従兄弟と私
流石にあのまま皆の前で、転生疑惑のある人間の話をするのは憚られて。思わずセシルの手を引き広間を出てしまったものの、屋敷の中のことが何も分からず迷ってしまった。
適当な一階の端の部屋に入り、この辺りの廊下には誰もいないことを確認した後、ドアを閉める。そして振り返ると、何故か耳まで赤く染めたセシルと目が合った。
「なっ、なな、なんだよ、いきなり……!」
「あ、ごめんね急に」
そう言えば、彼はレーネが好きだったと聞いている。いきなり手を引かれてしまって、照れたのかもしれない。俺様で生意気な態度の割に、可愛らしいところもあるようだ。
「さっき言ってた女の子の話、もっと聞かせて欲しくて」
「何でだよ」
「それは、その……なんか親近感が湧いて」
我ながら苦しい嘘だと思いつつも、他に良い理由もすぐに思いつかない。けれどセシルは「ふーん」とだけ言うと、やがて薄く形の良い唇の端を吊り上げた。
「……分かった。あの女のこと、教えてやってもいい」
「本当に?」
「ただし、ここにいる間は常に俺の側にいろ。そうしたら、最終日に話してやる」
「ええっ」
知人の話をするだけなのに交換条件を出して来るなんて、なんてケチなんだろうか。先程まで耳まで赤く染めていた人間と同一人物とは、とても思えない。
「でも、あなたの知ってるレーネと今の私は別人だから、一緒に居たところでご期待には添えないと思うけど」
「うるさい、いいから言う通りにしろ」
「ええ……」
こんな調子の彼とずっと一緒に過ごすなんて嫌だったけれど、ヒロインらしき女子生徒の情報はどうしても聞きたい。
それにたった一週間なのだ、魔法や勉強についてもしっかり彼に指導してもらい、一石二鳥を狙おうと決意した。
「分かった。その代わり、最終日に絶対教えてね」
「ああ。約束してやる」
「あと、一日だけ自由な時間が欲しいな。ユリウスと遠乗りに行く約束をしてるから」
「……仕方ねえな」
もしも転生ヒロインが他にもいたならば、このゲームについて色々と聞くことが出来るかもしれない。圧倒的に知識のない私は、せめて攻略対象くらいは把握しておきたかった。
そうして話はまとまり、とりあえず飛び出して来てしまった広間へと二人で戻ることにした。
「お姉様ったら、急にセシル兄様と手を繋いで出て行くんですもの、驚きましたわ。積極的ですのね」
「…………」
すると戻ってきた私達を見るなり、すかさずジェニーはそんなことを言ってのけた。その隣に座るユリウスはなんとも言えない表情を浮かべたまま、無言で私を見つめている。
父に私がやる気になったということを告げると、セシルは私の手を取った。こちらが掴むと照れるくせに、自身が掴む分には問題ないらしい。
「ということで俺達、早速二人で練習をしてきますね」
「ああ、よろしく頼むよ。レーネ、頑張りなさい」
「はい」
そうして今度はセシルに手を引かれる側になった私は、重たい足取りで広間を後にしたのだった。
◇◇◇
「違う。そんな組み合わせにしたら爆発するぞ、バカ」
それから、あっという間に4日が経った。この4日間、朝から晩までずっとセシルと過ごしていたことで、彼の人となりがだいぶ分かってきた気がする。
ジェニーはユリウスと過ごす時間が増えたせいか、ずっと上機嫌だった。遠乗りの日程も決めたいけれど、ユリウスと二人で話をする時間はないままだ。
「いいか、媒介として一番いいのは──」
ちなみにセシルは口も態度も悪いけれど、そこまで嫌な奴ではないことが分かった。好きな子に意地悪をしたい小学生男子という感じで、いまいち憎めないのだ。
勉強や魔法の指導だって、しっかりやってくれている。昼間は屋外で魔法の扱いを、夜はこうして部屋で勉強を教えてもらっているけれど、とても分かりやすい。
ゆっくりのんびり過ごすことは叶わなかったものの、割と充実した時間を過ごせている気がする。
区切りの良いところで本日分の勉強を終えた私は、セシルにお礼を言い、お茶を飲んでいかないかと声をかけた。
「お前、俺のこと嫌いなんじゃないのかよ」
「嫌いではなくなったよ」
「……あっそ」
テーブルを挟んで向かい合って座り、メイドが用意してくれたお茶片手に、たわいない話をする。数日前までは彼とこんな風にのんびり話をするなんて、想像もしていなかった。
「そういえば、誕生日パーティーの時の『ユリウスのことを絶対に許さない』って言ってた話って何のこと?」
「ああ、お前の母親が亡くなった後に言ってたんだよ。理由とかは知らないけどな」
「そうなんだ」
レーネとユリウスの仲が悪くなったのは、その辺りが原因なのだろうか。とは言え、ユリウスは思い出して欲しくなかったようだし、これ以上は気にしないでおくことにした。
それからは彼の通うパーフェクト学園についての話を聞いていたけれど、ランクで成績分けをするものの、こちらとは違いカースト制度なんかはないらしい。
ハートフル学園の上位互換という感じで、かなり平和で良い環境のようだ。心の底から羨ましくなる。
「……本当に俺の知ってるレーネはもう、いないんだな」
そんな中、セシルはぽつりとそう呟いて。切なさが混じったその声にずきりと胸が痛んだ。彼からすれば好きだった相手が、突然消えてしまったようなものなのだ。
「ごめんね」
「お前が悪いわけじゃないだろ、辛気臭い顔すんなバカ」
私が悪いわけではなくとも、口からはつい謝罪の言葉が溢れた。セシルはそろそろ部屋に戻ると言って、立ち上がる。
「明日、あの女について話してやる」
「えっ?」
「知りたくないのかよ」
「し、知りたいです!」
まだ4日しか経っていないというのに、一体どういう心境の変化だろうか。少し驚いてしまったけれど、ありがたい。
「ありがとう。セシルってちょっと優しいよね」
「は? 調子乗んなバカ、アホ」
ヴィリーとは違ったタイプの子供を相手にしている気持ちになり、よしよしと頭を撫でたところ普通に怒られた。
そうして彼を部屋の外で見送っていると、不意に名前を呼ばれて視線を向ければ、こちらへと歩いてくるユリウスと目が合った。どうやら、私に会いに来てくれたらしい。
「……まだ一緒にいたんだ」
「勉強を教えてもらってたの」
「へえ」
するとユリウスはセシルに対して突然「おやすみ」と一方的に告げると、私の腕を引いて部屋へと入りドアを閉めた。
あっという間に壁と彼によって挟まれ、腕を掴まれて。身動きが取れないこの状況には、覚えがある。
そして誰よりも美しい笑顔を浮かべたまま、彼は言った。
「ねえ、いい加減にしてくれないかな?」