話を信じてはいないようだった。
不思議発言は多いものの、人当たりはよく、天然キャラとして皆に愛されているんだとか。ちょっぴり解せない。
「どうしてもアンナさんに会いたいんだけど、無理かな」
「夏休みはずっと王子の国に遊びに行くって行ってたから、それ以降ならまあ会えるんじゃねえの?」
「なるほど」
アンナさん、攻めの姿勢が過ぎる。きっと他国の王子だという攻略対象のルートを狙っているのだろう。前世での推しだったのかもしれない。
「もしくは交流会で会えるかもな」
「交流会?」
「お前、本当に何も知らないんだな。2年に一回お前んとこと俺んとこの学園で、魔法の技術を競う大会があるんだよ」
「そうなんだ……」
そんなイベントがあるなんて、さっぱり知らなかった。どうやら次の交流会は、私達が2年生の頃に行われるらしい。
ハートフル学園VSパーフェクト学園というこの世の終わりのような字面だけで、お腹がいっぱいになりそうだ。その上、なんだかトラブルが起こりそうで嫌な予感しかしない。
とにかくアンナさんとコンタクトを取るため、彼と共に屋敷へ戻ってきた私は早速手紙を書いた。
自身が無印のヒロインに転生してしまったこと、ぜひアンナさんと会って話をしてみたいことなどを綴り、夏休み明けに渡して欲しいとセシルに渡す。
「つーかお前、なんでそんなにあの女のこと気にすんの?」
「すごく気になっちゃって」
「……ま、いいけど」
そして「これ、渡しとくわ」と手紙を受け取ると、セシルは拍子抜けするくらい、あっさりと部屋を出て行った。
きっと彼は本当に「レーネ」が好きだったのだろう。レーネが好きで、けれど素直になれなくて。拗らせてしまった結果、口も態度も悪くなってしまっていたに違いない。
だからこそ、完全に別人になってしまった今の私にはもう興味はないのだと気が付いた。
──同時にふと、気になってしまう。この身体の中にあったレーネという人格は、どこへ行ってしまったのだろうか。いつか「今の私」が消えて元の彼女に戻ってしまうことも、有り得ない話ではない。
そんなことをぼんやりと考えながら廊下でセシルの背中を見送っていると、背後から「レーネ」という兄の声が聞こえてきて、思わずびくりと肩が跳ねた。
「俺がいない隙に、まーたセシルと密会してたんだ?」
「えっ? いや、その」
「御者から二人で街に行ったって聞いたよ。楽しそうだね」
「それには理由がありまして……」
兄はなぜ、御者にまで話を聞いているのだろうか。
「どうしても外で話を、」
「うん、いいよ。大丈夫。レーネちゃんは俺に嫉妬させたいだけだもんね? 全部分かってるから」
「ええ……いや、あの……」
そして何も分かっていないユリウスは、笑顔のまま私の手を取ると、ずるずると彼の部屋へと連れて行ったのだった。
◇◇◇
結局、夕食の時間まで兄に解放してもらえなかった私は、その後自室に戻り、今度は友人達に手紙を書いた。
今頃皆は夏休みを満喫しているのだろうか。スマホがあればいつでも連絡を取れるのに、なんて思ってしまう。
そして喉が渇いた私は、食後の運動も兼ねて自ら食堂へと向かっていたところ、ばったりとソフィアに出会した。
セシルによく似た涼しげな目元をした彼女は、私を見るなりふわりと微笑んだ。その妖精のような美しい姿に、同性と言えどドキドキしてしまう。
「あら、レーネじゃない。どうかしたの?」
「喉が渇いたので、何か飲みたいなと思って」
「私もなの。こう見えてお茶を淹れるのは得意だから、良かったら飲んでいかない?」
そう言って柔らかく金色の瞳を細めたソフィアは、昼間にジェニーと火花を散らしていた人物とはまるで別人で。思わず頷いてしまった私は手を引かれ、椅子を勧められた。
そしてソフィアはてきぱきとお茶を二人分淹れると、ひとつを私の前に置いてくれた。確かに、驚くほど美味しい。
「雰囲気がすごく変わったと思っていたけど、記憶喪失だって聞いたわ。大丈夫? 困っていることはないかしら?」
「はい。周りに助けてもらっているので」
「そう、良かった。セシルに意地悪はされてない?」
それからは向かいに座る彼女とたわいない話をしていたけれど、気の良いお姉さんという感じで話しやすく、とても良い人だった。もしかすると、男性が絡むと変わるタイプかもしれないとも思ったのだけれど。
「やだ、私はユリウスのことなんて全然好きじゃないわよ」
「えっ?」
「ジェニーが嫌いなだけ。嫌がらせをしたくて」
ユリウスの話を振ってみたところ、彼女は鈴を転がしたような美しい声でそんなことを言ってのけた。
昔からジェニーが嫌いらしく、彼女に日頃嫌がらせをされている私は、一気にソフィアのことが好きになった。
「だから私、レーネが学園で勉強や魔法を頑張り始めたって聞いて、とても嬉しかったの」
「どうしてですか?」
「だってウェインライト家があの女のものになったら、絶対に大きい顔をするじゃない? 私だって困るわ」
「…………?」
いまいち彼女の言葉が理解できず、困惑してしまう。そんな私を見て、彼女もまた首を傾げている。
「もしかして貴女、ユリウスとのけっこ、」
「ストップ」
そして彼女が口を開いた瞬間、いつの間にかやって来ていたユリウスが、慌ててソフィアの口を後ろから塞いだ。
「俺のレーネに、余計なこと言わないでくれないかな?」